3.Asia人 -自己紹介2 -
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Oracleに入社して4年目の後半、念願だった海外ビジネスに関わる機会が訪れました。
外資系企業の日本法人では、実は日本の会社以上に海外で働く機会が少ないのですが、アジアの玄関口・福岡での社内外の縁をきっかけに、中国での日系企業ビジネスに関わることになりました。
人生の大きな転機になったと、機会を頂いた方々には今でも感謝しています。
2003年、SARS騒動の中、Oracle China(中国オラクル)に出向し、上海に住み始めました。
そして、上海をベースに3年間Greater Chinaと言われる中国、香港、台湾のビジネスに携わりました。
中国、特に私が住んでいた上海の成長は著しく、上海の街や人々に刺激を受け、徐々に新たなチャレンジへの想いが生まれてきました。
2006年、これも縁あってOracle Thailandに出向し、Bangkokをベースに、東南アジアとインドでビジネスを行いました。
成長著しい中国も魅力的でしたが、様々な顔を持つ東南アジアの国々、そして中国に続いての成長市場と言われ多様性の国とも言われるIndiaなど短い期間で貴重な経験をさせて頂きました。
このように、私のビジネスパーソン生活は、Asiaの玄関口である福岡から始まり、中国、東南アジア、インドとAsiaを舞台に8年半営業、マーケティング、ビジネス開発として仕事をしてきました。
仕事をする中で、IT業界でも「Asia人としてAsiaから世界にインパクトを与えていきたい!」という想いが、年々強くなっていきました。
Business personとしての基礎を作ってくれたOracleは今でも好きで感謝していますが、その想いを実現する為、Oracleを退社しました。
そして2007年、高校時代からの友人でもあった代表の寺田、塩見、角川、常楽という不思議な縁でつながった仲間5人で三三という会社を起業しました。
大きな会社を辞めて大変だよね、とよく言われます。
経済的には大変な部分もありますが、続々と増えてくる素晴らしい仲間達とやりたいことをやれているので、とても幸運だと感じています。
Asia人として、自身と会社のMissionを実現していきたいと思っています。
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