「MAKERS」を読んで
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「ロングテール」、「フリー」とベストセラー書籍を連発しているクリス・アンダーソン氏の新作「MAKERS」を読んだ。今日はその感想など書いてみたい。
クリス・アンダーソン氏によれば、これからの10年でもの作りの世界が革命的な変化をむかえるという。
たとえば、80年代に「デスクトップパブリシング」が登場し、我々は印刷工場に発注しなくても印刷物を卓上のプリンタから手にすることができるようになった。いまや我々には当たり前になったことだが、確かに80年代に起きた画期的な新技術のひとつだ。
同じように、近い将来あらゆるものが、工場に発注しなくても3Dプリンタで「印刷」することで手にすることができるようになるという。魔法のようにも聞こえる話だが、この動きはすでに始まっていて、日本でもローランドDGが「iModela」という3Dプリンタを製品化しているし、海外でもいくつかの製品が販売されている。3DのCADの情報があれば、デスクトップでその形状の物体を手軽に製造できる時代が始まっているのだ。これに比べ、電子回路まで印刷できるようになるには時間が必要だが、それすらも可能だという。
3Dプリンタのある未来では、大きな工場を自ら持たなくてもよいので、メーカーとしての事業を立ち上げやすくなるという。20世紀のモデルでは、大量消費・大量生産でコストを安くできるが、3Dプリンタのある21世紀の「MAKERS」は、生産の自動化が進み、少量生産でもコストが大きく変わらないので、顧客の近くで顧客の細かなニーズに合わせて商売を行うことが逆に強みになり、大量生産の大会社とは差別化をしながら共存ができるという。まさにハードウエアの「ロングテール」の商売である。
3Dプリンタをはじめとするこれらの新しい技術は今後の製造業を大きく変え、21世紀の産業革命として我々の生活を大きく変えることになるだろうというのだ。これまでの情報革命は、パソコンやインターネットの登場により個人の情報環境を革命的に変えたが、それがもの作りにまで拡大し、革命はより深く、広く産業構造にまで広がっていくという。
中国の経済的成長に伴い、これまでの中国の低賃金と生産力とに依存してきた時代が変化しようとしているが、日本や米国の製造業が息を吹き返すチャンスが来るのかもしれない。誰でも3Dプリンタを使って手早く試作品を製造できるようになるだけでなく、そのデータを使って大きなロットが販売できそうな場合だけ、大工場に製造を依頼すればいい。中国の大工場はそのときに大きな力を発揮する。技術の進歩の度合いにもよるが、小ロットなら、3Dプリンタで製造したものを販売するだけで済ますことも考えられるという。大会社が行うような大規模なマーケティング調査の必要もなく、目の前の顧客の細かいニーズに小ロットでも応えられるようになれば、小さな会社でもリスクを抑えた商売が可能だ。
もちろん、現在の3Dプリンタは、扱える素材や加工方法、解像度(たとえばできあがりの製品の細部の細かさ)が不十分で、デスクトップパブリシングのたとえでいえば、80年代のドットマトリクスプリンタの時代に相当するという。あの頃、ぎざぎざな文字しか印刷できなかったが、それから約30年たった現代ではデスクトップのプリンタによる印刷品質は大幅に進歩した。レーザプリンタの登場で解像度が上がり、ギザギザ感が解消された。その後写真並みのフルカラー印刷まで手軽に行えるようになった。3Dプリンタも同様に、技術の進歩には期待できるという。
Wired誌の編集長として、そして「ロングテール」、「フリー」の著者として有名なので、もの作りというよりもどちらかというとWebの世界の方だと勝手に考えていたのだが、実は違っていた。氏は、もの作りのほうも一流で、3D Robotics というラジコンヘリコプターとそのDIY部品を製造販売する会社の経営者でもある。本書ではその経験もあわせて綴られているので、説得力が増している。
いずれにしても、久しぶりにわくわく感のある話である。
80年代のデスクトップパブリシングの話もそのひとつだが、あの頃から90年代にかけて、パソコンの登場からインターネットの普及まで、たくさんの夢が現実になっていったのを思い出した。このところ、もの作り企業の元気がない日本ではあるが、もっと技術の進歩による夢の実現に賭けてもよいんじゃないかと思う。日本はあまりに夢を語らなくなりすぎていると思う。80年代、日本はもの作りで世界を席巻した国だったはずだ。
そして、もうひとつの大事なポイントは、今後もの作りのビジネスを考える際には、大企業に依存するのだけではないやり方で、小さな会社でも成功可能ということだ。もちろん、知恵とタイミングが必要だろう。これまでの常識にとらわれないやり方で「メーカー」になれる道がありそうだ。
そしてますます今後のもの作りには「クリエーター」の仕事が重要になると感じる。ここでいう「クリエーター」とは、「どんなものを、どんなシナリオでお客様に使ってもらい、喜んでもらえるか」を考える力を持った人たちだ。Webだけではない、もの作りでもたとえば工業デザイナーと呼ばれている人たちだ。「ユーザエクスペリエンスデザイン」という分野があるが、まさにそんな分野が重要だ。
Web制作だけがクリエーターの道ではない。「もの作り」に興味を持つ若い人が減っていることが危惧される昨今、80年代を知らない若い世代も、夢のない大人のいうことを聞くよりは、この本を読んで夢を現実にしてほしいと思う。
本当にそんな夢を考えさせてくれる一冊である。もの作りをずっと考えてきたベテランには、もう一度「もの作り」を考えるよい機会になる本であるが、それよりも、特にもの作りを考える若いクリエーター志望の学生たちにぜひ読んでいただきたい本である。
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