【ブックトーク】“想い”をつないで、“風”をつむいで。/『夏から夏へ』
虚構の入る余地が少ないからでしょうか、スポーツ観戦は競技を問わずに好きです。また、実際に体も動かそうと(メタボ対策もかねて)今年の夏前位から、週一目標で泳ぎにいくようにもなりました。前後するように2020年の東京五輪開催が決まり、これから7年、“スポーツ”への注目度も上がるかなとも感じています。
そんな五輪競技の中でも人気の高い“陸上競技”を題材にしたノンフィクションが、こちらです。
『夏から夏へ』(佐藤多佳子/集英社文庫)
日本で陸上競技と言うと、昔から活躍する方の多いマラソンに代表される長距離をイメージされる方も多いかと思いますが、取り上げたのはトラック競技、その中でも100M×4人で走る「400Mリレー(四継、ヨンケイ)」となります。
ただ速く走れるだけでは“ヨンケイ”は勝てない、事実、陸上王国たるアメリカも、ことリレーにおいては決勝進出すらできずに消えていくことも多いそうです。それでは勝つためには何が必要となるのでしょう、、速さはもちろんのこと“確実なバトンつなぎ”が求められる、とのこと。
伝えていきたい、つないでいきたいとの想いがこめられているからでしょうか、行きついた果てで「幸せでした」との言葉を異口同音に紡ぎ出したメンバーの皆さんを、心の底から“羨ましい”と思いました。
物語の始まりは2007年の世界陸上大阪大会、その舞台を駆け抜けた、塚原選手、末續選手、高平選手、朝原選手、そして小島選手のリザーブを含めての5名の選手の生い立ちや陸上への想い、ちょっとほんわかなエピソードなどを交えながら、綴られていきます。
実際に走る時間は4人を併せても40秒足らず、しかし、その数十秒に全てをかけるひたむきさが伝わってきました。そしてその瞬間の時間を、濃やかに臨場感たっぷりと描き出されている佐藤さんの筆致に一気に引き込まれます。
「(佐藤さんは)陸上選手の心理描写に詳しい」との朝原選手の言葉を映しとっているかのように、まるで自分もその場で一緒に走っているかのような気持ちになれるのは、ヨンケイが個人ではなく団体での戦いとの様相を見せてくれるからだと思います。
これは同じく佐藤さんの著書で、高校の陸上部を題材にした『一瞬の風になれ』でも感じたのですが、つないでいくのはレースを走る4人のバトンだけではない、それまで連綿と引き継がれてきた日本陸上界の先達の想いも、一緒につながっていくのだなぁ、と。
この大阪大会では「38秒03」というアジア新記録(例年なら優勝してもおかしくない記録)を残しながらも、アメリカ、ジャマイカ、イギリス、ブラジルに続く5位入賞止まり。でもこのステップがあったからこそ、翌年2008年の北京五輪で3位入賞という快挙へとつながったのかもしれません。
“一瞬”に全てをかけるために、連綿と、陰に日向に、ただひたすらに試行錯誤を積み重ねていく、そんなことの大事さを気付かせてくれる一冊でした。
【あわせて読んでみたい、かもな一冊。】
『一瞬の風になれ』(佐藤多佳子/講談社文庫)
『風が強く吹いている』(三浦しをん/新潮文庫)
『サクリファイス』(近藤史恵/新潮文庫)
『屈辱と歓喜と真実と』(石田雄太/ぴあ)
『奈緒子』(坂田信弘&中原裕/小学館)
【補足】
ちなみにこの本では北京五輪直前までしか描かれていませんが、それがむしろ戦いへのモチベーションを高めてくれているのかな、、とも。
なおこちらは、お世話になっている「東京朝活読書会(エビカツ読書会)」にて、【テーマ:本年残り12週間を一気に駆け抜けたくなる本】の回で紹介しました。皆さんいろいろなアプローチで、今年を駆け抜けようとされているのが印象的でした。ご興味を持たれましたら、是非こちらから覗いてみてください~
>>> エビカツ!~東京朝活読書会の本棚(ブクログ)