雇用の未来:雇用なき成長の時代に情報サービス産業は生きていけるのか?
「生成AIが普及すれば、多くの仕事が奪われる」
2023年以降、繰り返し語られてきたこの予言は、2026年を迎えた今、果たして現実になったのでしょうか? それとも、単なる杞憂だったのでしょうか。
最新の統計データと市場の動きを分析すると、見えてきたのは、派手な「大量失業」のニュースではなく、水面下で進行する「雇用なき成長」という、より静かで深刻な「地殻変動」でした。
本記事では、産業全般におけるAIと雇用の真実を紐解きつつ、変化の最前線にある「情報サービス産業(IT業界)」が直面している「雇用なき成長」の正体と、その未来について考察します。
第1章:産業全般の真実 - マクロの安定とミクロの激変
まず、「生成AIで経済は成長したが、雇用は減少しているのか?」という問いに対する答えから始めましょう。
結論から言えば、「全体としては減っていないが、中身は激変している」というのが事実です。
マクロ視点:雇用は堅調である
OECD(経済協力開発機構)加盟国の統計を見ると、雇用率は歴史的な高水準を維持しています。少なくとも国全体で見れば、「AIのせいで失業者が街に溢れる」という事態は起きていません。特に日本では、少子高齢化による深刻な人手不足がベースにあるため、失業率は依然として低いままです。
ミクロ視点:特定エリアでの「雇用消失」
しかし、ズームインして特定の職種や階層を見ると、景色は一変します。
- エントリーレベル(未経験者・若手)の苦境: 「未経験可」の求人が減少しています。これまで若手がOJT(実務訓練)を通じて担っていた「下積み業務」をAIが代替できるようになったため、企業が育成コストのかかる新人を採用しなくなっているのです。
- 事務職・クリエイティブ職の減少: データ入力、基本的なライティング、初歩的な画像制作などのタスク需要は明らかに弱まっています。
つまり、マクロ経済で見れば「人手不足」で雇用は維持されていますが、ミクロでは「特定の仕事(特に入り口となる仕事)が消滅している」という、雇用の「二極化」と「質の転換」が進行しているのです。
第2章:情報サービス産業の現在地 - 「売上増・雇用横ばい」の衝撃
では、AI技術の震源地である「情報サービス産業(IT業界)」では何が起きているのでしょうか。日米のデータから驚くべき対比が見えてきました。
日本:「デカップリング(分離)」の発生
日本の情報サービス産業では、奇妙な現象が起きています。この事実は、総務省統計局の「サービス産業動向調査」などの公的データに明確に表れています。
- 売上高の急増: 例えば2025年10月のデータを見ると、情報サービス業の売上高は前年同月比 +12.1% という二桁成長を記録しました。DX需要とAI実装による単価上昇が寄与し、業界全体としては絶好調です。
- 雇用者数の停滞: 一方、同月の事業従事者数はわずか +0.3% の微増にとどまっています。さらに同年1月には、売上が二桁成長しているにもかかわらず雇用者数がマイナス(-0.3%)を記録する月もありました。
売上のグラフが右肩上がりで急伸しているのに対し、雇用のグラフは水平線をたどる。この「乖離(デカップリング)」こそが、現在の特徴です。
これまで日本のSIer(システム開発)業界は、「売上が増えれば、それに比例してエンジニアの数も増やす」という労働集約型(人月ビジネス)が常識でした。しかし今、「売上は急増しているのに、人は増えていない」のです。
もちろん、これには人手不足に伴う「人件費の上昇に伴う受注単価の上昇(インフレ効果)」も大きく影響しています。しかし、日銀の企業向けサービス価格指数の上昇率(数%程度)と比較しても、売上の伸び率(12%超)はそれを大きく上回っています。
具体的にデータで見てみましょう。日本銀行の「企業向けサービス価格指数(2020年基準)」によれば、ソフトウェア開発や情報処理サービスの価格指数は前年比で約3〜5%程度の上昇にとどまっています。 対して、売上高の伸びは約12%です。この差分(約7〜9%)は、単なる値上げだけでは説明がつきません。つまり、単価上昇に加え、AI活用や業務プロセスの見直し、選別受注などによる実質的な生産性向上が進み、人員を増やさずに以前より多くの案件や高付加価値な業務をこなせるようになった結果であると分析できます。これは典型的な「雇用なき成長」の始まりと言えます。
米国:先行する「構造調整」
一足先を行く米国の情報産業(Information Sector)では、さらに踏み込んだ動きがデータとして如実に表れています。
- 雇用の減少: 米国労働統計局(BLS)のデータによると、同産業の雇用者数は2022年後半のピーク時(約310万人)から、2024年末には約294万人へと減少しました。これは約16万人、率にして 5%以上の雇用が失われた 計算になります。
- 産出の増加: 一方で、経済分析局(BEA)が発表する実質GDP(産業別産出)は、同期間においても増加基調を維持しています。
通常、景気後退期であれば雇用と産出は共に落ち込みますが、今回は「産出は増え、雇用は減る」という現象が起きています。この背景には、次のような複合的な要因が絡み合っています。
- パンデミック特需の反動: コロナ禍で急拡大した過剰な雇用を適正規模に戻す調整(揺り戻し)が行われました。
- 金利上昇と投資家の圧力: 資金調達コストの上昇を受け、企業は「成長率(Growth)」よりも「収益性(Profitability)」を最優先するよう迫られました。その結果、不採算事業の撤退や組織のスリム化が断行されました。
- AI等による効率化: そして、そこにAI等のテクノロジー活用が加わり、より少ない人数で事業を回せる体制(筋肉質な経営)への転換が可能になりました。
つまり、経済環境の変化による「守り」のリストラと、AI活用による「攻め」の生産性向上が同時に進行した結果、人員を増やさずに利益率を高める構造への転換が進んでいると解釈されています。
第3章:未来展望 - 業界はどう変わり、どう生き残るべきか
このトレンドが続けば、今後3〜5年で情報サービス産業はどうなるのでしょうか。3つの予測と、私たちが取るべき対策を提示します。
1. 「人月商売」の崩壊とビジネスモデルの転換
日本のIT業界を支えてきた「エンジニア1人を1ヶ月働かせて◯◯万円」という人月単価モデルは、AI時代には成立しなくなります。GitHub Copilot等のツールでコーディング時間が半減すれば、従来の見積もりでは売上が半減してしまうからです。
【課題】 「時間(労働量)」ではなく、「成果(システムの価値)」で対価をもらう『価値創出型(バリューベース)』のビジネスモデルへ移行できるか。単に仕様書通りにコードを書くだけの下請け企業は、淘汰の危機に瀕するでしょう。
2. 「砂時計型」雇用へのシフト
エンジニアの雇用構造は、中間層が分厚い「ピラミッド型」から、上下に分かれた「砂時計型」へと変化します。
- 上層(需要増): AIを監督・設計できるアーキテクト、顧客の課題を解決できるPM。
- 下層(需要減): テストや単純実装のみを行う初級エンジニア。
- 【対策】 個人としては、一刻も早く「AIに使われる側(単純作業)」から「AIを指揮する側」へスキルセットを移行する必要があります。
3. 「作る」から「組み合わせる」へ
ゼロからプログラムを書く仕事は減り、既存のAIモデルやSaaSをAPIで繋ぎ合わせる(オーケストレーション)仕事が主流になります。
【希望】 これは「システム開発の民主化」とも言える大きなチャンスです。高度なコーディング技術がなくとも、論理的思考力と業務知識(ドメイン知識)があれば、AIという強力な相棒を使って高機能なシステムを構築できる時代になったからです。文系人材や異業種からの参入障壁は下がり、新たなイノベーションが生まれる土壌になるでしょう。
第4章:「静かなる地殻変動」の正体とは
冒頭で触れた、派手な失業ニュースの裏で進行する「構造的な地殻変動」。ここまでの分析で明らかになったその正体を整理すると、以下の3点に集約されます。
- 「成長」と「雇用」の完全な分離(デカップリング) 「景気が良くなれば雇用が増える」という20世紀の経済原則が崩れました。企業はAIによって、人を増やさずに売上を倍増させる術を手に入れつつあります。これは経営にとっては福音ですが、労働者にとっては「好景気なのに就職難」という新たなパラドックスを生みます。
- 中間スキルの空洞化(労働市場の砂時計化) 「平均的なことができる人材」の価値が暴落しています。AIは平均的なタスクを瞬時にこなすため、人間には「AIができない高度な判断」か「AIには任せられない肉体労働・対人サービス」のどちらかが求められるようになり、その中間に位置する多くのホワイトカラー職が足場を失いつつあります。
- キャリア形成の「ハシゴ」外し これが最も深刻、かつ長期的なリスクです。AIが初心者の仕事(下積み)を奪った結果、未経験者が熟練者へと育つための階段(OJTの機会)が消失しました。これは将来、高度な判断ができるシニアエンジニアが市場から枯渇することを意味します。若手は最初の1段目を登れず、ベテランは後継者不足に悩むという、人材育成のエコシステムそのものが危機に瀕しています。
これらは一見目に見えにくい変化ですが、労働市場の土台を根本から変質させる、後戻りできない変化なのです。
おわりに
情報サービス産業において、「何も変えずに雇用を守る」ことはもはや不可能です。「雇用なき成長」は、既存のやり方に固執する者にとっては脅威ですが、変化を受け入れる者にとっては、少ない労力で大きな価値を生み出せる「生産性革命」の時代でもあります。
生き残るカギは、「AIに仕事を奪われる」と恐れるのではなく、「AIを相棒にして、自分の仕事を再定義する」ことにあります。産業構造が変わる今こそ、私たち一人ひとりの働き方も、アップデートが求められています。
【募集開始】ITソリューション塾・第51期
2026年2月10日開講
時代の「デフォルト」が変わる今、ITソリューション塾・第51期の募集を開始します。
ITソリューション塾は2009年の開講以来、18年目を迎え、これまでに4000名を超える卒業生を送り出してきました。
開講当時、まだ特別だった「クラウド」は、いまやコンピューティングの「デフォルト」です。そして18年目のいま、社会は急速に「AI前提」へと移行しつつあります。
これは単にAIの機能が向上したということではありません。ビジネスや社会のあらゆる現場で実装が進み、AIがあらゆる仕組みの「デフォルト」になろうとしているのです。
第51期ではこの現実を受け止め、AI技術そのものの解説に加え、クラウド、IoT、システム開発、セキュリティなど、あらゆるテーマを「AI前提」の視点で再構成して講義を行います。
【ユーザー企業の皆さんへ】
不確実性が常態化する現代、変化へ俊敏に対処するには「内製化」への舵切りが不可欠となりました。IT人材不足の中でも、この俊敏性(アジリティ)の獲得は至上命題です。AIの急速な進化、クラウド適用範囲の拡大、そしてそれらを支えるモダンITへの移行こそが、そのための強力な土台となります。
【ITベンダー/SI事業者の皆さんへ】
ユーザー企業の内製化シフト、AI駆動開発やAIOpsの普及に伴い、「工数提供ビジネス」の未来は描けなくなりました。いま求められているのは、労働力の提供ではなく、モダンITやAIを前提とした「技術力」の提供です。
戦略や施策を練る際、ITトレンドの風向きを見誤っては手の打ちようがありません。
ITソリューション塾では、最新トレンドを体系的・俯瞰的に学ぶ機会を提供します。さらに、アジャイル開発やDevOps、セキュリティの最前線で活躍する第一人者を講師に招き、実践知としてのノウハウも共有いただきます。
あなたは、次の質問に答えられますか?
- デジタル化とDXの違いを明確に説明できますか? また、DXの実践とは具体的に何を指しますか?
- 生成AI、AIエージェント、エージェンティックAI、AGIといった「AIの系譜」を説明できますか?
- プログラミングをAIに任せる時代、ITエンジニアはどのような役割を担い、どんなスキルが必要になるのでしょうか?
もし答えに窮するとしたら、ぜひITソリューション塾にご参加ください。
ここには、新たなビジネスとキャリアの未来を見つけるヒントがあるはずです。
対象となる方
- SI事業者/ITベンダー企業にお勤めの皆さん
- ユーザー企業でIT活用やデジタル戦略に関わる皆さん
- デジタルを武器に事業改革や新規開発に取り組む皆さん
- 異業種からSI事業者/ITベンダー企業へ転職された皆さん
- デジタル人材/DX人材の育成に携わる皆さん
実施要領
- 期間:2026年2月10日(火) ~ 4月22日(水) 全10回+特別補講
- 時間:毎週 水曜日 18:30~20:30(※初回2/10など一部曜日変更あり)
- 方法:オンライン(Zoom)
- 費用:90,000円(税込み 99,000円)
受付はこちらから: https://www.netcommerce.co.jp/juku
※「意向はあるが最終決定には時間かがかかる」という方は、まずは参加ご希望の旨と人数をメールにてお知らせください。参加枠を確保いたします。
講義内容(予定)
- デジタルがもたらす社会の変化とDXの本質
- ITの前提となるクラウド・ネイティブ
- ビジネス基盤となったIoT
- 既存の常識を書き換え、前提を再定義するAI
- コンピューティングの常識を転換する量子コンピュータ
- 変化に俊敏に対処するための開発と運用
- 【特別講師】クラウド/DevOpsの実践
- 【特別講師】アジャイルの実践とアジャイルワーク
- 【特別講師】経営のためのセキュリティの基礎と本質
- 総括・これからのITビジネス戦略
- 【特別講師】特別補講 (現在人選中)
「システムインテグレーション革命」
AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。
本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい。
8MATOのご紹介は、こちらをご覧下さい。
