AI駆動開発・AIエージェントによるビジネス構造の変化
これまで、SIerの事業は、ユーザー企業が求めるITシステム開発を請負うことで収益を得てきました。一般的には、元請SIerが窓口となり、お客様の要求や条件を聞き、要件を定義し、ITシステムを設計するなどの上流工程を請け負います。下請SIerは、元請SIerから指示された作業範囲の設計、コード生成、テストを行うといった下流工程を担います。プロジェクトの進捗や品質などについての管理は元請SIerが担い、完成したITシステムをユーザー企業に納品するというやり方です。
この過程で、元請SIerは上流工程の作業や下請け企業の管理に伴う作業工数に対して、下請SIerは、下流工程の作業に伴う作業工数に対して、それぞれ対価を得ます。ITシステムの規模が大きいほどに売上も利益も増えるという構図です。
このような状況の中で、AI駆動開発が導入されるとどのような変化が起きるのかを予想してみましょう。
AI駆動開発(コード補完)による工数需要の減少と単金の下げ圧力の高まり(1〜2年)
ユーザー企業が元請SIerに外注するという構図は、短期的には大きく変わらないでしょう。ユーザー企業によるITシステムの内製化が大きな潮流ではあるとはいえ、需要を満たすだけの十分な人数のIT人材をユーザー企業が確保することは容易ではないからです。SIerもまた、自分たちの収益の源泉が工数需要であるため、従来の構造を大きく変えたいとは考えません。そのため、ユーザー企業と元請SIerとの関係が大きく変わることはありません。
ただ、ITシステムの開発には、「少しでも安く」というプレッシャーがかかり続けていますから、元請SIerは、コストの大きな部分を占める工数すなわち人件費を削減する手段として、AIを使う動きが始まっています。これは、上流工程で大きな作業量を占めるドキュメンテーションの作成に加え、いまは多くを下請SIerに依存しているコード生成です。
コード生成について言えば、現段階では、「コード補完」が主流です。具体的には、次のようなことです。
文脈に応じたコード提案: AIがコードの文脈を理解し、次に書くべきコードを予測して提案します。変数名、関数名、メソッド名などを予測し、入力の手間を省いたり、タイプミスを減らしたりすることができます。
自然言語によるコード生成: プログラミング言語だけでなく、自然言語でもコードを記述できるようになります。例えば、「この画像をリサイズして保存」と入力すると、AIが画像リサイズと保存を行うコードを生成します。
コードの自動修正: コードのエラーを自動的に検出し、修正候補を提案します。
コードのリファクタリング: コードの可読性や保守性を向上させるために、コードを自動的に整理・改善します。
ベストプラクティスの提案: より効率的で安全なコードの書き方を提案します。
このような機能を使うことで、次のような効果が期待できます。
開発効率の向上: コーディングの速度と精度が向上し、開発期間を短縮できます。
コード品質の向上: バグの発生を抑制し、コードの可読性や保守性を向上させることができます。
学習コストの削減: 新しいプログラミング言語やフレームワークを学ぶ際に、AIがコードの書き方を支援することで、学習コストを削減できます。
このような「コード補完」ツールとして、GitHub Copilot、Cursor、Tabnine、Codeiumなどがあります。
これらはあくまで人間が行うコード生成作業を補助・支援するツールであり、品質や動作、セキュリティなどの要件を満たしているかどうかは、人間が評価・判断しなければなりません。そのため、元請SIerがこれらツールを使いつつも下請SIerへの業務委託が、劇的に減ることはありません。ただし、元請SIerで、ツールの利用環境が整備され習熟度が高まれば、下請SIerへの業務委託は減少するとともに、「AI駆動開発」を前提とした単金での依頼が求められるようになります。そうなると、下請SIerの工数需要の減少と単金の下げ圧力は高まり、利益率の低い企業では、「人手はあるが仕事がない」という厳しい状況に陥るものと予想されます。
AI駆動開発(AIエージェント)が変える業界構造(〜3年)
前節のような状況が長く続くことはありません。AI駆動開発は、いま急速なスピードでAIエージェントへと移行しつつあるからです。
先に述べた「コード補完」は、あくまで プログラマーのコーディング作業を補助するものに過ぎません。しかし、「AIエージェント」は、開発プロセス全体に関与し、プログラム・コードの生成を含むシステム開発を人間の関与無しに自律的に行うソフトウエアで、プログラマーと対等に協調作業を行う存在へと向かいます。
具体的には、以下のような可能性があります。
複雑なタスクの自動化: 例えば、「ユーザー認証機能を実装する」といった指示に対して、AIエージェントが自動的に必要なコードを生成したり、関連するライブラリをインストールしたりすることができます。
開発プロセス全体の効率化: AIエージェントがプロジェクトの進捗管理、タスクの割り当て、コードレビューなどを支援することで、開発プロセス全体の効率化を図ることができます。
プログラミングの民主化: プログラミングの知識がなくても、AIエージェントに指示を出すことで、誰でもソフトウェアを開発できるようになる可能性があります。
例えば、次のようなAIエージェントが登場しています。
GitHub Copilot Agent Mode:コードを分析し、エラーを自動的に修正する機能を持つ。さらに、ターミナルコマンドを提案し、実行をリクエストすることも可能。プロジェクト全体を分析して必要なソリューションを自動生成する能力もある。
Devin AI:自律的なAIアシスタント。自然言語でタスクを提示すると、プランを提示しながらコードを実装。オンラインリソースを活用してタスクを完了し、ユーザーのフィードバックに基づいて計画を調整。
Bolt:最新のAIモデルを統合したWeb開発プラットフォーム。ブラウザ上でフルスタックアプリケーションをプロンプト、実行、編集、デプロイできる機能がある。ローカル環境のセットアップ不要で、プロジェクトURLを共有して簡単にコラボレーションが可能。
Replit AI Agent:リアルタイムでコードを補助し、シンタックスエラーを修正。バグを即座に修正し、コードのリファクタリングも自動で行う。また、自然言語での質問に対応し、多言語をサポート。
AIエージェントは、その名の通り、「エンジニアの代理人」として、開発チームのひとりのメンバーとして開発に加わるようになります。これらAIエージェントは、まだ発展途上の技術であり、品質や精度、セキュリティの面で懸念もあり、直ちにシステム開発の全てを任せられるという状況ではありません。ただ、これら課題を解決する取り組みが短期間のうちに進められることは間違えないでしょう。
このようなAIエージェントが、機能や性能を高めていけば、ユーザー企業が内製化を進める上で足かせとなっているIT人材不足にも対処できるようになります。つまり、少数のITエンジニアを確保し、AIエージェントを使いこなすスキル持たせることで、外注への依存を減らせる可能性があります。
これまでも述べてきたように、DXを進める上で内製化は前提です。AI駆動開発は、クラウド・サービスとアジャイル開発、DevOpsと融合することで、内製化の適用範囲を急速に拡大するでしょう。そうなると、元請SIerにITシステムの開発を外注する必要がなくなります。これまで使ってきたレガシーなシステムの保守や運用、機能の追加などは、これまで通り元請SIerへ外注されますが、単金の下げ圧力は高まり続け、自らがAI駆動開発のスキルを蓄積しコストの削減を図ろうとしますから、下請SIerへの需要は、大幅に減ってしまいます。
このような状況になるとSIerは元請も下請も高度な専門技術、例えば、AIやデータサイエンス、システム・アーキテクチャーなどのスキルに加え、業界知識、例えば金融工学や貿易事務、半導体製造などの知識やスキルといった「特別な何か」を活かして、システム開発を受託したり、ユーザー企業の内製化を支援したりすることができなければ、事業機会を失ってしまうでしょう。 また、自らが、SaaSやPaaSなどのクラウドサービスを提供するなど、収益機会を拡げる必要も出てきます。
この流れを俯瞰すれば、「ITシステムを開発する」ことからIT前提でユーザー企業の「事業開発」や「事業変革」を支援することへと、事業の範疇を拡げていくことに迫られます。
AIエージェント前提の事業構造と役割分担の変化(〜5年、〜7年)
ユーザー企業は、AIエージェントを使い、クラウド、アジャイル開発、DevOpsを前提として、内製化の範囲と規模を拡大します。また、AIエージェントを活かしてITの専門スキルを持たないユーザーによる開発を拡大させます。いま多くのユーザー企業で採用が増えているローコード/ノーコード開発ツールは、AIエージェントとの融合が進み、対話的にシステムを開発できるツールへと進化を遂げるでしょう。
さらに、AIエージェントが機能や性能を高めれば、AIエージェントと人間の協働作業から、AIエージェントだけの開発チームが組成されます。クラウド、アジャイル開発、DevOpsを前提に、複数のAIエージェントがスクラムチームを作り、人間がスクラムマスターやプロダクトオーナーの役割を果たすことになります。さらに、AIエージェントの機能が向上し、自律性がさらに高まれば、スクラムマスターもAIエージェントに任せられるようになるかもしれません。人間の役割は、何を解決したいのか、何を実現したいのかを明確にし、結果に責任を取る「プロダクトオーナー」のみになる可能性もあります。
このようになると、SIerに工数を外注する必要はなくなり、「元請と下請」というSIerの業界構造は意味を失います。つまり、ユーザーから見れば、自分たちが内製やユーザー開発を進める上で必要となる高度な専門技術や業界知識を提供、支援してくれるかどうかで、SIerを選択することになります。
もはや、「元請と下請」の区別はなく、ユーザーが求めるIT前提の「事業開発」や「事業変革」を支援できるコンサルティングや技術支援などの能力が、SIerに求められます。
また、ユーザー企業が、自分たちの業務ノウハウを活かし、自らデジタルサービスを提供することも考えられます。そうなると、ユーザー企業とSIerというや「発注する顧客と受注する業者」といった区別もなくなり、それぞれが独立したサービス事業者として、対等な関係になります。
ユーザー企業が、AI駆動開発やAIエージェントを使うための環境を整え、人材を育成する需要も拡大するはずです。クラウドの黎明期に、クラウドを使うための環境を整え、人材を育成することで事業規模を大きく伸ばしたSIerがいくつかありました。これと同様に、AI前提の開発や運用が普及しつつある黎明期でも同様のニーズが生まれてくるはずです。ここにいち早く対応し、事業の機会を拡大することは、事業の存続と成長にとって有効な施策となるはずです。
このシナリオや期間は、推測と仮説の上に描いたものであり、本当にこうなると言いきれるものではありません。しかし、十分にあり得るシナリオです。
未来を予測することなど誰にもできませんが、このようなシナリオを想定して、まずは事業の変革に着手してはいかがでしょうか。AI前夜のIT特需で稼げるうちに、次への備えをしておくべきが賢明ではないかと思います。
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