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店舗小売業に問う-ネットへの対抗策は果たして、「テクノロジー」か?

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アマゾンを筆頭にした「ネット通販」が幅を利かせるにつれ、店舗がショールーム化するという「ショールーミング(Showrooming)」という言葉が米ビジネス界では頻繁に聞かれるようになった。顧客が店舗をショールームとして利用する、つまり、店舗に行っても商品を見たり触ったりするだけで購入はせず、代わりにネットに行って購入することを指す言葉だ。

そう思っていたら、今度は、ジオ・フェンシング(Geofencing)なんていう新語が飛び出した。「ジオ」は「ジオグラフィー(地理/地形)」の「ジオ」、「フェンシング」はスポーツのフェンシングではなく、「フェンス(囲い)」の意らしい。

意味合い的には、店舗小売業者が顧客のロケーション情報(地理情報)を利用して、店の周りにバーチャルのフェンスを築き、客寄せを図ることを指す。具体的には、店の近辺にいる顧客のスマホに販促情報を送り、集客を図るというものらしい。

店舗小売業者にとっては、「ショールーミング」への対抗策であり、また、すっかり「店舗小売業者の敵」と化してしまったスマホを味方につけようという必死の試みである。

なぜ、スマホが「店舗小売業者の敵」かというと、現在、米生活者が店舗でのショッピングにスマホを利用する方法というと、最もメジャーなのが「価格比較」だからである。顧客は店舗でスマホのアプリを開き、商品のバーコードをスキャンして、ネット・ショップ、あるいは最寄の店でより安いところはないか瞬時に探し当てる。店舗にとっては、競争のバトルグラウンドを「価格」に引き下げてしまう憎むべきツールなのである。

そのスマホを「価格比較」にではなく、「顧客と店とをつなぐ導管」として、「お買い物サポートツール」として使ってもらおうというのが、「ジオフェンシング」の試みである。昨今の技術をもってすれば難しいことではないだろうし、聞いてみればなかなか便利なものではある。しかし、ここにはひとつ落とし穴がある。

当然のことだが、誰彼かまわずメッセージを送りつけるわけにはいかない。顧客が販促情報を受け取ることに「オプト・イン」する、パーミッション(許可)を与える、というのが前提である。つまり、顧客が店舗に対して既にある程度のロイヤルティ、あるいは好意を持っていなければ始まらないのだ。

米中西部にマイヤーというスーパーマーケット・チェーンがある。マイヤーのスマートフォン・アプリは、ウェブとモバイルと店舗をつなぐ、まさに最先端の「お買い物サポートツール」である。顧客は、マイヤーのウェブサイトにログインして買い物リストをつくり、来店した際にスマホのアプリをオープンする。すると、店内で顧客がいる位置を読み込んで、順路をはじき出しリストを並びかえてくれる。購入履歴に基づいてクーポンが送られてきたりもする。確かに便利は便利だが、あくまで、「既にマイヤーのお客さんである」という前提に基づいてはじめて意味をもつツールだろう。このツールのために、他店で買い物をしていた人がマイヤーに乗り換える、ということはどうも考えにくい。

テクノロジーの活用で我々の生活を一層暮らしやすいものにする、という試みは結構なことだが、現実を見れば、テクノロジーなんて活用しなくても顧客の心を掴んでいるお店はたくさんある。例えば、私が贔屓にしているスーパー、トレーダー・ジョー。この会社については、私も弊社スタッフも以前ブログに書いている。このところ毎日のようにこの店に通っているが、トレーダー・ジョーはある意味「ロウテク」な店だ。今流行りのソーシャル・メディア活動に手を染めることもなければ、もちろんアプリなんて一切ない。でも、顧客の心はしっかり掴んでいる。その「顧客愛」の威力といえば、顧客が立ち上げた非公式のFBページには45万人のファンがつき、レシピ本まで出てしまうほどなのだ。それも、トレーダー・ジョーが仕掛けているわけではない。

その熱烈な愛情、ファン意識はどこから来るのか?というと、その理由も至ってロウテクなものだ。まず、トレーダー・ジョーでは、お店の人たちがとても楽しそうに仕事をしている。レジでは、一人ひとりの顧客とフレンドリーに会話に興じる。お薦めの商品や調理法を教えてくれたりする。店内の誰に声をかけても、親身に、手間と時間をかけて対応してくれる。年商85億ドル(推定)の大型チェーンなのに、「近所のお店」のようにあったかい。だから、明日もまた行きたくなる。

米ディスカウント・チェーンでウォルマートに次ぐターゲットという会社がある。店舗小売業の類にもれず、ターゲットも「ショールーミング」に悩まされている。今年の初め、ターゲットのCEOは、仕入先企業に公開レターを送り、その中で、「我々はアマゾンのショールームにはならない」と宣言した。そのターゲットが、先日、アマゾンの電子書籍リーダー、キンドルの取扱を止めたのだが、これは、アマゾンに対する宣戦布告であると業界では考えられている。折りしも、ターゲットはアップル商品のインストア展開を始めるので、アップルの圧力かという噂もあったのだが、大手ブックストア・チェーンのバーンズ・アンド・ノーブルの電子書籍リーダーであるヌックは依然として取扱を続けているのだから、アマゾンのみを敵視した行為とみて間違いないだろう。

ところで、ここで私がターゲットやその他の小売店舗に提言したいのは、ネット・ショップに腹を立てる以前に、「なぜ顧客の心が離れてしまったのか」、その根本のところを今一度考えてみてはどうかということだ。テクノロジーの活用や、ライバルへの対抗意識ミエミエの反動的行動に走る前に、「顧客に愛される店舗づくり」ができているかどうか、自問自答してみることが先決ではないか。

ターゲットは、ワンランク上の商品を低価格で提供し、スタイリッシュで楽しい暮らし設計を支援する、というコンセプトで90年代から2000年代のはじめにかけて一世を風靡した企業だ。しかし、近年その店は死んでいる。店員に笑顔はなく、みな退屈そうに仕事をこなしている。レジの列は最短時間で顧客を処理するアッセンブリー・ラインにすぎない。そこには、「楽しいショッピング体験」、「また来たいという感動」、「愛着、あたたかみ」は微塵もない。

顧客が自社店舗の名前を口に出したり、思い浮かべたりする時、どんな感情を抱くか。そこには、微笑みや親しみや、仲間意識があるだろうか。それとも、不快感がこみ上げたり、心が冷たくなったりするだろうか。顧客は「人」であり、人を動かすのは「感情」であることを、店舗小売業の人たちは見つめなおさなくてはならない。低価格戦略、商品戦略、IT戦略など、これまでの小売業はそういった周辺のことばかりにこだわり、根本を忘れてきたように思う。いかに優れたアプリをつくったところで始まらない。むしろ、人に最も大きなインパクトを与えうるのは「人」である。ならば、テクノロジー投資よりは、人への投資が優先と考えるべきだろう。従業員が笑顔で働ける職場をつくれるか、お金儲けや、競合を蹴落とすこと以外に会社の存在意義があるか、もしあるとすれば、それを本社のお偉いさんばかりではなく、店舗のフロアで働く人までもが実感しながら働ける環境をつくれるか。突き詰めれば、顧客に愛され、社会が応援したくなる企業文化を築くということなのだが、そこに、ターゲットに限らずすべての店舗小売業の生き残りの道があると確信している。


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