ザッポス新社屋オープニング・セレモニーと家族的価値観(2013年9月)
2013年9月9日は、ザッポスの歴史において最も輝かしい日だった。ラスベガスのダウンタウンの旧市庁舎が約二年半越しの改築を終え、ザッポス新社屋として生まれ変わった日だ。そのオープニング・セレモニーに私も招待され、出席していた。
実をいうと、私はその四日前の9月5日にもラスベガスを訪れ、新社屋の「プレビュー・ツアー」をしてもらった。オープニングの四日前とはいえ、まだ社内は「工事現場」のような状態であり、何かあってはいけないからとヘルメットの着用を義務付けられた。
ヘンダーソンの旧社屋の「手作り感」になじんでいた私にとっては、新社屋の「出来上がった感」がなんだか物足りなくもあった。高さを自由自在に調整できるデスクが全社員に支給され、「ビストロ」と呼ばれるカフェテリアはへたをすると旧社屋全体と同じくらいの広さがあった。11階建てのタワーの各階に軽食エリアがあり、社員はそこでいつでもコーヒー、お茶などの飲み物、そしてシリアルやスナック菓子、果物などのちょっとした食べ物を無料で調達できる。暑さが厳しくない日には太陽の光を浴びながら仕事ができるWi-fi完備の屋外テラスもあった。社員にとっては、まったく「申し分ない」オフィスだったろうと思うが、ザッポスが「ごく普通のテック企業」みたいになってしまうのではないかと私は危惧した。
旧市庁舎はかつてラスベガス市警のオフィスとしても使われていて、当時拘置所だったところの鉄格子の一部を残してフィットネス・センターにする・・・というジョークめいた工夫もあったから、ザッポスがその「魂」を失ってしまったというわけではなかったのだが。
ただし、9月9日のオープニング・セレモニーは、ザッポスらしい仕掛けをたくさん盛り込んだ、極めて印象深く思い出に残るものだった。セレモニーには約1,500人のザッポス社員と100人弱の招待客が参加した(そこにはなぜか、トニー・シェイの大好きな動物である「ラマ」も借り出されて参加していた)。ハイライトは、ギネスブックにも記録された世界最大のテープ・カットである。普通、テープカットはお偉いさんが数人で行うものだが、ザッポスでは参加者全員に引き出物を兼ねたハサミが配られ、1,577人が一斉にテープをカットした。写真を見てもらうとわかるのだが、市庁舎のメインの建物は半円形で真ん中に中庭がある。ザッポスのカンパニー・カラーである青色のリボンがその中庭と二階にぐるりと張られ、そのリボンに沿って参加者が肩を寄せ合い円形に並んで立っている。それは胸高鳴る光景だった。
オープニング・セレモニーを象徴するキーワードをひとつあげると、それは「Togetherness(一体感)」だった。1,577人が一緒にテープをカットし、新社屋のオープニング、言い換えれば、ザッポスにとっての新しい時代の始まりをお祝いしたこと。そして、その日に、新社屋と共にお披露目された、ロビーの入り口横の『part of the Zappos Family!(ザッポス・ファミリーの一員!)』というサイン。
それは今でもザッポスのロビー入り口を飾っている。写真ではよくわからないかもしれないが、レゴ・ブロックでできている。社員各々が一個ずつ、レゴ・ブロックをはめ込んでつくったというのだ。オープニング・セレモニーの日には、ぜひ、お好きなところにどうぞ、と招待客も促された。私も言われるままにレゴ・ブロックをそのどこかにはめ込んだ。だから、今でも『ザッポス・ファミリーの一員!』というサインの中には、私のあの時の気持ちが埋め込んである。
トニー/ザッポスはそういう仕掛けが心憎いほどにうまかった。旧社屋では訪問の際にステッカータイプの名札を着用する決まりになっていたが、用事を終えて社屋を後にする前に決まって行う「ある儀式」があった。ロビーには使用済みの名札が幾重にも重ねて貼り付けられてできたボールがあって、「ルシール」という名前までついていたが、「ルシール」に自分の名札を貼り付けて帰るようにと促されるのだ。訪問客はそうして、自分の印を遺してザッポスを後にした。それは、「ザッポス・ファミリーの一員」であるという証のようなものだった。
「ザッポス・ファミリー」は、トニーにとっては社員だけではなく、ザッポスのサイトで買い物をする顧客や、ラスベガスの住人たちや、取引先の人たちや、ザッポスが触れるすべての人を意味した。2013年9月9日、ザッポスは1,577人の祝福を受けて、新たな時代の第一歩を踏み出そうとしていたのだ。