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盛り上がるブレストばかりが良いブレストじゃない。沈黙も含めて大事にしたい。(アイデア・デザイン・創造学を研究しているといろんなTipsに触れます。600文字で紹介します。)

取材してきました。「基本的には自分の未熟さとの戦い。漫画家・さそうあきら氏」

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今夜は、「創造する人々」というテーマでの取材、第4弾をアップします。
プロの漫画さんに「創造の活動の一側面」について取材してきました。

本記事は、以前、筆者が誠Biz.IDで不定期に行っていた「創造する人々」の
第4番目の記事として、書いていたものです。

このシリーズは、毎回、各種の創造的な人々に「アイデアの起源」と
「その具現化のハードル」をたずねる、というものです。

過去の取材は「ものづくり、システム作り」だったため、アイデアの具現化は
とてもハードルが高かったのですが、今回は、アイデアと具現化の距離が
近い仕事、です。その仕事ならではのお話、興味深かったです。

日々、ブレインストーミングを重視し、アイデアのウエイトが大きい世界で
勝負する方にはこの話は、一定の示唆があるとおもいます。
ぜひ、ご覧ください。


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創造する人々 第4回
「基本的には自分の未熟さとの戦い。漫画家・さそうあきら氏」


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今回は、漫画家であり、京都精華大学のマンガ学部の准教授でもある
さそうあきら氏に、「アイデアの起源」と「具現化のハードル」について伺った。

創造活動の具現化フェーズについてみると、「頭の中のアイデアから
具現化までが近い」点が、モノづくり系の創造とは大きく異なる。

そういうものだからこそ、これまでの取材とは違った具現化ハードルがあった。

「連載を通じて具現化する」ところに実はハードルがあるのだ。

※過去の記事はこちら 
 【1:脳波でゲームベンチャー】【2:折りたたみギター職人】【3:電子ブレストの研究者】


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はじめに「さそうあきら」氏について簡単に述べたい。

「神童」「マエストロ」といった音楽の漫画での受賞作が多いことで知られる漫画家。
京都精華大学のマンガ学部のストーリーマンガコースの准教授。

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京都精華大学のさそう氏の教授室にて。

週の半分を京都ですごし、教鞭をとる間も、作品を作りは進む。




「神童」(98年、第2回文化庁メディア芸術祭)に続き、「マエストロ」(08年、第12回文化庁
メディア芸術祭)が受賞している。

「神童」以前は、人の世のタブーとされるテーマ(セックスや殺人など)をシニカルな目線で
描く作品が多かった。

「おくりびと」の漫画版の執筆もさそう氏の仕事である。映画のトレースではなく、
あらたな作品として、描き出されている。

さそう氏の単行本が重版されるようになるのは「神童」以降である。
それ以前は、初版のみの発行の作品が続いていた。

今回は、一つ上の創作品に上がったその「神童」を対象にして、アイデアの起源を伺った。

 

■ アイデアの起源

当時、さそう氏の作品は殺人事件などを題材にしシニカルな視線で、人間の
「とほほ感」を描き出す作品であった。

そんな折、さそう氏の連載の担当編集者から、好きなものを書いていいと言われた。

音楽、特にクラシック音楽がすごくすきだったので、それをどういうマンガとして
表現できるのか、を考えた。

さそう氏の周囲には、一緒に音楽をやる仲間がいて音大出の人が多く、
その話がすごく面白く、音大モノを描くことも考えたりした。

そして、好きな音楽という題材でアイデアを出し始めた時のことを、
さそう氏はこう語った。


『いままでになかった独特のこだわりがあった。

 アイデアの出てくる源が違う。
 やっぱりなんかこう、人間を斜めに見よう、裏から見よう、という感じだったのを、
 正面から人間を表現しよう、と考えるきっかけになった。

 こういう見方で書きたいと初めて思えた。音楽が好きだったから。

 美しいものを、美しく描きたい。

 とおもった。』



当時の連載が、漫画アクション、であることを考えるとこの題材、
この切り口は、とてもチャレンジングであったことは想像に難(かた)くない。

作家・編集者ともそれを重々調子の上で、「神童」の連載が始まった。



 
■具現化の壁


『基本的には自分の未熟さとの戦い。

 神童は打ち切りだった。』


とさそう氏はいう。

漫画は、頭の中を具現化するまでの時間が、物体(製品)を作る行為に
比べれば圧倒的に短い。

その意味では、「モノ」として具現化する分には壁は低い。

漫画という創造の具現化の壁が、実は他にある。
連載「打ち切り」の話に、より本質的な壁が垣間見られる。



『打ち切りの話が出た時、
 三回位で終わろうよ、と言われた時に、ちょっとだけ頑張った。

 うた(主人公)が耳が聞こえなくなって、でもピアノを弾くことは描きたかった。

 あと10話位、描かしてくれ。と、頑張った。

 それが通った。

 打ち切りは編集部の方針。普通は割り切ったら終わりだが、
 僕の訴えを編集者が聞いて、頑張って編集長に通してくれた。

 漫画家に一番描きたいものを、描かせようという気持ちがあった。』



掲載紙の読者アンケートの人気投票で上位をもらっていく作品ではなかったが
結果的には、描ききることができた同作品は、手塚治虫文化賞マンガ優秀賞
+文化庁メディア芸術祭優秀賞のダブル受賞、そして映画化という、大きな
評価を受ける。


漫画は作品の具現化が、連載を通じて、部分的に具現化が進む。
連載という名の、アイデア具現化の壁――。

連載する作品というものはそういうものなのかもしれない。


 
■さそう氏とその作品に接して

この取材は、深夜にまで及んだ。その中で、さそう氏のコメントで
強く印象に残った言葉、それは

 "基本的には自分の未熟さとの戦い━━"

という台詞。さそう氏には、数々の受賞作があり、大学の准教授という立場もある。
しかしそれにおごることはなく、作品へ向かうストイックさと、凛とした考え方をされていた。


また、インタビューの前と後に、さそう氏の作品を読み、筆者は改めて感じた。
さそう氏の作品は、繊細なメッセージが隠し味のように効いている。

神童という作品は「音をビジュアルで表現した」ことを評されがちであるが、
それはいわば作品のガワ(表面)であり、同作品の内側に宿らせた魂は、
印象に残るエピソードという形で読者にしみこませている。


「音楽が日常の音とつながっている、

 みんなが分かる音の延長線上に、音楽がある。
 それを表現したらみんなに分かってもらえるのじゃないか、

 と思った。

 リンゴを齧る音が音楽なんだ。」


筆者は神童を読んで、そのメッセージを明示的な言葉としては
うけとめていなかった。しかし、その話は、記憶に残っていた。
特に漫画を代表する印象的なシーンとして。

さそう氏が作品に吹き込むメッセージはそういうものかもしれない。

記憶に残る印象的なシーンを、今一度、静かに、ながめてみたい。


(取材時期:2009年5月)

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さそうあきらのホームページ http://saso.web.infoseek.co.jp/
京都精華大学 マンガ学部 http://www.kyoto-seika.ac.jp/edu/manga/


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筆者プロフィール

石井力重(いしいりきえ)
アイデアプラント代表/アイデア創出支援の専門家

 大手メーカやベンチャー企業の事業アイデア・新製品アイデアの創造活動にチームメンバーとして参画し、創造手法の提供やブレインストーミングのファシリテーションを行っている。産学官連携の創造性育成ツール開発プロジェクトでは、プロジェクトリーダを務め、そこから誕生した新商品『ブレスター』は、みやぎものづくり大賞で、優秀賞を受賞。その他、アイデア創出支援ツールの企画・製品化の豊富な実績を持つ。発想法を実践するワークショップ『アイデア創出の技術』を不定期に各地の大学や公的機関で行う。実務とともに、日本創造学会を置き、創造工学を研究中。


【募集】

筆者は、創造する人々、というテーマで、取材を行っています。その結果は、時に学会での発表データとさせていただいたり、本記事のように読み物として広く社会にフィードバックしています。ぜひ、「ここは見てきたほうがいい」という企業さん/グループ/個人の方をご存知でしたら、ぜひ筆者まで、ご一報ください。手を尽くし、取材を試みます。

筆者連絡先 rikie.ishii@gmail.com

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※ 取材記事の形式をとりましたので普段の私の文体とは違う「で・ある調」でした。
※ 取材時期は2009年5月でしたが、諸般の事情で、公開が、1年近く遅くなりました。
※ 取材先の自薦・他薦、ぜひお待ちしております!


終わりに:

記事の執筆時期の後にも、氏の作品は次々出ています。ぜひ一度ご覧ください。
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