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アジャイルに行こう!

『アジャイル開発とスクラム』(はじめに、公開)

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アジャイル開発とスクラム
~顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント

好評を頂いています!エンジニアの方はぜひ上司に紹介して頂けるとうれしいです。これまで、ぼくはエンジニアを中心にアジャイル開発の意味や良さ、実践手法などを発信していましたが、なかなかこの思いを実現できる開発現場を作ることができませんでした。
最近になって、ようやく日本でもアジャイルと言う言葉が認知され、「やってみよう!」、という気運が高まっているように思います。
しかし、日本で現場を変えるには、やはり、産業構造、契約構造を踏まえて、管理者や発注者の方に、「新しいビジネス背景の中でなぜアジャイルが自然と主流になってきたか」、ということを理解して頂く必要がある、と考えました。そして、野中先生にお願いし、一緒に書いていただけることになったのです。しかも、縦書きで!
今日は、この「はじめに」の部分を、若干短くして公開したいと思います。

アジャイル開発とスクラム-はじめに

「スクラム」もしくは「アジャイル」というソフトウェア開発手法をご存知だろうか。

現在、ソフトウェア開発の現場は世界的に大きく変わろうとしている。従来は、作るソフトウェアについての要求を事前にすべて収集・把握し、それを分析・設計・実装し、最後に全体テストをする、(...)という手法が主流だった。しかし現在、優先順位が高い機能から動くものを作り始めて短い時間で一部を完成させ、それを顧客やユーザーに早く見てもらい、フィードバックを受けながらソフトウェアを成長させる「アジャイル」と総称される一群の手法の採用が進んで来ている。「スクラム」は、その一群のアジャイルの中で最も普及した具体手法の一つである。

アジャイル開発がここまで広まったのは、従来の手法がビジネスの変化の速さについて行けなくなったことが大きい。開発を始めて終わるまでに、既に市場環境が変わってしまっていることがある。インターネットやクラウドを利用したサービスのソフトウェア開発が増えてきたことも大きな理由だと考えられる。

アジャイルを開発手法として採用する流れは、日本でも最近になって大きく進み、特に楽天やリクルートに代表されるWebサービスをコア事業としている業種やネットゲーム業界を中心に、広まりつつある。ソーシャル・ネットワーク、クラウド、スマートフォンなどがビジネスを取り巻く環境を激変させ、既存のビジネスモデルは生き残りを賭けて抜本的な変化が求められている。今まで世の中に存在しないソフトウェアを作る、それも同業他社より速く……このような、ビジネスにスピード感が求められる環境、ビジネスが不確実で先読みすることが難しい環境では、ビジネスを作る側と技術を担当する側が協力してソリューションを考えなければならない。そして、すばやくリリースしてユーザーを獲得すること、ユーザーの反応を見ながらソフトウェアを追加・改変していくことが求められる。この分野でのアジャイル普及の波は、もはや止められないであろう。(...)

従来からある企業システムの受託開発の分野にも、アジャイルの波は徐々に及んでいる。現在SI(システム・インテグレーション)と呼ばれる業界でも、クラウドの台頭によるビジネスの変化やスピード感重視の流れから、発注側のユーザー企業情報システム部門の期待に、ベンダー側が柔軟に応えられなくなってきている。そのほかにも、ベンダー側では、コスト削減、短工期化、品質確保の要請から、長時間残業など職場環境の悪化が起きている。度重なる仕様変更に、技術者が疲弊している開発現場も多い。多重になった下請け構造の見直しや、他産業へのエンジニアの流出などから、今、大きな構造改革が起きようとしている。(...)顧客の要求に柔軟に応えられる手法として、品質を開発初期から確保する手法として、初期リリースのスピードを重視する手法として、さらには、開発現場からやる気と知恵を引き出し、人とチームを育てる「場作り」の手法として、アジャイルが注目され始めている。(...)

筆者らは、「アジャイル」と「ウォーターフォール」を対立構造として見る立場ではない。(...)特に日本の場合、ユーザーとベンダーが分かれた産業構造、企業人材の流動性の低さ、一括請負型契約の問題などから、単純にすべての分野でアジャイルが勝る、と考えているわけではない。現在ITは、金融、ヘルスケア、家電、自動車、公共、流通、Webサービス、ゲーム等々、あらゆる産業で活用されており、それぞれの分野、プロジェクトの形態、製品やサービスの形態ごとに最適な手法は変化する。しかし、どの分野でも、アジャイルの考え方や要素を取り入れる流れは、今後どんどん加速する。そして、特にITをコアの事業戦略としている業界(例えばWebサービス開発)では、アジャイルが必須の開発手法になると考えている。

(...)日本のSIでは、ソフトウェア開発がユーザー企業とベンダー企業に分かれて行われることが多いが、本書は特に、ユーザー企業の経営者・情報システム部門の方、さらにベンダー企業のマネージャーの方に読んで頂きたいと考えている。また、日本の製造業をはじめとする組み込みソフウェア分野の方や、ハードウェアとソフトウェアを組み合わせた製品開発でイノベーションを創出したいと考えているメーカーのリーダーの方にもぜひお読み頂きたい。

また、この過程で「スクラム」という言葉が、実は日本の80年代の製造業での新製品開発からヒントを得て名付けられた名前だということ、そして、その名付け親は竹内弘高氏と今回の共著者である野中郁次郎氏だということがわかった。オリジナルの論文の中には、ソフトウェア開発のみならず、組織経営やチーム運営についても多くの示唆が含まれていると同時に、「知識」というものがイノベーションの源泉であり、「知識創造プロセス」がこのスクラム手法の正体だと書かれている。そこで後半では、野中郁次郎氏に登場頂き、「スクラムと知識創造」、および「スクラムと実践知リーダーシップ」についても踏み込んで書いて頂いた。

本書は、3部構成となっている。

  • 第1部 アジャイル開発とは何か、スクラムとは何か
  • 第2部 アジャイル開発とスクラムを実践する
  • 第3部 アジャイル開発とスクラムを考える

第1部でビジネス的な背景を説明した後、アジャイル開発とスクラムを詳説する。第2部では国内の事例をインタビューとともに掲載する。最後の第3部では現在のアジャイル開発では明示的に言及されていない企業経営とリーダーシップの側面から、アジャイル開発を考察する。

(この章構成は、ぜひ、こうしたかった。実践し、考える、という順。)

この手法が日本の中でももっと利用され、日本の産業がITの力で活性化すること、各産業分野での製品開発、サービス開発の競争力が高まること、そして何より、それを下支えするソフトウェア開発の現場で働くエンジニアにとって、いきいきと仕事ができる環境が作られることが、筆者らの願いである。


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