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日本企業がDX(デジタル・トランスフォーメーション)を正しく進めるために必要なキーワードについて考えます。

情報系DWHをHANAに統合、部門の壁を取り払って企業変革を進めるAdobe

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最近のパソコンで、もっとも普及率の高いアプリケーションは何だろう?WindowsやOfficeと答えた方。あなたはたぶん、もう古い(笑)。Mac系が大きく普及しつつある昨今では、Windows系とMac系の両方に入るアプリでなければ、トップになれる可能性は低い。

統計データを調べたわけではないが、おそらくAdobe Acrobat Readerはその有力候補なのではないか。どのプラットフォームでもほぼ問題なく閲覧できるファイル形式として、PDFは幅広く流通している。Officeも2010からは「PDFで保存」を標準機能として備えるようになった。日本の官公庁がWebサイトに載せている各種資料もすべてと言っていいほどPDFだ。

アクロバットをはじめ、フラッシュ、フォトショップ、イラストレータ、などデジタルコンテンツ業界のデファクト・スタンダードとして長く君臨してきたアドビ Adobe だが、最近はこうした「デジタル・メディア」に加えて、「デジタル・マーケティング」に大きく舵を切りつつあり、その一助としてSAP HANAを採用したという。

2012年5月の SAPPHIRE NOW Orlando における、同社情報システム部のディレクター、アディティ・ダーガ氏の講演をもとに構成した。

■Real-World Business Cases for SAP HANA: Co-Innovation from Adobe and SAP
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=2364 
(ダーガ氏の講演は6分25秒付近からラスト(17分07秒)まで)

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■トランスフォーメーション(企業変革)

アドビは今年、創立30周年を迎えましたが、当社は昨年後半から今年にかけて、大きなトランスフォーメーション(企業変革)を推進しています。アドビがなぜHANAを選んだのか?SAPと組んで、Co-Innovationに着手したのか?は、実はこの企業変革活動と大きな関連があります。

アドビは主に2つの事業を行っていますが、そのひとつはデジタルメディア事業です。お客様がデジタルコンテンツを作製し、流通し、そして売上を立てることをお手伝いしています。顧客はクリエイティブな仕事に携わる個人と企業の両方です。先週、クリエイティブ・クラウドも発売しました。

※筆者注:クリエイティブ・クラウドは主要なアドビ製品すべてが月額5,000円の定額で使い放題となるサブスクリプション販売。この講演の前週、5月11日に発表された。

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そしてもうひとつがデジタルマーケティング事業です。お客様のデジタルマーケティングおよびデジタル広告への投資の最適化をお手伝いします。そのためオムニチュアなどの会社を買収しています。一昨年にはDayを買収しました。

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従来のアドビは「プロダクト中心」な会社でした。フォトショップなどのソフトウェアをクリエイターに売っていた時代はそれで問題ありませんでした。

しかし(デジタルメディア事業など、B to Bが中核となってきているため、)これを「お客様中心」の会社に変える、という企業変革が必要とされるようになったのです。

そのためには、まず、お客様をよりよく知る必要がありましたが、2つのチャレンジがありました。

■「360度顧客ビュー」が必須

下図のように、アドビのビジネスサイクルは顧客へのアプローチ(Attract)、獲得(Acquire)、サービス(Service)、維持(Retain)、の4つがありますが、従来はシステムそれぞれに分かれており、データもサイロ化されていました。

したがってお客様中心の企業になるためには、まずデータを統合し、「真実は一つだけ」にするところから始める必要がありました。

一方で、「ライセンス販売」型ビジネスから、サブスクリプション/サービス型のビジネスに変容するには、会社自体の動き方を変えなくてはならず、それに伴ってデータそのもののの定義や、KPIの持ち方も変えていく必要がありました。

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一方、情報管理というレベルでもチャレンジがありました。ソースとなるデータが統一されていないため、BI(ビジネス・インテリジェンス)システムが出す結果に矛盾があったり、不正確だったり。レポートが出す情報項目をちょっと変更したいと言ったら、5人× 6ヶ月かかったり。

何より、お客様とのタッチポイント全体を統一したビューで見ることができず、またセルフサービス、つまりデータをさまざまな切り口から見る自由検索ができませんでした。

■SAP HANAベースのDWHのパイロット

そこで、HANAを使って、パイロット(PoC)を始めました。

営業案件(Opportunity)、受注、サービスに関するほぼ20年分の全データ、およそ4テラバイト分を、メモリ 512GB、4プロセッサー構成のHANAに集約しました。

SAP ERPからの受注データ、SFDCからの営業案件データ、SAP CRMからのサービスのデータ、計4テラバイト・約3700万件のデータをHANAに直接ロードしました。

HANAはインデックスやキューブの考慮が要らないため、基本的なデータモデリングは10日以内におわりました。この3700万件のデータに対する検索は2秒以内に返ってきます。驚異的なスピードです。

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■パイロットから本番業務へ

パイロットが成功に終わり、我々はさっそくHANAを使った構築に乗り出しました。

これは初期のユーザー画面イメージです。SAPのBusinessObjects Exploererでは、たとえば「トップ10顧客」ダッシュボードをこんな形に構築することができました。

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しかし我々はアドビですので(笑)、この上に”アドビ・レイヤー”を加えました。アドビ・クリエイティブ・スイートを使って、たとえば営業案件の絞込み(Opportunity Funnel)画面をこんなふうにしました。

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下記はクリエイティブ・クラウドの最新のロゴですが、HANAを使うことで、クリエイティブ・クラウドでのユーザーエクスペリエンスもさらに改善していくことができると考えています。

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■今後の展望

下図は、アドビにおけるHANA活用のビジョンとロードマップです。

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我々はまだHANAを利用しはじめたばかりですが、HANAについてはかなり積極的です。

  • まず、エンタープライズDWH(データウェアハウス)として、お客様、製品、業務についてのデータを集中的に蓄積。
  • またマーケティング、セールス、財務についてはオペレーショナル・データマートとしても活用。
  • ダッシュボード化/ビジュアル化については、SAP BusinessObjects Explorerとアドビのビジュアル化技術を利用。

次にロードマップですが、

  • 今年6月にかけて、まずは営業案件、受注、サービスに関して「真実は一つだけ」を実現するとともに、PC上で見られるすべてのデータにモバイル端末(iOSおよびアンドロイド)からもアクセスできるようにします。
  • 9月にかけては、お客様が保持するライセンス一覧、売上、また経営陣向けダッシュボードを。
  • 12月までには、サブスクリプションにも対応して、360°顧客ダッシュボードを完成させます。
  • そして2013年にはマーケティングダッシュボードを、と予定しています。

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■データ統合を軸に、部門の壁や業務プロセスのブレを取り払う

  • バリューチェーンごとに様々なシステムが乱立し、そのためデータを一元的に見ることができない。
  • 結果、「顧客」という視点からデータを見ることができず、一貫性のある施策が取れない。
  • またシステムごとにデータの意味が少しずつ異なるため整合が取れておらず、「真実はひとつだけ」になっていない。
  • 情報を蓄積し分析するレポーティングシステムが遅く、また柔軟性がないため、使いづらい・ユーザーニーズに応えていない。

ある意味、どの企業でも聞く話である。そして、これを解決するためにHANAを導入した、というケースもまた実に多い。HANAの典型的なユースケースと言ってもよいだろう。

しかしアドビではHANA(によるデータ統合)を、企業文化のトランスフォーメーションのためのツールひとつの軸としている点に注目したい。

データが統一されることで、よくある「部門間の壁」や「言い分の違い」も自動的に取り払われてしまう、といったことがよくある。

  • たとえばマーケティング部門は伝統的にあるキャンペーンにカネをかけてきたが、顧客視点で売上や利益を見たら、費用対効果は非常に低いことが見えてしまったり、
  • 在庫水準の高止まりは、製造・物流・販売の各部門が共有しているはずの「売上見込み」の解釈に差異があることに起因していることがわかったり。

本来、すべての基幹システムを一つに統合してしまえば、そうしたズレもおのずと解消してしまうが、それにはかなりのカネと時間がかかる。であれば次善の策として、情報系システムレベルでデータを統一する、というのが現実的なのかもしれない。アドビのケースはそのひとつの回答を示している。

※本稿は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、アドビ社のレビューを受けたものではありません。

【参考情報】

■Real-World Business Cases for SAP HANA: Co-Innovation from Adobe and SAP
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=2364
(ダーガ氏の講演は6分25秒付近からラスト(17分07秒)まで)

同講演のPDFファイルはこちら。
http://sapvod.edgesuite.net/SapphireNow/sapphirenow_orlando2012/pdfs/23407.pdf

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