60年間のStatsを一般公開、ファンサービス強化をはかるNBA
アメリカは、なにごとにつけ、シンプル・明快・明確を好むお国柄だ。それには諸事情あるのだろうが、なんといってもいわゆる「人種のるつぼ」、多民族が集まって暮らす国だから、ということが大きいと思う。
ほかに共通点が見出しにくいからこそ、誰にでも分かりやすく、疑問の余地がない共通語として「数値化した実績」が好まれる。とにかくなんでもかんでも数値化してランキングしたがるのがアメリカである。
参考: ストレートA(全優)を目指せ ~学生の勉学態度をHANAで分析して指導するケンタッキー大学 で取り上げた、US News の大学ランキングなどもその例だ。
■スタッツ、スタッツ、スタッツ
そして、そうした「数字重視」の代表格が、スポーツにおけるスタッツ(Stats)である。スタッツとは statistics(統計学/統計データ)を縮めた言葉で、文字通り「統計的に算出された実績数値」のことだ。
たとえばアメリカの4大プロスポーツ、NFL(アメフト)、MLB(野球)、NBA(バスケットボール)、NHL(アイスホッケー)のWebサイトを見ると、チームおよび個人のスタッツが実にこと細かに記録・計算・掲載されており、またアクセス数も非常に多い人気コンテンツだという。
Statsのサイト。左が NBA.com(バスケットボール)、右が MLB.com(野球)
ちなみに、「ファンタジースポーツ」をご存じだろうか。実際にはファンタジーベースボール、ファンタジーフットボール、といった具合に実際のスポーツごとに行われるのだが。
ごく簡単にいうと、シーズン開始前に自分の好きな現役プロ選手を集めて架空のチームを編成しておき、シーズンが始まったら各選手の実際の活躍度を反映して自分のチームの成績が集計されていく、というゲームである。
ファンタジースポーツでは、当然ながら選手のパフォーマンスは数値化されて取り込まれていく。つまりスタッツがすべてということになる。これがアメリカでは非常に盛んらしく、4大プロスポーツいずれもトップページにFANTASYのリンクがあり、2千万人以上が参加しているらしい*。
いっぽう日本では、プロ野球を中心に何度も導入されてはいるが、盛り上がらず数年で休止、を繰り返しているようだ*。このあたりも、スタッツつまりスポーツ選手のパファーマンスの数値化というものに対する捉え方の日米での違いが垣間見える。(*いずれもWikipedia「ファンタジーベースボール」による)
■NBAがHANAでスタッツを強化
さて本題。先日、プロバスケットボールのNBAがSAP HANAを採用し、NBA.comの「スタッツ」サイトを大幅に拡充、過去60年余にわたるNBAの全データをファンに一般公開する、というアナウンスがあった。
サイトの稼働は2013年2月頃を予定しているということで、まだ実際の画面イメージなどを見ることはできないが、NBAのCIOマイケル・グリードマン氏へのインタビューがいくつかのWebサイトに掲載されているので、それらの情報を総合して構成した(末尾の参考リンクを参照)。
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NBAのCIO、マイケル・グリードマン氏は語る。
--われわれは以前から、60年余にわたるNBAの歴史上のデータをより幅広く提供したいと考えていました。
従来から、NBAの内部スタッフ用に開発した統計分析システムは作っていましたが、これを昨年、テスト的に一部のメディアに開放してみたところ、非常に好評でした。彼らは従来になかったデータの組み合わせを次々に考え出し、ファンを楽しませてくれました。そこでわれわれはそれをファン自身にまで広げることにしたのです。
NBAのファンは、とにかくスタッツに飢えています。スタッツは、すでにNBA.comサイトの中でもっとも人気のあるコンテンツです。閲覧数も非常に多いのですが、ファンは常に、さらに斬新な切り口を求めています。
新サイトでは、NBAの歴史上すべての試合の全スコアに加え、ビデオ映像、詳細なシューティング・チャート(シュートがどの位置からどのように投げられたかの図)、出場選手の組み合わせ、などさまざまな追加データを提供する予定です。ファンはこれらのデータを自由にかけ合わせて分析し、楽しむことができるようになります。
現在のNBA.comのスタッツは、大量データの高速処理に適したSybase ASEを使っています。しかしユーザーが「数百人のメディア」でなく、「数十万から数百万のファン」にとなると、システム側をケタ違いに強化しなくてはなりません。
NBAが保有しているデータには、ざっと4,500兆(!!!)のデータセグメントがあります。この膨大な量のデータセットを相互に、ダイナミックに突き合わせる、というわれわれのニーズにはSAP HANAはピッタリでした。
従来の手法では、実用に足るレスポンスを出そうと思えば、事前にインフォキューブを作っておくしかありませんでした。分析の切り口をあらかじめ決めてキューブを設計し、データをそれにあわせて集約・統合・整形し、キューブ側にコピーして持っておく必要があったのです。
しかしHANAでは、インフォキューブが必要ありません。明細データを明細のままインメモリに展開しておき、クエリの都度リアルタイムに集約してくるので、キューブも事前整形も不要です。HANAがあったからこそ、全データの公開という決断が可能になったと言えます。
新システムは2012-2013年シーズンの途中、たぶんオールスターゲーム(※2013年2月17日)あたりにリリースされるでしょう。HTML5で開発した画面をベースに、SAP BusinessObjects Explorerを組み合わせたものになります。BusinessObjectsのツールを使うことで、データのビジュアル化をゼロから開発する必要がなく、サイトの開発が大幅に短縮されます。またソーシャルメディアとも連携し、ファンは自分が発見した情報を簡単にシェアできます。
インメモリDBとBusinessObjects Explorerの組み合わせは、実にエキサイティングな経験をファンにもたらすことになるでしょう。
■リンサニティ、リナリティクス
NBAとスタッツにちなんで、もうひとつネタを。
今年2012年2月ごろ、社会現象とすら呼べるほどの話題となったNBA選手がいる。台湾系アメリカ人でハーバード大学卒業という異色の若手選手、ジェレミー・リン。
ドラフト外でNBAに入ったあとも1年半ほど鳴かず飛ばず、2度放出されて早くも3チーム目、という状況だったのだが、ニューヨーク・ニックスで先発に抜擢されたとたんに大活躍。「初先発出場から最初の3試合で89得点/4試合で109得点/5試合で計136得点、はそれぞれNBA記録」**という (**Wikipedia「ジェレミー・リン」による)。
LinとInsanity(気ちがいじみた)を合わせた「Linsanity」という造語すら生まれたほどだった。(ちなみに彼はシーズン終了後、ヒューストン・ロケッツと3年2,500万ドル(約20億円)で契約している。)
■参考記事:Linsanity:ニューヨークのスポーツ・シーンを席巻しているNBAのジェレミー・リン選手
で、下記の動画は、このLinsanityが実のところどのくらいだったのか?をBusinessObjects Explorerを使ってビジュアル化して見せている、その名も「LINALYTICS」(笑)。1分ちょっとで大した内容ではなく、iPadの実画面をビデオカメラで撮影するというシロウトっぽい映像で恐縮だが(苦笑)... ご覧いただきたい。
YouTube: Mobile Minute Demo - Jeremy Lin Analytics with SAP BusinessObjects Explorer for iPad (YouTube動画、英語、1分41秒)
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そういえば(いきなり野球の話に飛んで恐縮だが)、昨冬ブラッド・ピット主演で話題になった映画「マネーボール」は、ある意味、スタッツの極致である。
徹底した個人スタッツ分析と、それに基づく非情なまでにドライな選手のトレードで、オークランド・アスレチックスを地区優勝に導いたゼネラルマネージャー、ビリー・ビーン***。「打率も打点も関係ない、関係があるのは出塁率だ」という彼の視点もまた、1950年代から続くスタッツ分析マニアの研究成果をヒントにしていたという。
選手の獲得・放出を差配するのみならず、選手の起用法をめぐってアート・ハウ監督に口を出して反発されたりしていたが...
ここまでスタッツ分析が進むのなら....と筆者の妄想は膨らむ(笑)。いっそのこと、監督はもう要らないのではないか?HANA監督が、すべてスタッツに基づいて試合を進めるのはどうだ?
ビリー・ビーンは今もアスレチックスの現役GMである。彼が就任後の10年間で積み重ねた白星はヤンキース、レッドソックスに次ぎ、アメリカン・リーグで3番目だという***。その間、選手年俸総額は両金持ち球団の1/3以下のはずだ。つまり有能なGMがいれば、監督はそれをスタッツに基づいて実行するだけよいのではないか?
ビリー・ビーンと、HANA監督の組み合わせ。まずはファンタジーゲームでやってみるか!(笑)
(***Wikipedia「ビリー・ビーン」より)
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当記事は公開情報をもとに筆者が構成したものであり、NBAのレビューを受けたものではありません。
【参考リンク:すべて英語】
■The NBA drafts SAP HANA for stats-hungry fans (要会員登録(無料))
■Three Questions for the NBA’s CIO
■NBA selects SAP to develop unprecedented NBA.COM statistical experience for fans (SAPとNBAの共同プレスリリース)