ビッグデータを確実にカネに換える-テキストデータ分析をHANAで処理するメドトロニック
「ビッグデータ」熱が燃え盛り、「企業はTwitterやFacebookをはじめとするSNSのデータをも、価値を生む(かもしれない)ものとして扱うべきだ」、とITベンダーは説いている。
しかしその前に。企業内に、現在なんの分析もされていないテキスト情報が、大量に放置されていたりしないだろうか?
米国メドトロニック社ホームページ(http://www.medtronic.com/)
■苦情(Complaint)を徹底的に集める
メドトロニック Medtronic 社は世界最大の医療機器メーカーのひとつである。売上高は35億USドル(約3兆円)、従業員38,000人。120カ国で年700万人の患者にサービスを提供している。ちなみに700万人とはおおよそ「4秒に1人」に相当するが、これを「1秒に1人」にする、つまりビジネスをさらに4倍にすることを次の目標として掲げている。
創業以来、メドトロニック社の主要事業のひとつが心臓ペースメーカーである。
言うまでもなく、心臓ペースメーカーは、患者の生死にかかわる。不具合を起こしたら、人が一人死ぬのである。したがってメドトロニック社がその品質と信頼性の向上に最大限の努力を払っていることは不思議ではないが、同社のやり方は徹底している。
メドトロニックは、患者とその家族、医療関係者、販売ルートなどから、ありとあらゆるフィードバックを積極的かつ徹底的に収集しようと努めている--FDAが発行する公式レポートから、ある社員がたまたま聞きつけた何気ない会話まで。
たとえば、もしメドトロニックの従業員があるパーティに出ていて、たまたま他のゲストが「家族が(メドトロニックの)ペースメーカーを入れたんだが、ちょっと違和感があるらしい」と語っていたら、その従業員はその情報を「苦情登録システム」に入力することを義務づけられている。
メドトロニック社製ペースメーカー(イメージ)
■従来システムの限界
メドトロニックにおいて苦情とは、製品そのものはもとより、そのラベリング、パッケージング、トレーニング等の製品全般に関する品質、耐久性、信頼性、安全性、有効性、性能など、ありとあらゆるフィードバックを指す。同社にとって苦情とは、製品の課題が深刻化するずっと手前で異変を察知して対策を講じ、またさらなる品質改善につながるヒントともなりうる、宝の山なのである。
しかし、そうして収集・蓄積した苦情データだが、従来はIT側に活用のボトルネックがあった。
苦情データは、対象となる製品、利用期間、国・地域、患者の年齢・性別・病状などの構造化データと、自由記入テキストなどの非構造化データからなるが、年間700万人の患者と関わる同社においてその量は膨大だ。
文字通りの「ビッグデータ」であり、従来型のRDBMS*とハードディスク(HDD)を使ったシステムでは、HDDの読み書き速度がネックとなり、パフォーマンスに難があった。全データを1つのシステムに集約してしまうと、重すぎて動かなくなってしまうため、全データを一元化することは難しかった。
さらに、パフォーマンスを考慮するとテキスト部分は最大64文字までに制限されていたため、テキスト部分は別途Excelで管理してそこへリンクを張る、といった不便な運用をせざるをえず、テキスト部分の十分な活用ができていなかった。
■インメモリDBによる一元化
そこで、メドトロニックがあらたに稼働させたのが、グローバル・コンプレイント・ハンドリング(GCH)システムである。
GCHはインメモリDBのコンピューティング・パワーを存分に生かし、苦情データをワールドワイドで一元的に管理することを可能にした。構造化データ・非構造化データも集約。テキスト入力エリアは64文字から15,000文字へと大幅に拡張され、十分な大きさになった。
さらに苦情データに加えて、SAP製ERPの販売データやシーベル製CRMデータなどもHANAに集約され、ブラウザ画面からの高速な検索・絞込み・ビジュアライズが可能になっている。(※SAPはインメモリの超高速検索エンジン「T-Rex」を2001年に発売しており、この分野でも最先端を行っている。)
新GCHについては、下記のデモ動画にて画像イメージが紹介されているのでぜひご覧いただきたいが、一部を抜粋してご紹介する。
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メドトロニック社のGCHシステム 画面デモ(2011年11月、Sapphire Madridにて)(日本語字幕つき、4分45秒)
http://www.youtube.com/watch?v=TJ_nH2AFZ5c&lr=1
からのスクリーンショット紹介
新GCHシステム画面(中央にテキストデータが表示され、左右は構造化データをグラフ化して表示している)
キーワードエリアに文字列を打ち込むと、入力途中でも予測機能が働き、キーワードが表示され、同時にテキストエリア・グラフエリアともにそれに対応したものに絞り込まれる
特定の苦情データをクリックすると、左側には構造化データ(年月日、国、製品名、シリアルナンバー等)、右側にはテキストデータが表示される
さらに「タイムライン」ボタンをクリックすると、苦情データを時系列で並べてトレンドを見ることができる。
GCHでは、たとえば「worn(摩耗)」のようなキーワードで検索すると、テキスト部分にそのワードを含む苦情だけが絞り込まれる。それらをさらに製品ライン別、地域別、出荷時期別などさまざまな切り口から調べるなど、構造化データと非構造化データを自在に組み合わせた非定型分析が可能となった。
たとえばある不具合(につながるような兆候)が発見された場合、それが特定製品の特定ロットだけなのか、それとも製品ラインや地域、時期をまたがって幅広く発生しているのかをグローバルに観察できるわけだ。
従来50分かかっていた処理が15秒ほどで終わるなど、300倍を超えるパフォーマンス改善もみられている。
またGCHにはモバイル端末からもアクセスできるため、将来的には例えばiPadを持った担当者が客先から検索することも可能であり、現場でも事実に基づいた対応が可能となる。
同社はiPadを本格的に取り入れている企業のひとつでもあり、社員数38,000人に対しすでに10,000台を超えるiPadを導入している。そうすることで、社員が医療関係者と過ごす時間を少しでも長く確保しようとしているのだ。
GCHシステムは2011年5月にプロジェクトを開始、8月にはほぼ完成。10月半ばから実運用を始めている。
■手書きメモは宝の山かもしれない
メドトロニックが行っていることは、製造業や建設業などの現場で広く行われている「ヒヤリ・ハットの収集」に他ならない。現場の作業員が「ヒヤリとした、ハッとした(が事故にはつながらなかった)事象」をあえて報告することを奨励し、先手を打って対応策を講じることにより、その先にある大事故の芽を摘んでしまおうという取り組みである。心臓ペースメーカーの停止はまさに大事故だ。だからそのずっと手前で起きうる、ずっと些細であるかもしれない情報を集めて、事前に対応しようとしているのだ。
そう考えると、企業内には、現在なんの分析もされていない(が価値を生む)テキスト情報が、大量に放置されていたりしないだろうか?
たとえば、さまざまな製品の修理・メンテナンスに来るサービスマンの「修理報告書」は、今でもたいてい複写用紙を使った手書きである。手書きメモのままになっている最大の理由は、従来からそうやってきていて、とくに不都合もない(ように業務プロセスが組みあがっている)からであろうが、それを活用すれば新たな価値が得られるという認識がないからでもあろう。
「ビッグデータ」熱が燃え盛り、「企業はTwitterやFacebookをはじめとするSNSなどの非構造化データをも価値を生む(かもしれない)ものとして扱わなければいけない」、とITベンダーは説いている。たしかに、とくにコンシューマ製品を扱う企業ではそれはあらたな示唆をもたらす可能性はある。ただしひとつの問題は、その「濃度」がはるかに薄いことだ。たとえば1万ツイートのうち、自社製品に関するコメントが含まれているものがいくつあるだろう?1つもない可能性だってある。
一方、サービスマンが書き込んでいるメモは?「100%」「自社製品の」「不具合に関する」情報だ。少なくとも情報の「濃さ」では比較にならない。
メドトロニックにおいては、ペースメーカーなどの不具合は死亡事故に、ひいてはカネに直結するだけに、同社がこの分野に投資を惜しまないことは不思議ではない。しかしそこまでクリティカルでなくとも、社内にすでにあるテキストがカネを生む可能性は、いまそこに転がっていないだろうか?
※当記事は、公開情報をもとに筆者が構成したものであり、Medtronic社のレビューを受けたものではありません
■Medtronic関連情報
http://www.medtronic.co.jp/◆画面デモ※再掲(2011年11月、Sapphire Madridにて)(日本語字幕つき、4分45秒)
http://www.youtube.com/watch?v=TJ_nH2AFZ5c&lr=1◆Medtronicによるプレゼン(2011年11月、Sapphire Madrid)(英語、16分58秒、要ログイン)
http://www.sapvirtualevents.com/sapphirenow/sessiondetails.aspx?sId=722◆Medtronic事例紹介(英語、3分40秒)
http://www.youtube.com/watch?v=TJ_nH2AFZ5c&lr=1◆Medtronic Shares Its Experiences as an Early SAP HANA Adopter(雑誌記事のPDF版、英語)
http://insiderprofiles.wispubs.com/article.aspx?iArticleId=6126