オルタナティブ・ブログ > blog.formula.commons >

世界最高峰のモータースポーツであるフォーミュラ1を「斜め45度」から見ると、ビジネスや世の中が見えてくる!?まったり気ままに、時には真面目に。世界を駆け巡るF1ビジネスの仕組みから、F1でわかる経済学、エコとF1まで。フォーミュラ・コモンズがお届けします。

F1は「走る広告塔」ではない (2) ― 「大丈夫だ、問題ない。」

»

※前回の記事:F1は「走る広告塔」ではない (1) ― 「真っ白だが、大丈夫か?」の続きです。

・『ザウバークラブ1』の正体とは?

 前回の記事で、BMWザウバーのF1マシンに記載されている「C1」というロゴはスポンサーではない、というお話をしました。では、いったい何なんでしょう?

 ザウバークラブ1とは、ザウバーチームが主催する「会員制クラブ」のことです。その対象は個人ではなく企業。その会員になると「世界選手権を展開するF1をビジネスのプラットフォームとして使う」ことができます。具体的には、スイスにあるザウバーチームの施設を利用したり、グランプリごとに普通の観客では入れない関係者エリアに会員とそのゲストが入場できるようになります。そして注目すべきは、「自社ブランドを公にすることなくF1に参加することができます」と書かれていることです(出典:BMWザウバーのプレスリリース)。

 ん? F1とは「走る広告塔」のはずです。投資した会員企業が「自社ブランドを公に」しないメリットなんて、果たしてあるんでしょうか。F1の仕組みを知っていればいるほど、これはとても不思議な「ビジネス」に見えます。

 ・・・当記事では二つの「新しいビジネス」のかたちがF1に現れつつあることを、この会員制クラブ・ザウバークラブ1から読み取りたいと思います。「まっとうな答え」と「斜め45度な答え」(?)を用意してみました・・・

Paddock

(写真:big-ashb, "Paddock" from Flickr, under CC-BY.)

・まっとうな答え=F1をネットワーク作りの場として提供するビジネス

 一つ目の答えは、「ザウバークラブ1」はF1を社交の場として転用する方法だということです。F1という「華やか」で「世界的」な舞台を、ビジネスのプラットフォームとして活用してください、そのためのお手伝いをザウバーはさせていただきます、ということなのです。会員はF1の現場にゲストを招いて、セレブリティの空間で接待や商談をしてください・・・別にF1を「広告塔」に使ってもらう必要はないという発想の転換です。

 チーム代表のペーター・ザウバーさんにはこう言っています。「近年、マーケティングのプラットフォームとしてのF1は変化してきました。かつては商品の認知度を高めるためにF1の世界的な視聴者数を用いていました。しかし今日では、ビジネスの取引やネットワーク作りの手段も提供しているんです」。

 つまりザウバークラブ1が対象としている企業は「F1を通じて自社製品をアピールしたい!」とか「F1を見ている顧客層に自社ブランドを定着させたい!」といった目的を持つスポンサー企業とは異なります。究極的にはF1を見ている消費者に関心が無くてもよいのです。ものを売りたいという意欲も必要ありません。ネットワーク作り、あるいは、F1という虎の威を借りて商談相手に自分たちを「すごく」見せるために、F1を利用したいのです。

 そういう企業にとっては、自分たちがF1に関わっていることを公にはする必要はないかもしれません。また、チームにとっても公にはしたくないようなダーティーな企業も、そこには含まれているかもしれません。お互いにイメージが大切ですからね。

・斜め45度な答え=ザウバーチームの「撒き餌」ビジネス

 二つ目の答えは、ザウバークラブ1は潜在的にF1に関心を持っている企業を集めるための「撒き餌」だということです。

 2010年シーズン、BMWザウバーチームは経済的に特殊な位置にいました。2009年限りでチームを所有していたBMWがF1から撤退し、そのチームだけがF1に置き去りにされたのです。残されたチームの運営を引き受けたのがペーター・ザウバーさんでした。BMWは撤退の際、置き土産としてチームが1年間は慎ましく暮らしていけるだけのお金(9000万ドル、約80億円)を残していったと言われています(出典:René Fagnan, "Very few options left for Jacques Villeneuve" (2010年10月).)。

 つまりBMWザウバーにとっての2010年の目標は、「なるべく良い成績を残して投資に見合う良いチームであることをアピールすること」と、BMWの遺産を食いつぶした後の「2011年以降の強力な支援者を見つけること」でした。前者の目的のためには小林可夢偉さんが良い働きをしましたし、後者については、もしかしたら「ザウバークラブ1」が大きな役割を果たしたかもしれません。

 BMWザウバーチームは、ザウバークラブ1の会員企業に対して、低価格で、「使った分だけ後払い」的な感覚で、自分たちの施設の利用を許可し、F1関係者用の入場パスを発給していました(典拠:Mark Jenkins, "Is the F1 business model changing?" (2010年6月).)これは超低コストでF1に関わるチャンスを企業に提供するということです。なかには「実際に足を運んでみてF1を気に入った!」「ザウバーチームに広告を掲載したい!」と思った会員がいるかもしれません。そこに営業をかければ良いのです。「C1がお気に召しましたか?もしF1を気に入っていただき、貴社のブランドを表に出して売り込みたいのであれば、もっとお金を出してください」 。つまり「公に名前を出すことなく」というよりも、そんな投資ではロゴなんて出してあげませんよ〜ということです。

・「そんな真っ白な車体で大丈夫か?」「大丈夫だ、問題ない」

 というわけで、結論です。真っ白なボディに貼られた「C1」のロゴは、「ザウバークラブ1」という会員制クラブのロゴでした。その正体は、広告を請け負うことなく、複数の企業から広く浅くお金を集める新しいF1ビジネスのかたちでした。一つ目の答えも、二つ目の答えも、これまではF1と関わりを持ってこなかった企業を自分たちの領分に引き込む方法として機能していることがわかります。

 周知のとおり、近年の世界的な不況の中で、ビッグビジネスが生じる可能性は著しく低下しています。F1も数十億円・数百億円を投じることができるような大口スポンサーは減少する一方です。そのような状況下で自分たちのビジネスを続けていくために、ザウバーチームは「C1」を利用したのです。ザウバークラブ1でビジネスのネットワーク作りをしたかったのは、実はザウバーチーム自身だったのではないか、と、思えるわけです。顧客を利すると見せかけて、実は自分たちが最も利を得ていた・・・とすれば、これはなかなかしたたかな戦略だったと言えるのではないでしょうか。

by blog.formula.commons (Quzy)

※この記事は、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの「表示(BY)」の元で公開されています。あなたは原著者のクレジットを明確にし、典拠を明示することで、自由に記事を利用することができます。

Comment(0)