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デジタルコンテンツ流通の潮流を見据えて

コルシカを否定しただけでは何も生まれない(2)

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Picture_5テレビ番組でも、CDでも、雑誌でも、前回述べたような曖昧で不合理なデジタルコンテンツ流通の欠陥をついて生まれて来たように思う。理想を言えば(その理想の実現はそんなに難しいことではないのだが)コルシカのようなビジネスモデルを出版社は支持し適切な契約を結べば、出版社にとっても、ユーザーにとっても、間に立つコルシカのような流通インフラ会社にとっても意味のあるサービスになることができる。CDにおいてはiTunesが音楽の売り方買い方聞き方の革命を起こし、テレビについてはYouTUBEのようなサービスがユーザーニーズとの間を補完してきた。書籍や雑誌においてはアナログのブックオフが革命を起こしかけたことがあるが、インターネットサービスを利用したユーザーが求めるサービスは未だ現れていない。

アメリカのアマゾンのKindleなどはコルシカがやろうとしていることをちゃんと成熟したビジネスモデルとして提供している。出版社にとって$20−$30の新刊本が$10で売られるというのは忸怩たる思いがあるのは間違いないが、かといってそれを受け入れなかった場合のビジネスとの比較を冷静に行っている。もちろんデジタルで安売りしない方が最終的な損益が良い場合もあるだろうが、デジタルで普及したおかげで紙媒体も売れるという効果も大きい。出版社にとって辛口のコメントになるが、デジタル化を推進したことによって全体の総売上、総利益が拡大するかと問われれば、恐らく答えはノーであろう。かといって出版社が紙の販売にこだわりデジタル化に消極的であった場合はより惨めな結果になるだろう。ここが従来のビジネスモデルで成功してきた出版社がデジタルに尻込みをしてしまう点だ。紙に印刷して大量に売りさばくというビジネスモデルはごく一部のコンテンツを除いてもはや成立していない。それを再販維持だの委託販売だの大昔の武器を振りかざして最新技術でのサービスを望んでいるユーザーに向かっている。

コルシカがどのようにビジネスを展開していくのか楽しみである。将来は分からないが、現在のコルシカのビジネスは十分に怪しい。だが、ここで100歩譲ってそういった怪しさを飲みこんで日本の出版社が自らのビジネスモデルを変革していくかが問われている。こういったベンチャーを否定して自らは殻の中に閉じこもっていては何も変わらない。そして変わらなければ衰退していくだけだ。

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