人事の新潮流 - 働き方改革と生産性向上は両立するか~効率化で浮いた時間を組織力アップに投資せよ
最近の調査によると、「働き方改革に取り組んでいる」または「現在は取り組んでいないが、今後取り組む予定」と回答している企業は63%に達しています(出典:「働き方改革に対する企業の意識調査」帝国データバンク)。また、働き方改革で効果が上がっている項目としては、「長時間労働の是正」や「休日取得の推進」の回答が多く、労働時間の削減や余暇時間の拡大が多くの会社で進んでいる様子がうかがえます。
このことは従業員の立場からは良い変化と捉えられますが、企業にとっては労働時間の削減が必ずしも生産性の向上につながるとは限りません。最近、企業の人事関係者と話をすると、「働き方改革で社員の労働時間は確実に減ったが、売上も低下した」「社内のコミュニケーションがさらに悪くなった」「特定の人や部署への負荷が増えて不公平感が蔓延している」などのネガティブな声をよく聞きます。例えるならば、ムダ肉を落とそうとダイエットを始めたところ、筋肉が落ちてしまったり、体調を崩してしまうようなものです。
企業が、その筋力や体力を落とさずに健康で筋肉質な組織に変えていくためには、何がポイントになるのでしょうか。本コラムでは、自社の生産性向上に向けた分析のポイントや対策の切り口について、弊社の事例を交えながら解説していきたいと思います。
1.データで見る働き方改革の効果
下図は、働き方改革に取り組んでいる企業で働く社員に、働き方改革によって生じたプラスの変化を聞いたアンケート結果です。これを見ると、従業員が実感している効果としては、労働時間の減少(①)や休暇の取得(②)が上位に来ていることがわかります。
(図1)
ところが、「生産性が向上している」と回答しているのは18.5%と、労働時間の減少に比べると少ない回答割合となっています。
(表2)
「生産性」は、「B:投入量(インプット)」当たりの「A:産出したアウトプット量」、と表すことができます。各種の統計データを見ると、Bの労働投入量(労働時間)は確実に減っているようですが、労働時間の削減は必ずしも生産性の向上につながっているわけではなさそうです。
生産性は、単に従業員の努力やパフォーマンスではなく自社のビジネスモデルや競争・市場環境の影響を大きく受けるため、労務・人事管理でコントロールすることには限界がありますが、正しい対策を打つには自社の生産性の現状や動態メカニズムを正しく捉えることが不可欠です。ポイントは、労働時間の削減・効率化(B)で捻出したリソース(人・時間・心理的余裕)を、将来の売上拡大や競争優位向上(A)につながるような活動に投資する循環を創り出すことだと考えます。
2.自社の生産性向上に向けた分析/対策のポイント
弊社が関わった実際の事例を引用しながら、自社の生産性向上に向けた分析のポイントや対策の切り口を紹介していきたいと思います。
【事例①】
機械製造A社では、市況の活性化と人手不足による労働時間の増加により、社員のES低下や離職率の増加が問題となっていました。経営陣は働き方改革を経営課題として掲げ、全社的に労働時間削減を強力に推進したところ、平均残業時間は前年比で大きく減少しました。ところが、データを分析していくと、部署ごとの取り組みの違いによって業績やESにも異なる変化が表れていることがわかりました(図2)。
(図2)労働時間効率化の取り組み方とES・業績への影響
実質的に残業時間が減っていない部署は、社員のESや業績の変化も少ない(または低下)傾向が見られました。一方で、残業時間が減った部署を見てみると、ES・業績がプラスに変化した部署とそうでない部署に大きく分かれることがわかりました。ES・業績がプラスに変化した部署は、「コミュニケーション」や「創造」「育成」に関するスコアがポジティブに変化する傾向が見られたのに対して、ES・業績が横ばいまたは低下した部署は、「コミュニケーション」や「チャレンジ」に関するスコアが低下する傾向が見られました。つまり、労働時間の削減・効率化への取り組み方や、効率化で浮いた時間をどのように有効活用したかによって、職場の活力や生産性に大きな違いが出ていることが示唆されました。
【事例②】
サービス業B社は、早い時期から働き方改革に取り組み、全社の平均残業時間は着実に低下していました。ところが、経営幹部の間では「社内から健全な緊張感が失われているのではないか」「社員の意識や能力が低下しているのではないか」といった漠然とした危機感が共有されていました。
そこで、問題意識の裏を取るため、毎年実施している社員アンケートを手掛かりに分析を試みました。
(図3)アンケート回答に基づく職場の状況のグルーピング
まず、定点調査で聞いている設問項目のうち、「①残業時間は減っているか」「②工夫・改善をしなければ時間内で達成できないような高い目標に取り組んでいるか」の2つに着目しました。この①と②の回答スコアの組み合わせによって、各部署を次の4象限に分類しました。
【グループA】
残業時間は減っており、ストレッチした目標にも取り組んでいる職場。ムダを削減するだけでなく業務改善や創造的な活動にも時間を使っている職場と考えられる。【グループB】
残業時間は減っているが、目標の難易度はそれほど高くない職場。マネジメントの工夫などで業務効率化が進んでいると予想されるが、人員数や社員の能力レベルに過度に適応した「妥協的マネジメント」に陥っていないか、注意が必要と考えられる。【グループC】
残業時間は減っていないが、ストレッチした目標に取り組んでいる職場。労働時間の実態や社員の声を把握し、過度なプレッシャーがかかっていないか注意が必要である。また、業務の集約化や分業化を通じて、創造的な業務の時間を捻出できないか検討することが有効である。【グループD】
残業時間は減っていないが、目標の難易度はそれほど高くない職場。仕事は単調だが量的なプレッシャーが高い職場と考えられる。ストレスマネジメントの観点からはネガティブな影響が強い環境であるため、定期的なカウンセリングや刺激の創出などの配慮が必要である。
上記の仮説に基づいて部署を4つの象限にプロットしたところ、グループB(低負荷・ストレッチ小)に分類される職場が最も多く、全体的に「妥協的マネジメント」に流れている傾向が明らかになりました。
また、グループA(高効率&ストレッチ大)に分類される職場はどのようなマネジメントを行っているのか?という疑問から、その部署のフリーコメントを確認してみたところ、管理職が単なる削減や効率化だけではなく、図4に示すような多面的な視点からマネジメントの工夫をしていることがわかりました。
(図4)フリーコメントに基づく優秀マネジャーの打ち手分類
多くの部署で、管理職の打ち手は①の「一律的なカット(会議の短縮・ノー残業デーなど)」にとどまる傾向が見られました。ただし、課員の意識がポジティブな課では、②個のレベルアップ(意識改革や能力アップ)や③のチームワークによる生産性向上に積極的に取り組んでいることがわかりました。さらに、④分業の最適化や⑤科学的管理にまで踏み込んで対応策を打っている部署も見られました。
部署ごとのグルーピングやフリーコメント分析による示唆は、現場の管理職クラスを集めてフィードバックしました。これ以上の残業時間の削減に「手詰まり感」を感じていた管理職にとって、自身のマネジメント行動を見直す新しい視点やヒントが提示されたことは、有効な気づきとなったそうです。
3.おわりに
本コラムでは、事例を中心に労働時間の効率化と職場の活力・生産性を両立するためのポイントについて取り上げてきました。継続的に生産性を向上し、筋肉質な組織に変えていくためには、現場の管理職の理解とマネジメント力アップが欠かせません。そのためには、自部署の生産性の現状やメカニズムを正しい視点で認識・分析してもらうきっかけやプロセスを埋め込むことが重要と考えられます。
執筆者プロフィール
クレイア・コンサルティング株式会社 https://www.creia.jp/
アソシエイト 今庄 湧希(いまじょう ゆうき)
同志社大学 商学部卒業。主に国内大手メーカーのグループ会社や外食企業を中心に、M&A場面における人事・労務デューデリジェンスやその後の人事マネジメント改革、従業員意識調査の分析に関わる。