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人事の新潮流 - ノーレイティングが目指すもの―人事評価を変える3つの切り口

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はじめに

2010年頃より、GE、アドビシステムズ、マイクロソフト、ギャップ、アクセンチュア、IBM、P&Gといった米国企業が次々にノーレイティング(No Rating)を導入し、話題を呼びました。ノーレイティングとは、期初に設定した目標の達成度を期末にまとめて評価し、ABCといったランク付けを廃止することを指します。

ただし、「ランク付けを行わないこと」がノーレイティングの本質ではありません。上司と部下が、年度に1回、半期に1回といったペースで面談を行うのではなく、日常的に1on1ミーティングを行い、リアルタイムで目標設定やフィードバックを実施するなど、より細やかなマネジメントを行うことによって、従業員のパフォーマンスを向上させていくことが本来の目的です。


欧米においては流行が一巡したようにもみえるノーレイティングですが、日本企業においては、現在の評価制度に問題意識を持ちつつも、自社への導入を検討する俎上にも乗せられていないことが多いようです。

その理由としては、「結局、最終評価はどう付けるのか?」「これまで期末の評価によって決定していた昇降格(給)や賞与、昇進といった処遇はどのように行うのか?」「米国企業と日本企業では組織構造が異なるので、そもそも導入する素地がないのではないか?」といった不安が大きいためと考えられます。

もちろん、日本企業にそのまま導入することは難しいですが、従来の評価制度における根本的な課題に対応するために編み出されたノーレイティングから学ぶことは多いのではないでしょうか。

本稿では、ノーレイティングが目指している評価のあり方から、その背景にある問題意識を考察した上で、日本企業の評価制度見直しにあたって取り入れられるポイントは何かを考えてみたいと思います。


ノーレイティングの特徴

そもそもノーレイティングとは何かを理解するために、その特徴を改めて整理してみたいと思います。 大きな特徴としては、以下の3点が挙げられます。


1)早いスピードでPDCAを回す

これまでは、期初に全員が一斉に目標を設定して期末に評価し、次の期に新たな目標を設定するという、半期ないしは一年という比較的長いスパンでPDCAのサイクルを回すのが通例でした。一方で、ノーレイティングにおいては期中においてタイムリーに目標を設定したり、必要に応じて見直したりを繰り返すことが大きな特徴です。


2)高頻度でフィードバックする

上司部下間のフィードバックも、これまでのように実施が義務づけられた中間面談や期末面談でのみ行うものではなくなります。目標の設定や見直しが随時行われるのと同じく、フィードバックを頻繁に実施することがノーレイティングの前提となっています。


3)高頻度でフィードバックする

既述のとおり、ノーレイティングにおいては目標設定とフィードバックが期中タイムリーに繰り返し行われるため、期末にまとめてABCといったランク付けを行うことは廃止されます。
これまでは、期末の評価が昇降格(給)や賞与、昇進といった処遇に反映されており、評価と処遇はセットで考えられてきましたが、ノーレイティングにおいては、期中に随時行われる評価と処遇の決定は切り離されているのです。


このように、ノーレイティングでは、これまで常識として広く受け入れられてきた年次の評価のあり方から大きな転換が図られています。

それでは、なぜこのような大きな転換が必要とされたのでしょうか? 次節では、ノーレイティングの背景にある、従来の評価制度に対する問題意識とは何かを考えていきたいと思います。


ノーレイティングの背景にある問題意識とは何か

ノーレイティングが登場した背景にある従来の評価制度に対する問題意識を、以下3つに分けて整理していきたいと思います。


1)評価が業績向上に繋がっているのか?

個人の業績を評価する手法としてメジャーな目標管理制度(Management by Objectives and self-control, MBO)は、組織の目標を個々人の目標にブレークダウンすることによって、会社の目指す方向と従業員の工夫・努力の方向を一致させる機能がありました。ところが、近年、事業環境が変化するスピードが増し、期初に設定した個人目標が期末には意味をなさなくなったり、個人目標に落とし込む以前の組織目標自体が変化したりなど、年度に1回、半期に1回といった評価ペースとは馴染まなくなってきたといわれています。

また、期初の目標設定でよくみられるのが、組織目標と個人目標の目指す方向性にズレが生じがちであることです。客観的に測定可能な定量目標を設定しようと意識するほど、たとえば「今期中に勉強会を5回実施する」といった個人目標が設定され、期末に「3回しか実施できなかったので達成率は60%」という評価になりがちです。その結果として、「(勉強会という手段を用いて)社内におけるナレッジ共有という目的を達成する」ではなく、「勉強会を5回実施するという目的を達成する」という、目的と手段の取り違えが生じてしまうのです。


2)評価が従業員のモチベーションアップに繋がっているのか?

評価には様々な機能がありますが、「従業員のモチベーションを上げること」もそのひとつといえます。「頑張ったら評価され、その評価が報酬に反映される」ことが事前に共有されていることにより、従業員は努力する動機付けが高まるという考え方は、広く周知されているといってよいでしょう。

一方で、コインの表裏ではあるものの、「評価によって処遇が決まる」という意識が強まると、被評価者には、評価が高くなるように「操作」しようとするインセンティブが働いてしまうこともあるようです。

たとえば、グーグル人事担当役員であるラズロ・ボックは、賞与の査定前に人事部を訪ねて根回しをしていた社員のエピソードとともに、評価が昇給や昇進といった「外発的動機」に結び付くと、従業員自らが学習しようとする「内発的動機」が低下するという研究結果を取り上げています。

つまり、評価と処遇との結びつきは、本来の意図とは異なる動機付けを従業員に与える可能性を含んでいるといえるでしょう。


3)評価が従業員のパフォーマンス向上に繋がっているのか?

評価には、上司から部下へのフィードバックを通じたパフォーマンス向上(育成)という目的がありますが、筆者が人事担当者からよくうかがうのは、「現在の評価制度は運用負荷が高く、評価者の負担になっている/やらされ感がある」ということです。

特に一次評価者は、自らもプレイングマネジャーとして業務をこなしながら、評価の季節がめぐるたび、部下全員分の評価シートにABCといったランクとその根拠をそれぞれのコメント欄に記載することを求められます。と思えば、処遇の決定を兼ねた経営レベルでの評価調整後、自分が付けたものとは異なるランクが最終評価として伝えられ、さらに被評価者本人へのフィードバックを求められるという苦境に立たされるのです。

その結果、評価のフィードバックは処遇の理由付けを納得させるための形式的な儀式にとどまってしまい、本来の意図である育成的メッセージが伝わらないという問題が生じます。



これらの課題を解決するために登場したのが、短期間でたくさんのPDCAを回し、育成のための「評価」と資源の配分である「処遇」を切り離そうとしたノーレイティングといえるでしょう。


評価制度見直しにあたって取り入れられるポイントは何か

前節において、ノーレイティングの背景にある問題意識について考えてきました。一方で、日本企業がノーレイティングをそのまま導入しようとするには障壁が多いことも既述のとおりです。とはいえ、ノーレイティングが克服しようとした課題は日本企業においても同様であることを鑑みれば、評価制度の見直しにあたって取り入れることができるポイントは何かを検討する意義は大きいと考えます。

本節では、前節で挙げたそれぞれの課題について、取り入れられるノーレイティングのポイントを考察してみたいと思います。


1)低頻度の「目標管理」から高頻度の「目的管理」へ

「評価が業績向上に繋がっているのか?」という問題意識については、多くの日本企業が同様に抱えていると思われます。とはいえ、「目標の設定や見直しを随時実施する」というノーレイティングを単に導入しようとすると現場の負荷が増えるだけに終わってしまう恐れがあります。

高頻度のPDCAを徹底する代わりに、期初の目標設定や達成度の評価にかける労力を省力化する方向に発想の転換が必要かもしれません。目標の内容は期末に達成度が正しく評価できるように「具体的」で「定量的」でなければならない、という常識がありますが、目標の精度を高めることに時間をかけるよりも、「本来の目的・ミッションに照らして何に取り組んだか」「どう試行錯誤したか」「次は何にどう取り組むのか」の確認とフィードバックに時間をかける方がより本質的といえます。つまり、目標の内容(WhatやHow)は状況の変化によって都度変わっていくものだという前提に立ち、本来の目的(Why)に立ち返って高頻度でふりかえりを行うことを重視する、という発想です。

このような観点から参考になりうるのが、インテルが考案し、グーグルやリンクトイン、メルカリなどが導入している「目標と主要な結果(Objectives and Key Results, OKR)」です。OKRは、まず会社にとって重要で、達成することが困難な野心的な目標(Objectives)を設定し、すべての従業員に共有することからスタートします。次に、全従業員は、その目標を達成するための具体的で計測可能な結果(Key Results)を設定し、その結果を出すために力を尽くす、というものです。

日本においても、革新的な商品開発で有名なあるメーカーが、期初に具体的で定量的な目標を立てるMBOの運用を廃止した事例があります。組織のミッションを個々人のミッションにブレークダウンし、個人がミッションの達成に向けてどれだけ試行錯誤したか/貢献したかを、会社の価値観を踏まえて評価する「ミッション評価」を導入しています。目標設定と達成度の評価を緻密に行う運用から、本質的な「目的・ミッション」を個々人に意識させながら、状況の変化に合わせた創意工夫を都度引き出す運用への転換を図っています。


2)「育成」のメッセージと「処遇」のメッセージの分離

次に、「評価と処遇との結びつきは、従業員に本来の意図とは異なる動機付けを与えるリスクを含んでいる」という問題については、ノーレイティングにおいては評価と処遇との関連性を薄くすることによる解決が図られています。つまり、動機付けや育成を目的とする評価と、資源の配分である処遇の決定は別のものという建て付けにしているのです。

この考え方を取り入れるには、育成目的のフィードバックをするときと、処遇を伝えるフィードバックをするときでは、①部下にフィードバックを伝える人を別にする、②伝えるタイミングを別にする、③目的によってフィードバックするポイントを別にする、などの工夫が考えられます。

ただし、育成のメッセージと処遇のメッセージを切り分けることによって、従業員からみて両者の関係がブラックボックス化したようにみえてしまうリスクはあります。後述するように、従業員の納得感を担保するためには、上司部下間の信頼関係の構築が重要な課題となるでしょう。


3)フィードバックは「質」よりも「頻度」重視へ

最後に、「フィードバックが処遇の理由付けを納得させるための形式的な儀式にとどまり、本来の意図である育成的メッセージが伝わらない」という問題については、早いスピードでPDCAサイクルを回すにあたっての頻繁なフィードバックによって解決が図られています。

とはいえ、プレイングマネジャーとしての役割を担っていることが多い評価者が、被評価者へのフィードバックの頻度を増やすことはなかなか難しいと思われます。その観点からは、メッセージの「質」よりも「頻度」重視の発想への転換が必要かもしれません。例えば、今の評価シートの記載項目や面談で伝えているメッセージの内容を改めて精査し、本質的でない「作文作業」に時間を費やしていないか、本質的に伝えるべきメッセージを伝えているかなどの分析が必要です。頻度重視のコミュニケーションに変えていく上では、ITによる省力化・自動化は大いに活用の可能性があると考えられます。


以上、日本企業の評価制度見直しにあたって取り入れられるノーレイティングのポイントは何かを考察してきました。

全体を通していえるのは、会社全体の方向性を全従業員にあまねく浸透させるにせよ、人材育成と処遇の通知を切り分けるメッセージを発信するにせよ、評価への従業員の納得感を醸成するには、上司部下間に信頼関係が築かれていることが前提である点です。

これからのマネジャーにより求められる役割とは、従来の「管理監督者」だけではなく、評価を通じて人材を育成し、個人、ひいては組織全体のパフォーマンスを向上させていくことであると考えられます。その意味では、プレイングマネジャーから、部下へのコーチングを主眼としたマネジメントへの転換など、仕事の進め方そのものの変革が求められているのかもしれません。



【参考文献】

  • ウォドキー,クリスティーナ(2018)『OKR―シリコンバレー式で大胆な目標を達成する方法』日経BP社.
  • 髙橋潔(2010)『人事評価の総合科学―努力と能力と行動の評価』白桃書房.
  • 福井直人(2012)「パフォーマンス・マネジメント概念に関する理論的考察」『商経論集』47(3・4), pp.61-94.
  • ボック,ラズロ(2015)『ワーク・ルールズ!―君の生き方とリーダーシップを変える』東洋経済新報社.
  • 松丘啓司(2016)『人事評価はもういらない―成果主義人事の限界』ファーストプレス.


執筆者プロフィール

クレイア・コンサルティング株式会社 https://www.creia.jp/
コンサルタント 代居 由里子(よすえ ゆりこ)
首都大学東京大学院 社会科学研究科 法学政治学専攻修了。

公的機関において勤務後、現職。
主に人事制度構築、役員報酬制度改定、会社分割におけるコミュニケーションプラン策定、従業員満足度調査の分析等に携わる。


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