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クレイア・コンサルティング株式会社のコンサルタントである和田が、日々のニュースなどを通じて感じた世の中の人・組織の動きを働く人の視点と経営側の視点の双方からつづります。企業における組織改革、ワークライフバランス、人材育成・教育研修、キャリア開発、メンタルヘルス、採用、人員削減などについての話題が中心となる予定。

全社一律の残業削減策、あなたの会社の狙いは?

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マネジメントや人事に関わる人にとって、残業削減というテーマは以前から関心の高い
テーマだったと思いますが、今月から施行されている改正労働基準法の影響もあり、
各社で残業削減の取り組みが活発になってきているようです。

全社的な残業削減施策の一例ですが、最近の日経新聞(4月20日(火)の夕刊13面)にも、
次のような見出しで記事が掲載されていました。
 「ムダな残業洗い出せ 会議コスト計算/分刻みの予定表
  労基本法改正対策急ぐ 子育て・趣味の時間に 業務細かく見直して」

今回は、このような全社一律の残業削減への取り組みを中心として、残業削減施策で
実現したいことはそもそも何なのか?どのように考えれば施策の効果性を高めていくことが
できるのか?ということを少し考えてみたいと思います。

この手の議論で私が常々疑問に思っているのは、「社員個々人に対して全社一律で残業
削減を訴える」という施策に、一体どれほどの効果があるんだろうか、ということです。
もっと言えば、"とにかく残業をなくせ"というメッセージが強く出過ぎると、人によっては
業務に使う時間を単純に減らす方向に走り、全体のパフォーマンスが下がってくる。さすがに
現場のリーダーやマネージャーはそれを看過できないので、さらに残業を増やす、ないしは
サービス残業や持ち帰り残業を増やす、という本末転倒な事態になりかねないのではないか、
ということです。

こうした本末転倒な事態を避けるためには、月並みですが、「残業削減」施策の狙い、即ち
結果として実現したいことが何かを明確にし、残業の実態を把握することで狙いの実現性と
対策の有効性を検証するというステップを、具体的な施策の検討に入る前にきちんと詰めて
おくことが重要であると思います。

残業の実態を把握・整理する一つの方法として、社員の残業タイプをおおまかに把握し、
タイプごとに施策の有効性や施策が社員に与えるプラス面、マイナス面の影響を評価する
というやり方が考えられます。
例えば私の経験では、社員の残業を理由別に分類すると、大きく4つに分けることが
できるのでは、と考えています。

 タイプ1:予定通り仕事が進まなくて仕方なく残業せざるをえない「ノーマル残業」
 タイプ2:仕事に没頭しているうちに残業してしまう「まっしぐら残業」
 タイプ3:周りが残業してて帰りにくいからついつい残ってしまう「なんとなく残業」
 タイプ4:残業代を前提に生計を立てているから残業せざるを得ない「生活残業」

 <図:4つの残業タイプ>

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これを踏まえて、やや極端ですが「残業は悪だ」「とにかく残業を減らせ」という
メッセージを全社的に強く打ち出した場合の影響を想像してみると、次のようになる
のではないかと思います。

 タイプ1:「ノーマル残業」集団への影響・・・×(悪い影響)
   このタイプは、何らかのトラブル等により、当初想定以上の作業を短期間にこなす
   必要があって残業しているのであり、残業をしている本人に責任がほとんどない
   場合も多い。こうした状況下で全社一律での残業削減を強く要請された場合、必要な
   作業時間を減らした分最終的な成果の品質が下がるか、形式上の業務終了後に(即ち
   サービス残業にて)作業せざるを得ない状況となり、社員のモチベーションはほぼ
   確実に低下すると予想される。

 タイプ2:「まっしぐら残業」集団への影響・・・△(対象層によって大きく異なる)
   このタイプは、仕事への習熟度や役割に応じた裁量の大きさによって異なる。
   例えば仕事への習熟度が低い、OJT中の若手などは、ベテランからみれば恐ろしく
   無駄で遠回りな試行錯誤を通じて様々なことを日々学んでいるが、残業させない
   ということはその機会を減らす、ないし先送りすることに等しい。従ってこの層への
   影響はマイナスである。
   一方仕事への習熟度も高く、ある程度の裁量が認められているにも関わらず、いま
   一つ生産性が上がらない社員にとっては、無理を承知で残業をゼロにさせることが
   ブレークスルーのきっかけとなることは十分にあり得る。従ってこの層への影響は
   プラスである。しかし、一般の企業ではこの層に該当する人材が同時期に大量に
   存在することは考えにくい。

 タイプ3:「なんとなく残業」集団への影響・・・◎(良い影響)
   このタイプは、1,2と比べると業務上の必然性があって発生しているというより、
   社内に発生した「自分だけ早く帰るなんて許されない」といった、社会心理学でいう
   同調圧力に似た力の働きによって生じているもの。
   もともと、会社にとっても個人にとっても本来的に無駄な残業であり、本人も
   「帰れるものなら早く帰りたい」と思っているところに、会社から明示的に
   「残業してはいけない」という大義名分を与えることで、周囲に気を遣うことなく
   帰れるときには帰る、という行動を取りやすくなると考えられる。

 タイプ4:「生活残業」集団への影響・・・△(影響が無いか悪い影響)
   このタイプは、「残業をするために残業する」というやや特異なタイプで、残業代を
   稼ぐというためだけでなく、自分の存在意義をアピールするために仕事を創り出して
   でも残業するというタイプである。好意的に考えれば、能力が高いにも関わらず
   内容の薄い仕事を与えられ、力をもてあましているためにこのような行動に出ている
   とも考えられる。またその場合は上司もそのような仕事の仕方を黙認しているような
   ケースもあるため、全社から「残業を減らせ」という圧力がかかっても、このタイプ
   の行動は変わらないか、最悪の場合は全くやる気を失ってしまう可能性もありうる。

誤解しないでいただきたいのは、ここで挙げた想定は極端な例で、タイプ1~4に該当する
残業形態が恒常的にどの程度存在しているかは会社によって異なるし、全社一律の残業施策
といっても多様なバリエーションが存在するため、総じて全社一律の残業施策はダメだ、
といっているわけではありません。
むしろこのように全社の残業傾向を定性的または定量的に把握した上で施策を実施すれば、
効果は2倍にも3倍にもなるのではないかと思います。

個人的に言いたいのは、せっかくこのような取り組みを全社的に行うのであれば、この機会に
残業はどんな場合に生じるのか、残業が多いというのはどこにどれだけ多いのか、多い箇所は
なぜ多くなってしまうのか、本当に個々の社員の意識を変えることが重要なのか、残業させる
側、即ちマネジメントの仕方を変えるほうが効果的ではないのか、といったことを是非真剣に
議論してみていただきたいな、ということです。


今回は企業側の立場で残業削減施策をどう考えるか、ということをつらつらと書いて
みましたが、そもそも「残業」というキーワードは、ワークライフバランスや
メンタルヘルスといった働く側の労働環境やワークスタイルから見る切り口や、
生産性向上やコスト削減といった企業側のマネジメントや国際競争力を論じる際の
効率性を考えるための切り口など、これだけで1冊の本が書けるほどの幅広さと
奥深さがあり、興味の尽きないテーマでもありますので、今後も機会を見て多様な
観点で「働く人にとって残業はどうあるべきか」を探究していきたいと思います。

最後はちょっと堅苦しくなってしまいましたが、私も「まっしぐら残業」しながら、
こんな感じで当ブログを続けていきたいと思いますので、今後ともおつきあい下さい。

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