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シロクマ実験とキーボードの音が気になるオフィス

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先日、静かなオフィスで全員が集中して仕事をしていた時の事です。突然メンバーの1人が少しいらいらした感じで、隣の同僚に訴えかけました。「キーボードの音がものすごく気になる」と。

突然の訴えにみんなびっくりしましたが、確かに指摘を受けた彼が使っているキーボードはかなり昔のやつで、調子よくキーを打つとガシャガシャというか、ジャラジャラというか、聞きようによってはマージャン牌をかき混ぜる時の音にも似た騒々しい音がします。

Polar Bear
Polar Bear / Silvain de Munck

音が気になる彼も、隣の同僚が悪いのではなくキーボードを音がしないタイプのものに変えて欲しいという話だったので、余っているキーボードの中から柔らかいタッチのものを選び、交換する事で問題は解決しました。

静かに集中していると思っていたオフィスの中は、音が気になった彼にとっては大変騒々しい空間だった訳で、改めて人によって音の捉え方は異なるという事を感じた出来事でした。

拾う音と意識に上がる音

耳というのはもちろん、音を聞くための器官ですので常に多くの音を拾っています。しかしその大部分は脳によってフィルタリングされるため、実際に意識に上がってくる音は拾った音のうちのわずかでしかありません。

始めて泊まる部屋に目立つ大きな時計なんかがあると、最初はその「カチ、カチ」という音がとても気になるものです。しかしその部屋に連泊すると次の日には全く気にならなくなる。このような状態で脳波を測ってみると、脳波は時計の音そのものに反応しなくなっているそうです。つまり、時計のカチカチ音は経験の結果、意識にとって何の価値もない情報として認識され、フィルタリングされてしまっているのです。

しかし今回の場合は聞き慣れた音を気にしないのではなく、反対に気になって仕方ない状態になっています。このような事は彼でなくてもよくある事で、冷蔵庫のモーターの音が気になって眠れないとか、電球のジーっという音が凄く気になるとか、人にはそれぞれの「気になる音」があったりします。コンピュータでもできない「情報の正確なフィルタリング」が可能な人間に、どうしてこの様な事が起こるのでしょうか?

どうしても考えてしまう

心理学の実験で「シロクマの事だけは絶対に考えてはいけない」と言われると、どうしてもシロクマの事を考えてしまう、というものがあります。

犬の前におやつを置いて「待て」をすると犬はヨダレをたらりたらりと垂らしながら真剣な顔をして待ち続けます。賢い犬だと待つのが辛いのか、待っている間そっぽを向いておやつを見ないようにしていたりしてかわいいのですが、その間もヨダレは垂れ流し。おやつの事を考えてしまっているのでしょう。

Small Puppy
Small Puppy / smithwithclass

同じ動物である人間にとっても同じです。「してはいけない」事を守るために、人間は一旦禁止となる対象(シロクマ)を強く意識した上で、バッテンで打ち消すような方法をとっているはずです。意識から対象を消しゴムで消すようにしてしまうと、「してはいけない」対象そのものが分からなくなってしまうので、命令を守ることはできないからです。考えて見れば当たり前の事ですね。

だから「シロクマの事を考えてはいけない」と言われると、バッテンをつける前提としてまずシロクマの事が浮かんできてしまう。つまり「考えてはいけない」という前提自体に無理があるわけです。

してはいけないと思ってはいけない

音が気になった彼は仕事が大変な時期でした。今は1分も無駄にすることはできない時期だからキーボードの音など気にしている場合じゃない。集中しなければならない、音を気にしてはならない。彼の頭の中はそんな事で一杯になっていたのかも知れません。

そう思えば思うほど、静かなオフィスの中に響くキーボードの音が気になり始めます。シロクマの事を考えてはいけないと言われると流氷の上を渡るシロクマとか、縄張り争いをするシロクマとか、サングラスをかけてプールサイドでジュースを飲むシロクマとかが浮かんでくるようなものです。

案件が佳境に入ってきて煮詰まってくると、突然みんなをリゾートに連れ出してそこで仕事をさせるという上司がいたそうですが、これも「してはいけない」意識から思考を解放する効果を狙っての事と言えるでしょう。「~でなければならない」「~してはいけない」という考えは、シロクマ実験のように人間にとって「向いていない」考え。そのような考えに陥ることを防ぐために、人間はいわゆる気分転換を必要とするのだと思います。

音が気になる彼の仕事も、もう少しでひと通りの解決がつきそうです。落ち着いたら、友達と遊んだり、飲みに行ったり、旅行に行ったり。「~しなくてもいい」事を存分に、楽しんでもらいたいと思っています。


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