今しか見れない稀少性
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私が高校生の時、私はドラマ「ひとつ屋根の下」の時間に間に合うよう、塾が終わった後にオシャベリもせず、急いで家に帰っていました。
家族にビデオ録画も頼んでいたのですが、録画ボタンを押し忘れることもあったので、「その時を逃すともう見られない」飢餓感のようなものがありました。
今は、「今見逃すと二度と見れない!」というものは減り、時間的に拘束されなくなりました。
自動録画いいや、ユーチューブで見ればいいや、DVD借りればいいや、といったように、「後でいいや」という余裕があります。
企業側も、基本的にはアーカイブはとっておくことでSEO効果がでてくるので、Web上では情報をアーカイブとして積極的に残しているところが多いかと思います。
でも、何でもかんでもアーカイブされてくると、「後でいいや」というサイト(見たい!という飢餓感が失われる)になってしまうかもしれません。「今しか見れない限定公開」と「いつでも見れる」の線引きが、今後のWeb施策を企画する際に大切になってくるじゃないでしょうか。
私の勝手なイメージとしては、京都の特別拝観。
京都にはいつでも見れるところと、特別拝観のように数年に一度しか見れないところがあります。特別拝観を行う場合は、プロモーションをかけて大々的に宣伝し、黒山の人だかりになります。京都はディープなファンが多いので、常に特別拝観をチェックしている人もいる。そういうサイクルを作る出すのも一つのカルチャーとなります。
糸井重里さんが運営されているウェブサイト、ほぼ日刊イトイ新聞の「今日のダーリン」は今アーカイブはなくその日しか見れないようになっています。アーカイブを探したら、このように書いてありました。
「いつか無くなるものを求めちゃいかんのだよ。
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
(『セフティ・マッチの金の言葉』より)
無くなるものは、求めるためではなく、
そいつで遊ぶために、この世にあるんだからな」
(『セフティ・マッチの金の言葉』より)
全文はこちら→http://www.1101.com/archive_darling/index.html
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