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マシンが同僚になる時代に備えるために――『機械との競争』

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ちょうど半年前に"Race Against the Machine"という本を紹介したことがありましたが、その邦訳書『機械との競争』がついに出版されました。良書なので改めてご紹介を。

機械との競争 機械との競争
エリク・ブリニョルフソンMITスローンスクール経済学教授) アンドリュー・マカフィー(MITスローンスクール) 村井章子

日経BP社 2013-02-07
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本書はもともと、エリク・ブリニョルフソン氏とアンドリュー・マカフィー氏が研究成果を電子書籍としてまとめたもので、紙版は存在していませんでした。しかし2011年に原著が発表されると大きな反響を呼び(FTEconomistといった大手メディアでも取り上げられています)、昨年には紙版も(本書を発行するためだけのDigital Frontier Pressという組織から)出版され、日本では日経BPさんが取り上げたという次第。正直言って、装丁は日本版の方が10倍ぐらい良いです(笑)。

ともあれこの流れからも、本書がいかに注目を集めた一冊なのか分かるでしょう。「テクノロジーが高度に発達したことで、機械が雇用を奪う状況が生まれている」という警告が本書の前半部分になりますから、それも当然かもしれません。第5章「結論」で次のようにまとめられています:

本書では、強力になる一方のテクノロジーが、人間の労働者のスキル、仕事、そして需要にどのような影響をおよぼすかを見てきた。そして、これまで人間にしかできないと考えられて来た領域をコンピュータがハイペースで浸食していると指摘した。たとえば複雑なコミュニケーションや高度なパターン認識を伴う仕事なども、コンピュータに取って代わられつつある。その結果として企業はますます多くの仕事にコンピュータを導入するようになり、したがって労働者の雇用はますます少なくなっている。

原著が書かれてから1年半が経過しようとしていますが、この傾向は加速するばかりです。記者に代わって記事を書くソフトウェア、安価で取り扱いやすい産業用ロボット、そしてグーグルのロボットカーなどなど。ますます多くのタスクが、機械によって肩代わりされようとしています。そのスピードがどこまで速いか、どこまで到達するかの違いだけで、「機械との競争」という状況が生まれていることは疑いようがないでしょう。

かといって、本書は暗い将来を描いているだけではありません。原著を紹介した際も述べた通り、「機械と競争する(Race Against)」のではなく「機械と共に競争する(Race With)」という状況を目指すことで、新たな未来が拓けるだろうという期待も述べられています。

つまり、経済の拡大をもたらした相次ぐ技術革新は、機械を敵に回しての競争ではなく、機械を味方につけた競争から生まれたということである。人間と機械は協力してより多く生産し、より多くの市場を開拓し、より多くのライバルを打ち負かした。

この教訓は、機械が力勝負だけでなく知的勝負でも次第に勝利を収めるようになった今日でも生きており、多くのことを教えてくれる。直接対決をやめ、機械と手を携えて競争を始めたら、事態は興味深い方向に展開していくだろう。

ありがたいことに、機械にも長所と短所があり、人間と補完関係を結ぶことでより優れたアウトプットを生み出すことができます。もちろん機械との「補完関係」がどのようなものであるべきなのか、それこそ人間が頭を捻ってデザインしなければならないわけですが(そこには僅かでも新たな雇用が生まれるでしょう)、答えが見つかれば本書が期待するような未来が到来するはずです。そしてそんなデザインをする際のヒントが本書の第4章・第5章で整理されているのですが、この部分は起業家やビジネスパーソン、教育関係者、政治家といった様々な分野の人々にとって参考になることでしょう。

そういえば先日、こんな記事がありました:

MIT Learns That Robots Work Better When You Treat Them More Like Humans (Fast Company)

奇しくも『機械との競争』の著者たちと同じく、MITの研究者らによる研究成果なのですが、人間と機械との間でもクロストレーニング(同じチームの他のメンバーとタスクを交換してみることで、他のメンバーへの理解を深めるというトレーニング方法)をすることで、両者のコラボレーションの効率が大きく上がることが確認されたという内容です。これはあくまでも肉体を動かすコラボレーション(ロボットと人間が協力してネジをしめるという作業)において確認されたもので、応用できる範囲は限られているかもしれませんが、今後このような「機械と人間の共同作業をどのように効率化するか」というような研究が進められてゆくことでしょう。

「ピンチはチャンス」ではありませんが、物事を正しく認識し、創造性を発揮する人々にとっては、今日の状況は逆にチャンスであると本書は訴えています。マシンが人間の同僚となる時代をどう作り出してゆくか、そんな時代にどう備えてゆけば良いのか、本書は多くのアドバイスを与えてくれる一冊になると思います。

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