オルタナティブ・ブログ > シロクマ日報 >

決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

【書評】『スタートアップ!― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』

»

日経BPさまより、『スタートアップ!―シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣』を頂戴しました。ありがとうございます。というわけで、いつものようにご紹介と感想を少し。

スタートアップ!   ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣 スタートアップ! ― シリコンバレー流成功する自己実現の秘訣
リード・ホフマン ベン・カスノーカ 伊藤穣一 序文

日経BP社 2012-05-24
売り上げランキング : 15350

Amazonで詳しく見る
by G-Tools

本書の著者は、起業家のリード・ホフマン氏とベン・カスノーカ氏。ホフマン氏の名前は、IT系ベンチャーに興味がある方であればお馴染みではないでしょうか。いわゆる「ペイパル・マフィア」の一人で、現在はLinkedInの共同創業者兼社長という肩書で知られています。そんな成功した起業家の思考回路が覗けるということで、原著'The Start-up of You'はNew York Times紙のベストセラーにもランクインするなどの反響を呼びました。

ベンチャー(スタートアップ)に厳しいと呼ばれる日本社会ですが、少しずつ環境も変化し、熱意を持ってスタートアップに飛び込む若者も増えています。とは言うものの、まだまだ普通の人々にとってスタートアップは遠い世界の話に感じられるのではないでしょうか。しかし本書はそれが誤解であり、いまや多くの人々が「スタートアップ的な行動」を取らなければならない環境になったのだと説いた上で、成功するキャリアの描き方を解説しています。

年功序列や終身雇用、などという概念を今さら追い求めている人は少数派だと思いますが、それでも「誰もがスタートアップなのだ」と聞かされれば驚く人が多いでしょう。景気の良しあしはあれど、専門領域を決めてそれを地道に掘り下げていれば、少なくとも路頭に迷うことはない――確かにそれは、現在でも有効な選択肢の1つだと思います。しかしあらゆるものが急速に変化し得る環境では、こうした戦略はリスクをはらむものになっている、と本書は指摘します:

これらの長所を持つ前記の発想は、過去数十年は正しかったのかもしれないが、いまでは、この発想をもとにキャリアプランを立てることにはいくつか大きな問題がある。そもそもこれは、世の中は不変だという前提に立っている。しかし、第1章で述べたように、仕事をめぐる環境は以前とは様変わりしている。10年後の「なりたい自分」を思い描いて、そのためのプランを立てたとしても、環境が変わらないならうまくいくかもしれない。もし、仕事人生でA地点からB地点へ行くのが、穏やかな夏の日に湖の反対側へボートで渡るようなものなら、問題はないだろう。だが、あなたが身を置くのは静かな湖ではない。荒れる大海原である。従来のキャリア・プランニング手法は、比較的安定した状況では有効であっても、変化が目まぐるしく先の見えにくい状況では、仮に危険ではなかったとしても、効果はごくかぎられる。あなたは時とともに変わるだろう。まわりの環境も、仲間や競争相手も変わるだろう。

さらに「天職を見つけて打ち込む」というかつてのスタイルには、別の問題も潜んでいると続けます:

右で紹介した発想にはほかにも問題点がある。「揺るぎない自己像を正確につかむのは簡単だ」という前提に立っているのだ。実際には、アイデンティティや道徳上の目的をめぐる高尚な問いは、「自分は何を強く望んでいるのか」といった表面的にはシンプルに思える問いと同じく、答えを出すのに時間がかかるうえ、しばしば答えそのものが変わる。あなたが人生のどのステージにいても、自分の人生の中心をなすたったひとつの夢を探り当てようとするのは、賢明とはいえない。

ではこうした環境の中では、どのようなアプローチでキャリアを積むのが良いのでしょうか?それこそが、本書が訴える「自分自身をベンチャー企業だと捉える」という発想です。そしてちょうど「永遠のベータ」のように、自分という「商品」を周囲に合わせて常に変化させることが大切であり、そのためにはプランBやプランZ(失敗しても安全を確保するための策)を用意したり、「小さな賭け」を数多く行ってフィードバックを得たりといった、スタートアップの手法を活用すべきであるという指摘が続きます。

そう言われて、以前ご紹介した『リーン・スタートアップ』や『小さく賭けろ!』を思い出したという方も多いのではないでしょうか。ちょうど本書は、これら2冊の本が提案する経営戦略を「自分自身のキャリア」に当てはめた場合にどうなるか、という観点で書かれた本と表現することもできるように感じました。

常に実験を繰り返し、常に新しい自分を模索するというのは、確かに辛い生き方です。ある時点で自分の守備範囲を決めて、その中で定年を待つという方がずっと楽に感じられるでしょう。しかし「でも仕方ないよな、変化の時代に合わせるには勉強を続けなくちゃ……」といったネガティブな感情は、実は本書からはほとんど感じませんでした。翻訳された有賀裕子さんは、あとがきでこんなことを書かれています:

この本の書き手やここに描かれた人々には、「キラキラしている」という言葉がぴったりだ。いったい何が輝いているのだろう。富、成功、それとも名声?いえいえ、輝いているのは「生き方」である。年齢、性別、職業はまちまちでも、彼らはみんな逆境に負けないどころか、それを跳躍台にしてしまうほどのしたたかさと、環境の変化に順応するしなやかさを持ち合わせている。そして、いつも前向きに、ひたむきに生きている。

「ピンチはチャンス」ではありませんが、変化は新しい何かに出会えるということも意味します。その中には自分でも気づいていなかった、自分が本当に望んでいたものまで含まれているかもしれません。常に変化を続けるというのは大変ではありますが、その分楽しいことも数多く訪れるのだ、と言えるのではないでしょうか。ベンチャーが画期的な新製品を新市場に投入するときのように、真新しい自分を新しい世界に羽ばたかせる――そんな捉え方をすれば、ずっと前向きな気持ちで「変化する生き方」に臨めることでしょう。

ちなみに本書は、各章の最後に「明日すること」「来週すること」「来月すること」という形で、アドバイスをまとめたアクションプランが掲載されています。まずはこのアクションプランを実践してみるところから始めてみても面白いかもしれません。

【○年前の今日の記事】

スパムはもう問題じゃない?本当に? (2007年5月24日)
145万円の自転車 (2006年5月24日)

Comment(0)