思考停止を招く「文化だから」
日曜日。朝のワイドショー番組を観ていたら、「オレオレ詐欺(振り込め詐欺)」の話題が出ていました。曰く、
日本ではオレオレ詐欺の被害が悪化している。またオレオレ詐欺は日本だけでなく、韓国などのアジア諸国でも増加している。しかし欧米では類似の犯罪は見られない。これはアジアに「家族主義」の文化があるからで、「家族が困っていたら助けたくなる」という心理があるからだ。
とのこと。「確かに日本には家族を大事にする文化があるし、『オレオレ詐欺』は非常に日本的な犯罪なんだろうなぁ」……と納得していたかもしれません。「スイスでもオレオレ詐欺の流行が問題になっている」というニュースを読んでいなかったら。
大学の時に読んだ本に、「安易に『文化』を原因にしてはならない。それは最後の手段と心得るべきだ」と書かれていたことを覚えています。曰く、「日本人は~だ」といったような文化論は無数にあり、自らの主張に合うものを選べてしまう上に、「文化」の有無を検証することはできない(従ってそれ以上議論の正しさを追求することができなくなってしまう)、と。もちろん世の中には純粋に「文化」に起因する現象もあるのでしょうが、大抵の場合はそれ以外の社会的・構造的原因が存在するものであり(例えば先日、これも日本文化の象徴のような「ママチャリ」が普及した一因が道路政策にある、と指摘する記事がありました)、安易に「文化」を持ち出しては本当の原因を掴むのが難しくなってしまうでしょう。
さらにこんな弊害もあります。冒頭の番組で、「日本でのオレオレ詐欺流行は家族を大事にする文化が原因であるかもしれない」と指摘されたことについて、あるコメンテーターが
家族だからって甘えた考えを持たない。そんな厳しさを持つことも必要かもしれない。
といった趣旨の発言をされていました。さぁ大変!家族を大事にするあまり付け入る隙を与えてしまうのだから、家族主義を(残念だけれど)捨てるしかない、と。これで「文化」が原因でなかったら、オレオレ詐欺は物質的な被害はおろか、精神的な被害まで日本社会に与えてしまうことになります。
念のためこのテレビ番組をフォローしておくと、別のコメンテーターの方が「個人情報が簡単に手に入ってしまうことが被害を拡大させているかもしれない」という指摘をされていました。確かにネット社会の進化が進行していることが、他国に比べ、日本や韓国でオレオレ詐欺が流行している一因かもしれません。その真偽は別にして、「それでは犯罪者が簡単に個人情報を手に入れられないような施策を実行しよう」という方向に進む方がよほど建設的でしょう。
「日本が~なのは、~という文化があるから」。そんな考え方をするのは簡単で、議論もスッキリして気持ちいいことですが、そこから先に進まない「思考停止」状態を招きかねません。どんなに言いたくても「文化だから」というセリフは最後の最後まで控えておく、そんな態度が必要だと思います。