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【書評】『マイクロソフト ビル・ゲイツ不在の次の10年』

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マイクロソフト ビル・ゲイツ不在の次の10年 』を読了。以前のエントリでも取り上げたものですが、改めてご紹介したいと思います。

ニュースやブログだけを見ていると、今にもグーグルやアップルに殺されてしまいそうに感じられるマイクロソフトですが、もちろん既に過去の存在になってしまったわけではありません。今日も「Microsoft、クラウドOS『Windows Azure』を発表」などというニュースがあったように、最近話題のクラウドコンピューティング領域等にもちゃんと進出しています。企業向けITシステムの世界だけでなく、ネットやコンシューマ向け端末の世界の今後を占いたいのなら、グーグルやアップルだけに目を向けていては不十分でしょう。むしろベンチャーではない、誕生して25年の巨大企業・マイクロソフトがどのような方向転換を図ろうとしているのかを把握する方が、多くの示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

そのためにも、本書はこのタイミングで読んでおいて損のない本だと思います。マイクロソフトの誕生時からその製品・戦略・技術を追い続けてきたフリージャーナリスト、メアリー・ジョー・フォリーさんの著作ということで、現在のマイクロソフトについてあらゆる情報が網羅されています(どこまで正確か、についてはマイクロソフト社員の方々に聞いてみないといけませんが)。通常のニュースやブログでは、「ウィンドウズの次バージョンのリリースは……」「マイクロソフトの広告戦略は……」という断片的な形で情報が与えられることが多いですから、全体像が把握できるという意味でも貴重な一冊でしょう。

ただし誤解を恐れずに言えば、本書は「予言書」ではありません。「5年後のマイクロソフトやその周辺の業界はこうなっている」「マイクロソフトは復活してグーグル・アップルを蹴散らす」といった分かりやすいストーリーを期待している人には物足りない内容でしょう(ただし表紙には「グーグル、アップル、恐るるに足りず」という挑発的な言葉が踊っていますが)。それどころか、圧倒的な情報量を前に「木を見て森を見ず」の状態に簡単に陥ってしまうと思います。僕も正直なところ、一部テクニカルな部分については、理解が追いつかない部分がありました(例えば本書にはアボラデ・グバデゲシンという方についても解説があるのですが、この名前をMS社員以外の方で聞いたことがある方がどれだけいらっしゃるでしょうか)。

また「詰まるところ、マイクロソフトの将来は明るいの?暗いの?」という点についても、以下のような慎重な見方を提示しています:

一部の人々の間では、今後2年から10年ほどの間に、アップル、グーグル、レッドハットなどの勢いに押されて、マイクロソフトは突然失速するのではないかと予想することが流行になっているが、私はそんなことにはならないだろうと思っている。ウィンドウズが不落の城であった時代は翳りを見せつつあるが、まだしばらくの間、収益の柱であり続けるだろう。

とはいえ、止められない力、すなわち、人気となっているホスティングサービスやプラットフォームとしての携帯電話、クローズドソースの世界を侵略し始めているオープンソースソフトウェアなどによって、安心して収益を上げられる分野に留まっているわけにはいかなくなっている。多くの企業ウォッチャーが考えているのとは裏腹に、マイクロソフトの社員(バルマー以下の大半)は、このことを意識しており、さまざまなペースでこれに対応している。過去30年の間にビジネスおよびコンシューマー市場に非常に深く食い込んだ企業をひっくり返すためには数年以上の時間がかかる。マイクロソフトには、状況の変化に反応し、調整するための時間が、無限ではないにしても、ある程度残されている。

そして本書には上記の意見を支える、様々なエビデンスが登場します。あまり面白い結論ではありませんが、本書を読まれた方も同様に「マイクロソフトは方向性を見失っているように見えるが、実力と実体を持つ会社であり、復活のチャンスは十分にあるだろう」と感じられるのではないでしょうか。また提示されたエビデンスを元に、違う将来像を描いたり、「私がこれだけの大企業を任された経営者で、新しい時代に合うように組織や戦略を作り返さなければならないとしたら、こういう手を打つ」という思考トレーニングもできると思います。いずれにせよ、読書の秋の候補本として検討してみてはいかがでしょうか。

ちなみに巻末には付録として

  • レイ・オジーの「インターネットサービスという破壊(的イノベーション)」(2005年10月)
  • スティーブン・シノフスキーの「透明性と情報公開」(2007年7月)
  • シンクウィーク論文「MSN、ウィンドウズLiveサービスのためのエッジコンピューティングネットワーク」(2006年12月)

等の重要文書についての解説も付いていますので、資料的価値も高いと思いますよ。

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