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「しきる」だけで十分なのか

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先日書店で『「しきり」の文化論』という本を購入しました。「しきる」をキーワードに、建築学や分類学、コミュニケーション論などの分野を考えるという内容。「しきる」という行為は空間的・物理的な結果をもたらすにとどまらず、心理的・哲学的な派生効果ももたらすのだということを様々な例を挙げて説明してくれます。ただ話題があちこちに飛ぶため、良く言えば学際的ですが、悪く言えば少し詰め込みすぎといった感じでした。

この本の中に、こんな一文が登場します:

こうしたものの中では、比較的早くから個人所有のメディアとなったのは、ラジオである。1950年代にトランジスタ・ラジオが商品化されて以来のことである。小型のトランジスタ・ラジオは、アメリカでは親たちが子どもに買い与えた。というのも、50年代に登場したロックンロールを、家庭のラジオで流すと親たちは喧しいと感じたからだ。ロックンロールを聴くなら、トランジスタ・ラジオで自分の部屋で聞けというわけである。つまり、家族で共有しない音楽の出現とトランジスタ・ラジオの出現は偶然にも一致していた。子どもたちが、トランジスタ・ラジオを持って歩き、そこから流れてくる音楽があれば、そこが自分の空間になった。そして、ディスクジョッキーのおしゃべりをとおして、同じ世代の若者が、気分的にはつながっているという感覚を持ったのである。家族との間にはしきりができたが、ネットワークのつながりを感じたのである。これは、現在の携帯電話にちかい感覚をもたらしたといえるだろう。

つまり、子供と親の間に音楽における「しきり」が出現する一方で、トランジスタ・ラジオによって「自室で音楽を聴く」という物理的な「しきり」も可能になり、さらにラジオが若者達の間にあった空間的な「しきり」を取っ払ったことで、子供たちは親よりも自分と同世代の人々とのつながりを感じるようになった――と言えるでしょうか。その善し悪しは別にして、ラジオが子供たちの間のネットワークを形成したのは、一方で「しきり」が登場していたからだという指摘は興味深いところです。そして、現在の携帯電話とのつながりを指摘している点も。

このブログでも何度も取り上げていますが、携帯電話向けのウェブサイトを通じていじめや犯罪が行われるのを防ぐために、未成年者に対する強制フィルタリングが実施されています。名前こそ「フィルタ」とはいえ、実際には大部分の携帯電話向けサイトにアクセスできなくなる「しきり」と言えるでしょう。多くの親は、犯罪者やいじめを行う子供たちと自分たちの子供との間に「しきり」ができて一安心するかもしれません。しかし、自分たちがシャットダウンした「つながり」に変わるものを用意しなくて、本当に問題解決なのでしょうか?「十代の子供と親が密接につながるべきだ」などと夢物語を語るつもりはありませんが(自分が子供の頃を思えば、これくらいの世代は親が何を言っても反発すると思います)、彼らが何を考えているか理解しようとしない限り、八方をしきられた世界に子供たちを置き去りにする結果になるのではないでしょうか。

新しいしきりを作ろうとするあまり、問題の一因となっている別の「しきり」に気づかないままになってしまう。自分も親なので人のことを言えた義理ではありませんが、そんな状態に陥ることのないよう注意していかなければならないと思います。

< 追記 >

今朝は新聞に目を通してこなかったので、こんなニュースが出ているのに気づいていませんでした。

学校裏サイト、9割が「2ちゃんねる」型 文科省初調査 (asahi.com)

いじめなどの温床になっているとされる「学校裏サイト」について、文部科学省は15日、初めて行った実態調査の結果を公表した。抽出調査では、「キモイ」など「誹謗(ひぼう)・中傷」する言葉を含むサイトが全体の50%にのぼるなど、中高生を中心にした裏サイトの深刻な実態が明らかになった。

とのことですが、これだけで「深刻」と判断してしまうのは早計な気がします。「ウザイ」「キモイ」「チビ」といった言葉が含まれるサイトが全体の50%に達したとのことですが、これらがどんな文脈で使われていたのかを見なければ問題かどうかは判断できないでしょう(もしかしたら「大食い番組ってキモイよねー」「満員電車で新聞読んでるウザイおやじがいてさー」という書き込みがほとんどだった、なんて可能性もあります)。

また、以下の部分にも注目が必要です。

さらに同じ3県の中高生を対象にアンケートを実施。裏サイトを「知っている」は33%、「見たことがある」は23%だった一方、回答した1522人のうち、学校裏サイトに「書き込んだことがある」は3%だった。

「書き込んだことがある」のはたったの3%。そのうち本当の意味での「イジメ発言」を行ったことがあるのはもっと少ないはずです。それで「深刻」と言えるのでしょうか。

文科省青少年課は「今後も必要な調査を続け、他省庁と連携して子どもを有害サイトから守るフィルタリングなどの対策に取り組みたい。保護者や学校もサイトを直接見て、実態を認識して欲しい」としている。

まさしく仰る通り。偏った報道に踊らされることなく、子供たちが携帯電話をどのように活用しているのか、保護者や学校は実態を理解する必要があるでしょう。

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