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決して最先端ではない、けれど日常生活で人びとの役に立っているIT技術を探していきます。

マニア社員はいらない

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以前書いた「知識の呪い」というエントリにラノ漫さんがリンクしていただいたおかげで、再びアクセスをいただいています。そこで、最近読んだ似たような話をちょっとご紹介。

様々な業界で、同業者の群れをリードするようになった「アルファドッグ」な企業を紹介した本『アルファドッグ・カンパニー』を読みました。その中に、コネティカット州で自転車販売業を手がける Zane's Cycles (ゼインズ・サイクルズ)の話として、こんなエピソードが登場します:

ジラードは現在店長を務めており、ゼインが採用した他の従業員と同じく、自転車のエンスーではない。こんな風に言う。
「エンスーが店員だと、とにかくお客さんを混乱させてしまいがちです。なぜって、自分の自転車の知識をひけらかして、お客さんを説き伏せようとしますからね」

エンスーとはエンスージアストの略で、熱狂的愛好家の意味(よく車が大好きな人に使ったりしますね)。そんな人々であれば、さぞかし優秀な店員になりそうですが、「アルファドッグ」であるゼインズ・サイクルズでは彼らは雇わない――お客様を混乱させるに過ぎないから、と言います。実は創業者であるクリス・ゼインも、自転車のエンスーではないとのこと:

この自転車通勤は実に楽しい。そして考えをめぐらせる時間にもなっている。その上、自分が売った自転車に乗っている顧客の感覚をよく理解するのにも役立っている。ゼインと同じように、彼らは自転車を楽しもうとする人たちであって、いわゆる“がちがち”のエンスーではない。だから、森の中を走り抜けているとき、そうした顧客の欲しがっているものが自然に伝わってくる。心地よいサドル、手に取りやすいボトル、夜間走行にも安心な明るいライト、軽い着心地のウィンドブレーカー、などなど。

そう、エンスーではないからこそ、お客様が求めているものも自然と理解できるわけですね。もちろんエンスー相手の商売ならば、自らもエンスーになる必要があるでしょうが、どんな市場でも大部分は「普通の人々」によって占められています。彼らをターゲットとして企業を成長させるなら、普通の感覚を失わないことが不可欠でしょう。

この話は「知識の呪い」、すなわち「知識を身につけてしまうと、それが当たり前となり、同じ知識を共有していない人々の気持ちが分からなくなる」という現象と同じではないでしょうか。ゼインズ・サイクルズの例では、「知識」というより「経験」や「思い入れ」と呼んだほうが近いかもしれませんが、同じレベルに立っていない人々とコミュニケーションできくなるという点では一緒です。知識だけは一流の専門家の話が分かりづらくなるのと同様に、マニアの話も一般のお客様には通じなくなってしまうのですね。

IT系の企業では、扱っている商品/サービスの特殊性から、「社員=マニア/専門家」という状態が起きやすいのではないかと思います。それがイノベーターやアーリーアダプターと呼ばれる人々相手の商売で成功しても、なかなかそこから先に進めない会社が多い一因なのではないでしょうか。「どうしてこんなに素晴らしいモノが売れないんだろう?」と悩んだら、ズブの素人(ただしお客様の立場に立って考え、コミュニケーションできる人)を販売担当に任命するというのも一案かもしれません。

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