【書評】ワインの個性
お馴染みになりましたが、ITmedia さんより書評用に本をいただきました。今回は堀賢一さんの『ワインの個性』。文字通りワインがテーマの本ですが、単なるグルメ本ではありません。「ワイン」という存在を構成する要素(産地から製法、生産者、批評家に至るまで)を網羅した、一級の参考書となっています。実際、この本はワインを飲まない方にも、「ワイン産業」の業界ケーススタディ的な位置付けで役立つのではないでしょうか。
例えば、ワインの人気が決定されるプロセス。ワインは多品種が少量ずつ生産される商品であり、しかも毎年の気象条件や生産方法、その後の保存方法・熟成状態によっても品質が変化します。要は飲んでみるまで分からない(素人のレベルでは、飲んでみても分からない)という品が、何千何百というバラエティで存在しているわけですね。そこで専門家と一般消費者の間に、大きな「情報の非対称性」が生じることとなり、「専門家の意見」という要素も人気を左右する一因となってきます。さらにワインは飲物ではなく「投機対象」として扱うことも可能であり、そうなると「おいしさ」という観点からまったく離れた条件(投資家が売りやすいか否か etc.)によって需要が決定される……詳しくは本書を読んでいただきたいのですが、人気を左右する要因はそれこそ無数にあることが解説されています。ワイン業界に携わっていない方(ほとんどの方がそうでしょうが)でも、自分の業界や製品/サービスに似た力学が存在していることに気づくでしょう。
特に「専門家の影響力」という部分は考えさせられました。専門家が下した評価によって価格が大きく変化するため、最近は専門家のウケ狙いで画一化が進み、ワインの個性が失われつつあるのだとか。消費者の多様性が「ロングテール現象」を生み出しているのとは、全く逆の状況が生まれているわけですね。さらに専門家やワイン専門誌は、業者からの広告料などに応じて恣意的に評価を変えることまであるのだとか。こちらも、CGMなど消費者がパワーを持つようになった世界に慣れた身からすると、信じられないような話が並んでいました。
もしかしたら、これからWEB2.0型の思想・仕組みがワイン業界を変えていくのかもしれませんね。例えば「消費者の意見を集約する仕組み」によって、一部の専門家だけがワインの評価を左右するという状況は打破できるでしょうし、アマゾン型のレコメンデーションなどによって「ワインのロングテール」を再現できるかもしれません。また前述の通り、ワインの評価を構成する要素には様々なものがありますから、ブログやSNSなどを通じて魅力を伝えていくという努力にも効果があるでしょう(実際にワインをテーマに情報発信されている方は多いですよね)。もちろん紀元前から歴史を持つワイン業界がそう簡単に変化するとも思えませんが、数年後には『ワイン2.0』みたいなタイトルで、消費者参加が業界にどのような影響を与えているのか考察する本が出ていたりして……と想像しています。