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本質的に異なる「コミュニケーション力」と「営業力」

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相手に自分を選んでもらう「営業」という行為は、実はエンジニアにとっても重要な仕事だ。コミュニケーション力があれば、営業はうまくいくのだろうか? 成功する営業とは何かを考察する。

両者は「別物」だ

 先日、ある若手のビジネスマンから相談を受けた。彼の悩みは、コミュニケーション力が足りないために営業が苦手なので、どうしたらコミュニケーション力を養うことができるだろうか、というものだった。

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 エンジニア読者にあっても、「営業」はしばしば重要な仕事だ。営業に苦手意識を持っている方や、営業ためのスキルをどう改善したらいいのかと悩む方は少なくないのではないか。

 さて、自分の話で恐縮なのだが、筆者は、自分自身がまずまず優れたコミュニケーション力を持っていると思っている。しかし、営業力はない。

 伝えたいことが明瞭に伝わるように話す。内容が明快で目的に応じて適切なトーンの文章を書く。正確なコミュニケーションに必要な伝達力について、回答者は自分自身に対して「素晴らしくはないが、まあまあだ」と自認している(勘違いかも知れないが)。

 しかし、回答者は、30数年にわたる職業人生で、何とも残念なことに、自らの力で「営業」にあって成果を上げた記憶がない。外資系も含めて証券マンだった時代が長くあるが、自分がリードして営業を成功させた経験が殆ど無い。

 現在、筆者は、証券会社のサラリーマンと兼業で小さな会社を営んでいるが、営業は下手だ。社員には申し訳ないと思っている。

 他人に対してアドバイスするに当たり、自分の経験を一般化することは、しばしば不適切だが、「コミュニケーション力」と「営業力」は、仮に近い場所にあるとしても本質的に別のものなのではないかと思う。

 それでは、筆者には何が足りないのだろうか?

営業は否定に耐える精神のゲーム

 筆者の見るところ、営業力の本質は、「売る」という目的のために、自分自身を相手の前に「差し出し続ける」ことにある。そして、商品そのものよりも、自分が相手に選ばれることによって、ビジネスは成立する。

 証券マンであれば、「注文を下さい」と、何度自分を否定されても、顧客にアプローチし続けるような、一部に鈍感さを伴いながらも、情熱を継続する力が必要だ。

 人間は、相手を否定し続けることに対して精神的な負担を覚える。顧客は、営業マンを遠ざけるか、それが叶わない場合、やがて、営業マンから商品やサービスを購入することによって精神的な負担から解放される。そして、顧客は、他人を否定するのではなく肯定した自分をいい人間だと自認するのだ。

 例えば、銀行などの資産運用に関する「無料相談」に出向いてはならないのは、親切なサービスを受け、相手に時間を使わせることに対して、精神的な負担がしみ込むからだ。普通の人は、タダだからといって、相談には近づかない方がいい。加えて、現実問題として、「タダの相談」という恩を受けた状況で、先方が繰り出す「ご提案」の欠点を即座に指摘して却下することは、素人には困難だ。

 一方、商品やサービスを巧みにプレゼンテーションするようなコミュニケーション力は、プレゼンテーションの場での自己満足や社内の評価を得やすい一方で、案外成果を生まないことが多い。

 この種のコミュニケーション力は、相手から手っ取り早く共感を得ることに有効に働く場合もある一方、営業する側が巧みに自尊心を守りながら、必要なことをスマートに伝えすぎてむしろ逆効果に働く場合がある。

 筆者の実感として、コミュニケーション力の優れた人が、営業に於いて優れているとは思えない。多くの口下手な営業マンこそが、日々大きな成果を上げているのが現実だ。

 自ら情けない思いだが、筆者に足りないのは、断られるかも知れない状況に自分の自尊心を晒し続ける「営業的胆力」なのである。

「聞く」コミュニケーション力

 さて、コミュニケーション力は、営業の障害になるばかりではない。

 実は、コミュニケーションにあって、最も大切なことは、自分が何をどう伝えるかよりも、相手の言うことを十分な関心を示しながら丁寧に聞くことだ。コミュニケーション力というと、表現して伝える側の能力ばかりが注目されることが多いが、真に重要なのはこちらの方だ。

 よく考えてみると、筆者にも実体験から語ることが出来る「営業」があった。就職や転職の際に行われる「面接」である。新卒での就職が1回に、転職が12回、少なくとも面接試験に13回合格した経験があった。気を取り直して、面接のコツから営業について考えてみよう。

 就職や転職の際の面接は、自分自身を商品として売り込む営業活動だが、実は、面接にあって最重要のポイントの一つは、相手の話を正確に聞くことと、正確に熱意を持って聞いている事を相手に伝えることだ。

 たとえば、「最近、この業界では何が流行っていますか?」という質問に対して、業界を客観的に見た答えでなく、自分が興味のある事柄を話したとすると、聞き手は話を聞いてくれるだろうが、微妙な違和感を持つ。学生の就職面接などでも、自分の得意な話題に持ち込もうとして、相手の質問に対してずれた答えを返すことがしばしばある。

 面接で相手が判断しようとしているのは、候補者が自分達の仲間にふさわしいかどうかなので、コミュニケーションのずれは印象が良くない。自分の得意な話題を上手く話せたと候補者側では思っていても、好結果には結びつかない。

 また、就職の面接で敢えてコツを言うなら、相手の仕事なり相手自身なりに対して「敬意を伴った興味」を持っていることを上手に伝えることだ。そのためには、先ず、相手の言葉を正確に聞かねばならない。

 そして、相手について十分調べるなどの準備をして来たことが伝わると更にいい。加えて、相手が、気分の良い話ができるような話の展開に持ち込むことが出来るなら、尚いい。そこまで出来るなら、面接は「達人級」の上級者である。人は、自分の話を熱心に聞いてくれる人に好感を持つものであり、そういう相手を必要としている生き物でもある。

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 そういえば、男性の場合、いわゆる「モテる」のは、自説を主張する男性よりも、女性の話を熱心に聞く男性である、という話を、筆者は人生で何度か聞いたことがある。そして、これは、男女を入れ替えても、同じであるような気がする。

 さて、面接は、一回勝負だが、営業、特に法人相手の営業では、相手と何度もやりとりをする機会がある。「聞く力」を身につけることが大変重要であり、有効でもある。

 さし当たって、(1)相手の話を正確に聞くこと、(2)相手の話を熱心に聞くこと、そして、(3)相手に気持ちのよい話をさせること、の順でトレーニングを積むといい。営業で成果が上がるようになるだけでなく、「モテる」ようにもなるかも知れない。

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