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エンジニアの合理的「お金道」入門

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2016年3月より、@IT 自分戦略研究所の連載「エンジニアの生きる道」はオルタナティブ・ブログに移転しました。

「お金」は一貫した考え方の下、論理的に扱うことが重要だ。茶道や華道のように、お金の扱い方にも作法がある。

エンジニアと自分のお金

 エンジニアである読者の皆さんは、自分のお金をどのように管理されているだろうか。職業のイメージから来る典型的な人物像を具体的な個人に当てはめるのは不正確だが、仕事で関わる技術・知識にはこだわりがあっても、自分のお金の問題には無頓着な方が多いのではないか、などと想像する。期待されても迷惑かも知れないが、個人のお金に関心のない人の方が、多くの人が期待するエンジニアの人物像だろう。

 とはいえ、エンジニアも経済社会の一員であり、衣食住が必要な生身の人間だ。お金に全く無縁に暮らす訳にはいかない。

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 そこで、エンジニアが自分自身のお金を扱う上での勘所をご案内したい。お金は、一貫した考え方の下で論理的に扱うことができるし、それが望ましい。論理と計算に強いエンジニアには、実は向いた世界だ。

 個人のお金の合理的で一貫した扱い方には、幾つかの基本的な考え方と、こうすれば失敗しにくいという作法がある。あたかも茶道や華道のように「お金道」があると思って頂いてもいい。

 今回は、筆者が考える「お金道」の入門編だ。これだけ知っていれば、大きな間違いを犯さずに済むという基本となる心構えをお伝えしたい。

お金の基本四原則

 個人が自分のお金を扱う上で、重要な原則を四つにまとめてみたので、見て欲しい。意外なものもあるかも知れないが、「入門」としては、先ず、これらを知って貰えば十分だ。

【お金の基本四原則】

①金融商品を購入する相手と「相談」しない
②手取り収入の2割貯める
③手数料の高い物・分からない物に投資しない
④勝ち負けにこだわらない

 以下、それぞれの項目をご説明しよう。

①金融商品を購入する相手と「相談」しない

 銀行や証券会社などの金融機関の店頭には、退職金運用からジュニアNISAに至るまで、「無料相談」を勧めるポスターが貼られている。また、雑誌などのマネー特集には、「金融機関の窓口で、納得が行くまで説明を聞いてみましょう」といった結論が付された記事が多い。しかし、銀行・証券・保険、何れの金融機関であっても、自分のお金の扱い方、特に運用方法を「相談」してはいけない。

 「無料なのだし、相談だけならいいのではないですか」と思う人は、世間というものが分かっていない。金融機関は、社員の人件費も含めて、相談に応じるために掛けるコストを上回る利益があると思うから相談に応じるのだ。

 プロを甘く見てはいけない。金融マンが繰り出す「ご提案」の全てに対して、その場で的確に反論することは、素人には無理だ。

 また、相談は、自分の所持金や関心事など、金融機関側は欲しがっているが、本来は与えない方がいい情報を与えるきっかけになってしまうことが多い。所持金を把握している相手には、「今、運用に回せるお金がありません」という、最も使いやすい断りの台詞が使えない。

 この点、自分が取引していて給与の振り込み口座があるような銀行は、顧客の情報を知りすぎている。銀行が窓口で扱う投資信託、生命保険などには、実際に購入してもいいと思える物が殆ど存在しないこともあり(基本原則③が理由だ)、「給与の振り込み口座がある銀行では、お金の運用を行ってはいけない」と強く申し上げておく。

 一般に、金融商品を購入する相手に、何を買ったらいいのかを相談してはいけない。

 エンジニアの中には、「専門のことは、専門家に聞くのがいい」と思っておられる方がいるかも知れない。また、専門家が、研究者同士の会話のように、企業秘密のような問題でなければ、誠実に専門分野の知識を披瀝するに違いないと期待されるかも知れない。しかし、残念ながら、金融にあっては、事情が違う。そして、金融商品にあっては、優劣が明確であり、しかも動く金額が大きい。騙すこと・騙されることの効果が大きな世界なのだ。

 合理的「お金道」の第一の心得は「お金の問題にあっては、他人を信じるな」という性悪説である。

 アドバイスを求めるなら、金融商品購入の相手にはなり得ない中立な専門家が相手でなければならない。

②手取り収入の2割貯める

 老後の生活が不安だ、という方が少なくない。だが、エンジニアたるもの、数字の根拠もなく、ぼんやりと感情に流されるのではいけない。

 大まかに計算してみよう。23歳から働き始めて、65歳まで42年間働くとしよう。その後、66歳から85歳まで20年間生きると考えてみよう。42年間の稼ぎが、毎年100であるとした時、100の中からxを貯めて、これを20年間で使うとすれば、毎年使えるお金が均等になるxは約32.2である。

 この計算では、収入変化も、運用利回りも、物価変動も考えていないが、大雑把に言って、収入の32%貯めておくと、現役時代(働いている42年間)の生活の平均と同じだけ、老後の20年間に使える計算になる。

 実際には、老後には、子供に掛かる費用がなくなるし、一般に年を取ると飲食費なども含めて支出が減ることが多いので、これは、かなり余裕のある計算になるはずだ。国の年金を全く信用しないという場合、自分の手取り収入の3割を貯めることが出来れば、老後の生活について経済面では心配しなくていい。

 会社勤務のサラリーマンの場合、厚生年金の保険料で所得の約18%程度を徴収される(今後徐々に引き上げられて、18.3%が上限となるとされている)。今後、年金支給額がどの程度まで削減されるかは不透明だが、公的年金は縮小するものの、破綻して無くなってしまうような仕組みにはなっていない。将来の年金と合わせることを考えると、手取り収入の2割貯めておくなら、将来、年金と合わせて、概ね現役時代並みの支出が可能になるだろう。

 老後不安の問題は、基本的に時間別の支出配分の問題だと考えよう。運用とか、保険とか、不動産とかで、一気に解決出来る方法があると考えるのは、間違いの元だ。

③手数料の高い物・分からない物に投資しない

 例えば、上場されている株式に投資するのなら、手数料が幾らかが分かる。近年、株式の売買手数料は大きく下がったが、手数料を払えば、プロ同士が売り買いする株価で、素人も売買が出来る。また、銀行の預金は、市場金利と利息を比較すると、預金者側がどれだけ損になっているのか、実質的な手数料が分かる。

 また、個人向けの代表的な運用手段である投資信託は、販売手数料、運用管理手数料(信託報酬)、運用資産内での売買手数料などが、概ね公開されている。

 これに対して、保険の類いは、普通の死亡保障の保険はもちろん、年金保険でも、学資保険でも、保険会社が幾ら儲けているのかが分からない。

 「手数料」は、フェアに取引されているマーケットの条件と、個人が取引する条件の「距離」であり、「確実なマイナスリターン」だ。そして、手数料の分からない物は、マーケットの条件と比較した実質的なリターンが分からないのだから、そもそもリターンが分かっているとは言えないし、運用商品の仕組みが分かっていると言えない。リターンの分からない物に、大事なお金を投じるべきではないから、こうしたものを買ってはいけない。

 エンジニア読者の皆様には、この理屈に納得して頂いて、先ず、手数料が不透明な金融商品を「全て」避けて欲しい。

 例外は、自動車を運転する際の自賠責保険と、貧乏な夫婦に子供が生まれた時に一時的に(10年か最長20年)入る掛け捨ての死亡保障の生命保険だけだ(ネット生保で加入する方がいい)。

 独身の社員は生命保険に入る必要がないし、会社の健康保険に入っていれば、ガン保険をはじめとする民間生保の医療保険に入る必要はない。

 また、投資信託は、同じカテゴリー(例えば「国内株式」)で他の商品よりも手数料の高い商品は、「はじめからダメ」だ。

 「運用手数料が高いけれども、運用が上手い」という投資信託を事前に見つけ出す方法は無い。上手い商品選びが出来るようなことを言う人間は、投信評価会社の社員であれ、証券マンであれ、ファイナンシャル・アドバイザーであれ、ビジネスの利害に影響された嘘つきなのだ。

 購入時に手数料を取る投資信託で、投資対象として適切な物は1本も無いし、運用管理手数料が他の同類ファンドよりも高い投信は、はじめから検討に値しない。日本に投資信託は5千本以上あるらしいが、そのうちの99%は、はじめから投資対象として検討に値しない。

 現状では、買ってもいい金融商品として知っておくといいのは、リスクを取る物では、国内株式と外国株式のインデックス・ファンド(株価指数に連動する投信。ETFを含む)で、販売手数料がゼロで、且つ運用管理手数料が最も安い物1本ずつと、リスクを取らない運用対象で、「個人向け国債・変動金利10年満期型」の合計3つだけだ。これらだけ知っていれば十分だし、余計な物を気にすると、それだけ間違いやすくなる。

④勝ち負けにこだわらない

 エンジニアには、凝り性な人が多い。そして、凝り性な人は、自分が関心を持った分野に関して負けず嫌いであることが多いのだが、筆者は、その点を大いに心配している。

 「株式や投資信託を、自分が買った値段よりも、是が非でも高く売りたいと思っている」、「研究すれば、投資の必勝法が見つかると思っている」、「賢い人、知識が豊富な人の方が投資で儲かると思っている」といった思い込みは、全て間違いであり、危険だ。

 「入門編」のもう少し先に、具体的な投資の仕方をご説明しようと思ってはいるのだが、先ず、お金の運用を「勝ち負け」で考える感情を意識的に滅却するように務めて欲しい。

 株式や投資信託を過去に自分が買った値段は、「過去のこと」であり、将来の値動きには無関係だ。そして、お金の運用では、「将来の事だけ」を考えて、今の行動を決めることが大切なのだ。

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 過去にこだわらないことは、感情の面ではなかなか大変な事なのだが、合理性に対する理解の深いエンジニア読者なら、その重要性をきっと分かってくれるだろうと期待している。大いに運に左右される「たかだかお金の問題」なのだから、たまたま市場の変動で起こった損得を自分の優劣や勝ち負けと同一視しないことが大切だ。

 但し、手数料の高い商品を間違って買ってしまうような明らかな損や、金融商品の売り手にアドバイスを求めるような不用意なリスクは、運に関係無く評価できるし、厳しく排除しなければならない。

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