Connecting business in new ways.:ITmediaオルタナティブ・ブログ (RSS)

Connecting business in new ways.

新時代のビジネスを生き抜くために、人と人、人と情報がどのようにつながっていくべきかを考える。

3/19 月曜日、日本マイクロソフトでは 「テレワークの日」 と題してオフィスをクローズした。当日の模様は PC Watch の大河原さんの記事 に詳しいのでご覧いただきたい。当方もちょっとだけ取材を受けている。

当日は朝 9:00 に、樋口社長のあいさつを Lync のオンライン会議機能で放映した。もともと朝礼がある会社ではないので、まったくの日常通りにさらっとはじめるという選択肢もあったのだが、今回は社員が改めて BCP やワークスタイルを再考する機会にしたかったので、その意図を社長の口から語ってもらうことにしたのだ。それに、テレワークに慣れていない人も多少はいるはずなので、「ここからスタート」 という区切りがあったほうがいいだろうという思いもあった。休暇中や外出中の社員もいたため全員とまではいかなかったが、それでも 1,000 名を超える社員が一斉にその会議に参加したのはなかなか壮観だった。当方はといえば、今回の企画の言いだしっぺとしての責任を取り、そして Lync の製品担当でもあるので、当日朝出社してサポートにまわることになったのである。

この朝礼も含めて、当日は特に大きな問題は起きなかった。小さな問題は起きているかもしれないが、今それをサーベイで収集中である。この結果は、今後の BCP および同様の取り組みに対してそれを反映させるとともに、レポートにまとめて公開しようと思っている。きっと同様の取り組みを検討されている方には参考にしていただけるだろう。今後もまた定期的に行っていきたいと思っているので、賛同いただける企業や組織の方がいらっしゃれば、ぜひご一緒したいものである。

性悪説ではワークスタイルの柔軟性を担保できない

一般にテレワークというと、部下が目の前にいないことで労務管理が難しくなるという指摘をする人が一定数いる。さらに問題なのは、それにおびえて最初から手を付けようとしなくなることである。同様の背景から、人事をはじめとした制度設計は性悪説に基づきやすくなる。だからオフィスに出社するという行為を持って就業中であることの証明とする。一方労働基準法は悪しき企業から労働者を守るべく制定されているから、労働時間を明確にさせようとし、結果同じ結論に至る。この環境下で、ワークスタイルの柔軟性を担保するのは相当に難しい。

実は日本マイクロソフトとて、日本法人である以上例外ではなく、一部にある制度と現実の乖離を、運用でカバーしている側面がある。しかし米国本社ではそんなことはない。どちらがいいという話をする気はないが、労使の関係は契約に基づいて明確であり、やめる権利も、やめさせる権利も保障されている。性善説というわけではないのだが、Pay for Job、つまり成果に対して報酬が決められていくので、労使双方にとって重要なのは生産性であって、労働時間そのものに縛られる必要性はない。労働者はもっともパフォーマンスを発揮できる場所で働く権利を持っており、使用者は労働者がそのような場所を選べるような環境を提供する義務がある。優秀な従業員=ハイパフォーマンスな従業員は、自分のパフォーマンスを最大化する企業や組織を自由に選ぶのだから、企業や組織はそれに従うしかないのだ。ワークスタイルの柔軟性はその 1 つの要素なのである。

これからどうなっていくか?

法律が絡んでおり一筋縄ではいかない問題だが、しかし、既にホワイトカラーの仕事においても国境線があいまいになりつつある中で、時間ベースの労務管理がいつまでも続くと考えるのは現実的ではないだろう。「手を動かす」 作業の成果は比較的時間に依存しやすいのに対し、「考える」 作業は時間をかけたからといって成果を出せるとは限らないものである。より頭脳集約的な仕事には時間ベースの労務管理は合わない。組織内での効率的なリソース配分を突き詰めていけば、頭脳と手を分離して、それぞれに異なる管理体系のもとで投資をするのが理にかなっている。もしそうなったら、日本に残る仕事は果たしてどちらだろう?

選択の余地などないのである。いや日本のものづくりはそんなにドライに割り切れるものじゃない、という反論もあるだろう。しかし残念ながら既に日本は、第 3 次産業の労働人口が 2/3 以上を占める頭脳集約的な産業構造になっている。日本的ものづくりにかかわれる人はとても限られた、恵まれた存在なのだ。大多数のビジネスマンは、英語も日本語もしゃべれる新興国出身の優秀な頭脳と戦わざるを得ない。企業も同様だ。マーケットもサプライチェーンもグローバル化し、かつ国内市場が縮小していく中で、ワークスタイルの柔軟性を許容できない企業がより収益率の高い頭脳集約的ビジネスモデルを維持できるわけがない。生産性へのあくなきこだわりが、個人や組織が、今後の世の中を生き抜くうえでの必要条件なのである。

こんなことを考えた一日であった。

米野 宏明

いまさらですが Steve Jobs さんのご冥福をお祈りします。

Jobs 急逝のニュースを聞き思い出した。もうかれこれ20年も前のこと、大学2年末のゼミ面接の場で唐突に 「尊敬する人は?」 と聞かれ、不意を突かれた当方は思わず、その場にいる人が誰一人として知らない Steve Jobs の名前を口走った。案の定 「?」 という反応。どんな人なのか聞かれたので、Apple Computer の創業者で、今は追い出されて、なんて話をする。結論近くまで至った時点で、誰も話について来ていないことに気づき、話を切り上げたことで余計に尊敬する理由がぼやけてしまった。明らかに選択ミスだ。パソコン=オタクと定義されていた当時の、商学部国際経済学専攻ゼミの面接で披露するエピソードではない。

ちなみに同じ面接で「卒業したら入りたい会社は?」 という質問に対し 「IBM」 と答えている。当時業績悪化はなはだしかった IBM である。国際経済学教授からすれば、どう解釈してもただの間抜けである。よくこんなやつを合格にしていただけたものだ。ついでに言うと、卒業後は、バブルが崩壊したというのに逆張り戦略で証券会社に入り、予想通り挫折してITベンチャーでの事業立ち上げに転身するも、データベーススペシャリストに合格したのを SE の道に進みたがっていると勘違いされ配置転換紆余曲折あってマイクロソフトに転職、その後鳴り物入りで新設された部門の立ち上げメンバーとなるも戦略変更により4年でなくなり … と、ちょっと裏側に突っ込んでしまう当時のクセが、いまだに治っていないようである。

さて、なぜ Steve Jobs のことを尊敬していたか、だが、Jobsの当時の不遇とあわせてNeXT というコンピューターにそこはかとないワクワク感を持ったことにある。何かが起きそうな予感、とでも言うべきか。残念ながら、結局大したことは起きなかったのであるが。いや、のちのMac OS X UNIXをベースとしたNeXTSTEP (NeXTOS) の設計が引き継がれているとかなんとか、そんな話もあるのだろうが、当方が当時感じた期待感は、そんなつまらないレベルではなかったのだ。

未来のコンピューター “NeXT”

当時の当方、こちらの世界に詳しくはなかった。PCを初めて触ったのは中学3年生、高校では当時すでにこの業界の人であった実兄のお下がりの NEC PC-9801 F で遊んではいたが、内臓の N88 BASIC で年賀状用の住所録と宛名ラベル出力プログラムを作る程度の知識しかなかった。マイクロソフトの名前はこの BASIC の開発会社としてのみ認識していた。無論世の中では PC を持っていない人が大勢を占めたが、持っている友人たちは皆 RPG に明け暮れ、またマイコン BASIC (雑誌の名前) など買ってゲームのプログラミングなどをしている中、当方といえば 3 ステージで飽きてしまった Xanadu、一応コンプリートできた Märchen Veil ぐらいにしか使っていなかったのである。Mac はもちろん見たことも触ったこともなく (実は今もまだ触ったことがない)、よって Mac にも Apple にも特に思い出はない。

そんな当方が Jobs NeXT を知ったのは、何かの大人向けのグッズ系雑誌だった。確か「特選街」 だったような気がするが記憶違いかもしれない。失礼な言い方だがそういうマイナーな雑誌だからこそだろう、Jobs Apple を追い出された顛末と Apple NeXT のロゴへのこだわりのエピソード、そして NeXT のハードウェアが詳細に紹介されていた。OS UNIX ベース。群を抜く性能と真っ黒なマグネシウム合金のスタイリッシュな筐体。標準搭載されたキヤノン製の光磁気ドライブにもそそられた。当時まだ MO は一般に知られている存在ではなかったし、虹色にきらきら光る書き込み可能ディスクなんて夢のように思えた。そりゃそうだろう。これまた大変失礼ながら、PC-9801 F の変な色に薄汚れた (それは当方の責任であり NEC は何ら悪くない) プラスチック交じりのアイボリー色の筐体に、ヘッドが動くたびにやたらブーブー、ガッチャンガッチャンうるさい 5 インチ フロッピーディスクと比べたら、未来の世界もいいところなのである。ワクワク。きっとこの人は世界を変えるに違いない、本当にそう思った。しかし当方はどちらかというと Jobs ではなく NeXT に夢を見ていたので、その意味では、当方の予想は完全にハズレたのである。

未来の挫折と復活

大学卒業後証券会社に入り、新宿駅西口の高層ビル群の一角にある「新宿センタービル」 に入っていた支店に配属されたのだが、近くの三井ビルの敷地にあったキヤノン販売のショールームで NeXT のロゴを見かけた。ちょっと覗いてみようかと思ったが勇気がわかなかった。確かそのころすでに NeXT はハードウェア事業からの撤退を表明していたはずだし。それに、とてもひっそりとしていたのだ。南向きなのになぜか薄暗い雰囲気。もう誰も NeXT に注目しているとは思えなかった。夢破れたり。証券営業に挫折を感じていた当方は、その気分と相まって、なんとなく悲しい思いでその場を立ち去ったのである。

其の後この業界に移り、こちらでなんとかやっていけそうな気になっていたころ、Jobs Apple に復帰したニュースを聞いた。Mac OS の刷新という文脈の中で NeXT の名前を聞いて、なんとなくうれしかった記憶がある。当方にとって Jobs NeXT は、多感な青春時代のノスタルジーとリンクしているのだ。だから iMac 以降の華々しい Jobs は東宝にとっては全くの別人であり、興味の対象でもなく、Mac をほしいと思ったことも一度もない。当方の現在の担当製品である Microsoft Lync のファミリー製品として、年内に Lync Mobile というスマートフォン用のアプリが登場する予定なのだが、これが Windows Phone だけでなく、iPhone iPadAndroid にも対応するものだから、それぞれテスト用にデバイスを購入した。これが自分で購入を意思決定したはじめての Apple 製品。しかし自分の懐は痛んでいない。会社のだから。

実際に使ってみて、比べてみて、iPhone のワクワク感はなんとなく理解できる。アプリの数がまだ断然差があるのだが、Windows Phone のライブ タイルもなかなかいいところに行っている、これ本当。Android は売れ筋の国産ものを買ったのだが、正直イマイチ。なんだかやたらいろんなアプリが搭載されているのだが、ごちゃごちゃしている。操作性は似ているはずなのに iPhone の時はそうは感じなかった。この違いはどこから来るのだろう?

三つ子の魂百まで

最初に何を体験する (させる) のか、の問題なのかもしれない。iPhone は、音楽を聴くデバイスが進化して、ブラウジングやメールや電話ができるようになった、アミューズメントのためのデバイスとしては進化を遂げてきた。だからスタートメニューは、右から iPodSafari、メール、電話、なのだろう。楽しみ方が明確だ。ポータブル音楽プレーヤーが賢くなって、音楽を聴く以外にも楽しみ方が増えて、データ通信ができるようになってその幅が広がってきて、その先も何かいろいろすごいことが起きそうな、ワクワク感。一方 Android は最初からスマートフォンで、すべてにおいて iPhone の上を行こうとしている。しかしガラケーだってすごかったから、形状とビジネスモデルがちょっと違うだけ。電話とデータ通信のためのデバイスで、アプリはすべて同列、よって全体がごちゃっとしている。電話は今までず~っとそうだったように、これからも電話なのだから、電話とは違うスタイルを確立しない限り、そこから抜け出すことはできない。i モード以来、電話の世界でのパラダイム シフトは起きていない。十分想定可能な現実の範囲では、未来を作り出すことはできない。なお、Windows Phone は身内なのでコメントしないでおく。Android と同じ轍は踏んでほしくないものである。

当方の初めての未来体験は NeXT であった。PC にも大きな感動と可能性を感じたが、当方の不十分な技術水準ではかえって現実の範囲だった。だから実際に手に取ったわけでもない NeXT のほうが心の奥底に刻み込まれている。その一瞬の関わりではあったが、そのような機会を与えてくれた Steve Jobs さんに心から感謝したい。

米野 宏明

今週は当方のオフィスフロアが閉鎖中のため、在宅勤務なのである。

会社としての節電対策で、ビル全体のクローズ日がいくつかと、フロア単位の輪番クローズ週が設定されているのだ。当方の担当製品である Lync を使えば自宅の PC で外線電話の発着信ができるし、SharePoint Workspace を使って当方所有のすべての PC の My Document フォルダーが常に同期されているので、特段困ったことは起きない。またルール上、稼働時間に連絡がつけばよいため、自宅にいる必要もないのだな。通勤の苦痛から解放され、息抜きも自由なので、実に快適だ。そして、実はこれで 3 週間会社に行っていない。完全なるモバイル ワークを実践中なのだ。

Week 1

最初の週は Microsoft Global eXchange (MGX) という社員総会への参加のため、アメリカはコロラド州のデンバーで過ごしたのである。

デンバーはロッキー山脈のふもとにある内陸の高原で、昼は暑くて夜は寒い。マラソン選手が合宿するような場所で、ちょっと空気が薄い。タクシーの運転手いわく、化学や兵器で成り立つ新しくて比較的平和な町らしいが、繁華街はイマイチ狭い。

Ph_2
馬車とトロリーが通るメインストリート

そして例によってメシがマズい。カンファレンス会場ではランチボックスが配られたが、ターキーサンドやら、マッシュルームまですべて生のサラダやら、卵やらバナナやらクッキーやらがどっさりだ。もっとも残念なことにパンが決定的にマズい。いやになって一度近くのカフェで調達してみたが、パンのマズさに変わりはなかった。パンはやつらの主食ではないのか?どうやらアメリカ人は、食べきれないぐらいたくさん食べ物があることには価値を感じるが、味は二の次のようだ。キンキンに冷えた会場でも半袖短パンで平気な連中だから、食糧のほとんどを熱に変換して、温暖化に大いに貢献しているに違いない。あるいは単に皮膚も舌も感覚が XX になっているのか。両方だろう。唯一のフリーなディナーだった水曜日の夕方も 「メキシコ料理にハズレなし」 と根拠なく言い張る同僚に騙され、これでデンバーでのすべての食事がマズいことを確定させてしまった。当方はあまり物欲がない分、食事に高いモチベーションを持っている。相当に幻滅なのである。

Ph_3
最終日は屋外コンサート会場でロック。オッサンにはそろそろ厳しい。
そしてまたもやディナーボックス。まじい。

「デンバーには全部で 300 台しかタクシーがないらしい」 というアメリカ人上司の話を聞いて帰りは早めにホテルを出たのだが、運転手に聞いてみたら 「そんなわけねえ、ウチの組合ですら 400 台あるぜ」 なんだそうだ。上司にも騙された。搭乗の 3 時間も前に空港に着いた揚句、さらに飛行機が 1 時間遅延している。手荷物しかなく朝早かったこともありあっさりゲートを通過、余計にヒマをもてあますことになった。幸い空港には G 社の無料 WLAN サービスがあったので、思わず使ってしまう。緊急時だからやむを得ない。当方は騙されただけで、決して悪くないのである。時差のせいでチャット相手はいないが、メールと書きものをこなす。持っててよかった Microsoft Office。Windows 7 DirectAccess で社内リソースへも難なくアクセスできたし、万全である。

Week 2

翌週は夏休み。デンバーからそのまま日本に戻らず、バカンスである。ビーチでも WLAN がつながったのでちょっとだけ仕事。これはこれで気分がいい。だが、持って行ったのが Lenovo の真っ黒なノートでどうも景色に合わない。よってだいたいは Windows Phone の海外パケホーダイで済ます。やはりビジネス用スマホは Exchange を覗けないと。Windows Phone 万歳である。あ、iPhone でもいいんだっけ?

Ph_6

デンバーの反動でうまいものをあさりまくった結果、体重は 3 キロ増え、かつ、こんがり丸焼きになる。滞在中一度だけ、典型的なアメリカのチェーン レストランに行ってみた。マズくはないが、やはりすごいボリューム、やっぱり XX だ。絶対に小食とは思えないとても太った白人 3 人が席を立ったが、3 人とも Doggie Bag (持ち帰り用の袋、でも犬にこんな塩分の濃いもの与えちゃいかん) を持って立っている。君たちはいったいどれぐらい注文したのかね?しかし店の人いわく、Doggie Bag がその後どうなるかというと、意外にも翌日などにちゃんと食べる人が多いのだそうだ。今まで単なる偽善的ポーズかと思っていた。これは大変失礼した。

Week 3

そして今週は在宅である。来月からイベントもりだくさんだし、今期のプランもまだ一部頭の中なので、資料作成の時間に充てようと思っていたのだが、次々にオンライン会議が設定される。休みじゃないからもちろんメールも普通に来るし、そしてさっきから何だかやたらとチャットで話しかけられる。これでは普段と何ら変わりないではないか、見込み違いだった。むしろ忙しいぐらいである。先の 2 週間分の仕事が結構たまっているので、致し方ない。

自宅なので息抜きは自由なのである。集中力はそんなに長い時間続かないものだ。しかし昨日、我が家のケーブルテレビのセットトップボックスが壊れてしまったので、久々に平日昼のテレビを見ることになった。近頃話題のテレビ局にチャンネルを合わせてみたら、期待通りの韓国ドラマが流れていて逆に驚く。BS に変えてみると、ほかの局でも韓ドラのオンパレードではないか。おお、この話だったのだな。百聞は一見に如かずである。それ以外はテレビショッピングか煽り報道バラエティかサスペンス。うむ、早々にセットトップボックスを交換してもらうべきだろう。

Week X

在宅勤務の様子を報告してみようと書き始めたのだが、まだ続いていることもあり特にオチはない。しかしこれではキリが悪いので一応まとめてみたい。

来週以降は通常勤務に戻るわけだが、もともと打ち合わせなどが入っていない場合は当日在宅勤務などしていたので、当方としてはさほど変わらないかもしれない。直前でも上司に報告すれば在宅は許可されているのだ。ただ、当社のような外資系でも、当方のように何の臆面もなく在宅できるタイプと、なんとなく引け目を感じるタイプがいるのも事実であり、こういった強制的ルールを経ることで、皆の意識が変わって、よりワークスタイルの柔軟性が増していくのだろう、などと思う。少なくとも当方の往復出勤時間 2 時間近くが節約でき、その間リフレッシュなり睡眠なり生産的活動に使えるわけであり、とても健全だ。ぜひ経営にかかわる皆さんには、自社への導入をお勧めしたい。

そうそう、本当に全然関係ないのだが、当方の恩師 (元 BCG 代表の内田和成氏) が東日本大震災の被災地応援活動の一環として、チャリティ講演会を始められた。

Wsjplogo

ローランドベルガー会長の遠藤功氏はじめ、早稲田大学ビジネススクールの教授陣が交代で講演を行う。興味があればぜひご参加を。詳しくはこちらへ http://www.wsjp.org/project/lecture/about.html。勉強になって被災地支援にもなる。安全な一石二鳥なのである。

米野 宏明

今回の大震災で直接被災された方々の苦悩に比べればごく些細なことだが、この 2 週間は日頃経験したことのない出来事の連続だった。しかしその中でも、リアルタイム コミュニケーションによる人とのつながりで、ずいぶん救われた。

3.11 地震発生

あの時間、当方は大手町のテクノロジーセンターでセミナー登壇中であった。揺れを感じる 10 秒ぐらい前だっただろうか、緊急地震速報の館内放送が鳴り響く。やがて、やけに長い地震が始まる。しかし、檀上だったこともありほぼ何もできず、背後のスライド式のホワイトボードを右手で、デモ PC を左手で抑えながら平静さを装うのが精いっぱいである。

揺れが続くまっただ中、家族からプライベートの携帯に入電。当方が 「今セミナー中だから」 と意味のない応答をすると、相手も狼狽のあまり 「ああ、そっか」 と答えてあっさり切る。この後通常の電話は軒並みつながらなくなったが、実は当方のプライベート携帯は PHS であり、相手が PHS なら必ずつながった。まだ Docomo が PHS サービスを提供していた当時からのユーザーなのだが、PHS でよかったと思ったのはこれが初めてかもしれない。そして、揺れが収まってしばらくのち、安全のために (ビルがちょっと古いのだ。共用エリアの天井パネルが落ちていた)、お客様にはドリンクスペースで提供しているペットボトルの水を渡しお帰りいただく。

電話は通じなかったが VoIP は止まらなかった

当方もそこで帰ればよかったのだが、他のセッションのお客様が若干残られていたのと、海の近くに移転した本社の様子も気になり、そのまま残ってチャットを始めた。当方がマーケティングを担当する UC 製品の Microsoft Lync の出番である。こういう時 VoIP は強い。一般の電話というのは、固定電話だろうが携帯電話だろうが、原理は糸電話と同じ 1 対 1 の接続であり、回線数を超える同時通話ができない。通常、電話加入者が全員同時に電話を掛けることはありえないので、公衆回線や企業の内線などは、基幹の回線数を少なくして、交換機を使って話す人同士を都度つなぎ合わせているのだ。だから広域の非常時には一斉に通話が発生するためつながらなくなる。しかし Microsoft Lync ならインターネット経由で直接 VoIP にアクセスできるので、公衆回線がだめでも問題ないのである。

プレゼンス情報が緑色で連絡可能になっている同僚何人かを招待して一斉に IM を投げてみた。袖机の引出しがフルオープンになっている以外は大丈夫だとのこと。一安心し自分も帰り支度を始める。しかし時すでに遅し、であった。電車は運休、バスだと何度も乗り継ぐ必要がありルートもよくわからない。もちろんタクシーも捜し歩いたのだが捕まらない。結局自宅から車で迎えに来てもらったわけだが、大渋滞で、帰宅したころには日付が変わっていた。

在宅勤務、しかしモチベーションが上がらない

翌週は社命にて原則自宅待機である。とりあえず打ち合わせはすべて延期を試みる。社内でもお客様でも、予定をそのままにしておくと無理にでも参加しようとされる真面目な方が多い。しかし交通や電力も含めて事態は不透明な中、延期できるものはそうするのが主催者の務めと考えた。どうしても延期できないお客様との打ち合わせが 2 件残ったが、Lync のオンライン会議に切り替えさせてもらった。

さて、地震前から仕事はたまりまくっているわけで、それを全部片づけてしまおう。Windows 7 Direct Accessのおかげで会社のリソースにすべてアクセスできるから、困ることなど何もないのだ。ところがなんだか仕事が手につかない。余震は続き、マスメディアは時系列が崩れた不確かな情報であおり、家族は原発の動向にもうろたえている。さりとてネットも全般的にはアテにならない。このあたりの話は別の機会に書いてみたいと思うが、情報はたくさんあるものの、正しい情報を選別して冷静に判断するのが難しい日々が続く。会社や上司、同僚からのメールも来るが、それも含めて情報を受け止めきれない感じがしていたのである。

テキストだけでも十分気持ちの交換はできる

この手づまり感を崩したのは、同僚とのテキスト チャットだった。別に他愛のない会話だ。お互いの状況を報告しあい、どうしようかね、と相談しただけである。音声もビデオも使っておらず、しかもそこまでメールでやりとりしていた会話の延長に過ぎないし、それによって何かが解決されたわけでもない。しかし、それでやる気が戻ったのである。その後別の機会に音声を使った会議を行ったが、それによってその気分が加速されることはなかった。つまり、インタラクティブな会話が重要であったのであり、テキストか音声か映像か、は関係なかったのだ。

UC (ユニファイド コミュニケーション) を考えるとき、われわれはついコミュニケーションの質に注目しがちである。上質な情報を得るにはテキストでは足りないから声色が分かる音声や表情が分かるビデオを使う。それらの質を上げるために音声やビデオの品質が高いものを欲しがる。しかし、当方が救われたのは、受け取りえる情報の質によるものではなく、お互いの状況を思いやるという行為そのものにあったと思う。本社の同僚も含め当方の状況を思いやってくれるメールは受け取っていたし、当方も同僚やお客様には挨拶として必ずコメントは入れていた。だが、一方通行のメールではだめだったのだ。対話による気持ちの交換が重要だったのである。逆に手段など何でもよく、テキストで十分だったのである。

つながっていることの安心感

もう 1 つ重要なポイントは、常につながっている、ということにある。ふと Lync を見ると、何人かの同僚が緑色でアクティブな状態になっている。これだけでも結構勇気づけられるものだ。常にチャットをしているわけではないので、自宅にいる限りは一人 (もちろん家族はいるのだが責任ある家長としてふるまう必要がある。リーダーとはいつも孤独なものなのだ) である。いつでも連絡できる状態にあることは、実際にはそうしなくても、一定の安心感をもたらしてくれる。

これらのことはあらかじめ理解していたつもりではあったのだが、今回その効果を改めて実感した次第だ。せっかく Lync の製品担当だし、この経験をなんとかうまく伝えていきたいと思っているところである。

米野 宏明

Facebook や Twitter などのインターネット上のソーシャル メディアが企業のマーケティングを変えつつある、らしい。広告としては消費者の時間をどのぐらい占有できるかが勝負だから、みんなが Facebook や Twitter に時間を割いているのなら、そこに顔を出すのは筋なんだろう。もちろんその場の雰囲気に合わせることも重要だ。ビーチでトロピカルドリンクを飲みながら雑談しているところに、スーツ姿のサラリーマンが名刺を持って登場したら、そりゃ興ざめである。”コミュニティ” には “仲間” として参加するのが鉄則だ。なうなう言っているところのしきたりは守らないといけない。そう、個人的には、それ以上でも以下でもない気がするのだが、B to C は今の仕事とは関係ないのでこれ以上は言うまい。

ここでの本題は、これらを企業内でのコミュニケーション活性化に使えるのかどうか、という話である。

Facebook は使っているのでそこそこ知っている。写真も投稿できるし、インターフェースもよくできていて見やすい。この種の Web インターフェースは、企業情報ポータルでなじみがあり、企業内でも使い方に違和感はないだろう。なお、多くの日本企業では、組織ツリーに従って “部門サイト” 形式のポータルを作ることが多いが、マイクロソフトでは、もちろん部門サイトも存在しているが、プロジェクト単位で誰もが気軽に作る “ワークスペース” タイプが主流だ。情報の流れは組織戦略に従い、人の行動を制約するので、こういった違いが出てくる。組織が変わりたいなら情報の流れも変えなければならないのだ。が、話がそれてきたのでこの話はやめておこう。

勤め先がマイクロソフトなので、社内のポータルには自社製品である SharePoint を使っている。かつての担当製品だ。この SharePoint に、”個人用サイト” という仕掛けがずっと前のバージョンからあり、これがだいたい Facebook とおんなじような機能を持っている。公開ページには顔写真があり、その時々のコメントを書き込むことができ、公開しているリンクやドキュメントがある。最近のバージョンだと、SharePoint 上のコンテンツにつけたタグを一覧してくれるタグクラウドや、組織ツリー表示なんてのもある。自分専用のビューでは、自分と関係のある人、自分の専門分野や興味分野を登録しておくと、関連するトピックが一覧としてフィードされる機能もあるので、自分専用のまとめサイトとしてとても便利である。

Sp_mysite

※ SharePoint 2010 の個人用サイト。この製品を担当していたのがずいぶん昔のことのように思える。

それで、これがなんで役に立つのかという話に戻るのだが、その個人をよく知ることができる、などと言うつもりはない。もちろん知って損をすることはないんだろうが、それが日常業務で重要かというとちょっと疑わしい。でも、そんなことよりもっと大きな効果がある。特定の主題 (トピックやキーワード) を軸として人のつながりが生まれること、である。個人用サイトには、自分が明示的に宣言している専門分野や興味分野の情報だけでなく、その人が SharePoint 内に散らばる情報へのブックマークとして利用しているタグ情報もあり、その人と特定の主題や情報とのつながりが集約されている。自分が必要とする情報が遠いところにあっても、キーワードと人をたどって入手することができるようになるのだ。

Subject_network

※ こんなイメージ。テーマをキーに人がつながると知識をたどりやすい。

こうしておけば、知識をわざわざ文書化してどこかにまとめておいておく必要などない。その主題に関する知識をもつ人を見つけ、直接聞きだすことだってできる。ナレッジ マネジメントの進化形である。

一方、Twitter 的なシステムの企業内における効用は、私自身、まだ想像できない。ハッシュタグを使えば主題は設定できるんだろうが、引き出される情報が限られるし、手がかりがそれだけでは、つながりの太さや質の判断ができない。つまりすべてが雑多な情報となる。Twitter はあくまで “人” を主題として外に向かって放射状に延びている、一方通行のメディアなんだろう。いい情報を持っている人が情報を発信し、それを欲する人が受け取る。発信者は有名人か知り合い、あるいはお得情報を流してくれる企業。受け取り手のマインドは単なる暇つぶしなのか?

いや、単に私が Twitter のことをよくわかっていないだけかもしれない。実は Twitter のアカウントは持っているが、1 度しかつぶやいたことがない。だいぶ前、オフィスの同僚たちと、やっぱりこれがなんの役に立つんだろうという会話を交わし、そこで初めてアカウントを作ってみた。同僚は、眠いだの腹減っただのつぶやき、私のタイムラインにそれが届いたのを見て、ほほう、こりゃ帯域の無駄だな、と言って終わりである。初めてつぶやいたのは、Facebook と Twitter を連動させることができることを知った時。ビジネススクールの同級生が反応してくれたが、やっぱり Facebook のほうが便利な気がしてそれっきりである。よく考えたら私は、独り言だとか鼻歌だとか指で机をたたいてリズムをとったりだとか、そういったことを一切しないタイプの人間なのだ。日常生活でつぶやいていない。しかし、可能性を考える上で対象をよく知らないのはマイナスだ。これからしばらく、つぶやいてみようかと思う。

米野 宏明

ここのブログに書き込むのはこれが初めてである。初回は所信表明を兼ねろとの指示を受けたが、実はまだあまり書くことを決めていない。決めたのは「である」調で行くことぐらいだ。別のメディアでオフィシャル ブログを持っているが、テーマに絡めて興味をもたれる話題に触れようと思うあまり、センシティブな話題に突っ込んでいくこともしばしばで、コメント欄もおかしなことになっていった。今回はその反省をふまえ、最初からあまりテーマを決めないでおきたいのだ。いわゆる情報系に属するソフトウェアの製品マーケティングに携わっているので、ビジネスにおける情報と人の関係性について考える、を軸にするのが、私の価値提案としては適切だろう。つまり、どうにでもなる、ということである。

情報と人の関係性は、どんどん変わってきている。情報の民主化は人々を幸せに導くのかと思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。何が本当で何がウソなのか、見分けるのがとても難しい。インターネットが世の中を開くのかとも思っていたが、むしろ閉じたコミュニティがたくさん出来上がっているようにも見える。許容量を超えた情報が押し寄せている中では、だれかが自分に都合のいい情報だけしか与えないようにしていても気づくはずもない。まさに裸の王様である。影の総裁に操られているワンマン リーダーの体である。はたから見るととてもみっともないこと甚だしいが、しかし明日は我が身である。いや、既にそうなっているかもしれない。

情報を使いこなすのか、情報にあやつられるのか。情報技術に携わる者は前者でなければ食っていけないのであり、常に念頭に置くべきテーマである。もちろん結論はない。そんなものが最初からあるなら、こんなところでくだなどまかず、こっそり独り勝ちすることを選択する。しかし、私はどうも、書くことで整理のつくタイプのようだ。このエントリーも書き始めてみたらだいぶまとまってきた。今後もこのブログは、私にとってはホワイトボードの役割も果たすことになる。殴り書きのようなものなので 「である」 調にしてみた次第である。

簡単な自己紹介

興味ないと思うが軽く自己紹介をさせていただく。マイクロソフト日本法人で、製品マーケティングというのをやっている。担当製品は今月発売された Microsoft Lync という、ユニファイド コミュニケーションという分野に属するサーバー系製品である (ここを押すと製品サイトにジャンプするので要注意)。インスタント メッセージング、プレゼンス、オンライン会議、VoIP 電話がセットになっている。実はかなり好評で、今のところ左うちわである。いい正月が迎えられそうだ。

しかし、もともとはネットワーク系の人間ではない。Lync の前は SharePoint という企業ポータルでもあり、ビジネス インテリジェンスでもあり、コンテンツ管理でもあり、検索でもあるハイブローな情報系プラットフォーム製品を担当していた。さらにその前は、PerformancePoint というビジネス インテリジェンス系の製品と、あと、Excel も持っていた。もとはデータベース系の人間である。だから、Lync 担当になった最初のうちは、分からない言葉だらけだった。いや、これでもデータベース スペシャリスト試験に受かっているから、ネットワークの基礎は理解しているつもりだ。なにしろ OSI 参照モデルは必ず試験に出るのだ。だが、どうも言葉が頭に入ってこない。拒絶反応と言えよう。

皆がそうなのか定かではないが、アプリケーション系の人間は、ネットワーク系の人間と喜びを分かち合うのが難しいのだ、と思う。ネットワーク系の人間は、どうやら Ping が通ることが最大の喜びであって、その上にどんなコンテンツが流れるのかは関心がないらしい。アプリケーション系の人間はトランザクションが最後まで流れるのが最大の喜びであり、ネットワークがつながらないことは想定していない。たぶん最初のうちは、どんなに熱弁されても、ほぇ~という反応しか返していなかったように思う。いわゆる、プロトコルが違う、というやつである。TCP のつもりで話していたら、相手は H.323 という聞いたこともないプロトコルで話をしていたのである。最近はやっと気持ちが分かってきたので、いくぶん視野が広がった気がする。実のところは、ニッチ度 80% が、ニッチ度 60% に改善した程度なのかもしれないが。

自己紹介のほうが長くなってしまった。

米野 宏明


プロフィール

米野 宏明

米野 宏明

マイクロソフト日本法人のプロダクト マネージャ。コラボレーション系製品を歴任、現在は UC 製品 「Lync」 を担当。

詳しいプロフィール

最近のコメント
最近のトラックバック
カレンダー
2012年3月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリー
エンタープライズ・ピックアップ

news094.gif ストレス社会との付き合い方
政府がメンタルヘルス検査の義務化を検討しています。しかしうつになった後だけではなく、なる前の予防も大切なのではないでしょうか。(5/24)

news094.gif 「思いやり経営」のススメ
産学・NPO連携の民間団体が先頃、「思いやり経営」という観点で評価した指標や企業ランキングを発表した。企業のマネジメント力を知る手立てとして注目されそうだ。(5/24)

news094.gif テレワークが労働者のマインドを変える
テレワークが普及すると、労働者の評価は従来の「時間×生産性」から「成果」へと変化する。時間や場所を自分の裁量でコントロールできる変わりに、成果を最大化するために労働をマネジメントする能力とマインドが労働者には必要になる。(5/23)

news094.gif 求む、クックパッド男子
高身長も高学歴も高収入もいらない。私が男性に求めるのは「料理の腕」だけです。(5/18)

news094.gif 37歳の常識――我々は一生学び続ける
学び続けなければ衰退するのみだ。(5/18)

オルタナティブ・ブログは、専門スタッフにより、企画・構成されています。入力頂いた内容は、アイティメディアの他、オルタナティブ・ブログ、及び本記事執筆会社に提供されます。

Special

- PR -

サイトマップ | 利用規約 | プライバシーポリシー | 広告案内 | お問い合わせ