【書評】'The Republican Brain'
米国には進化論を否定する「インテリジェント・デザイン」や、オバマ大統領の出生地に疑問を抱き続ける「バーサー」、そして保守派の草の根運動「ティーパーティー」など、日本人からすると少し理解しがたい運動が存在していることはご存じの通り(もちろんその逆の現象もあるでしょうが)。そしてその担い手となっているのが保守派、特に共和党支持者層なわけですが、なぜ彼らが極端な主張に凝り固まってしまうのかを考察した本'The Republican Brain: The Science of Why They Deny Science--and Reality'(共和党脳――なぜ彼らは科学と現実を否定するのか)が出版されたので、ざっと目を通してみました。
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「共和党脳(The Republican Brain)」とはまた思い切ったタイトルですが、いちおう本文では「民主党支持者やリベラル派の間にも誤った考えを抱いている人がいるよ」というフォローがなされています。しかし「圧倒的に問題があるのは共和党支持者」という内容になっており、これは物議を醸すだろうな……と思っていたら、やっぱり保守派からの猛反発を食らっているようですね:
■ 「共和党脳」~読まずに批判する保守・共和党支持者~ (忘却からの帰還)
ではどんな内容なのかというと、科学や歴史、経済政策といった分野で保守派が主張している意見(先に挙げた反進化論や、歴史修正主義など)を挙げ、その誤りを詳しく指摘。その上で「なぜ彼らはあきらかな誤りを信じてしまうのか」「客観的な証拠によって否定されても信じ続けるのはなぜか」「その際にFOXなどの保守派メディアはどんな影響を与えているか」といった分析を試みています。
以前『エイズを弄ぶ人々』という本を取り上げましたが(この記事やこの記事などで)、同書や最近の脳科学解説本を読んでいる方であれば、「なぜ否定されても意見を変えようとしないか」という点については想像がつくのではないでしょうか。いわゆる「認知的不協和」が起きることで、いったん信じ込んだ主張(オバマはケニア生まれだ、等々)はどんな事実を突きつけられても崩れることはなく、理由の後付けや都合の良い情報のピックアップといった行動を通じて強化されてゆくことが本書でも指摘されています。ただそれだけであれば、保守派もリベラル派も等しく誤った考えに陥るはず、という結論になるでしょう(実際に原子力政策や環境問題などのテーマでは、リベラル派も偏見を持っていることが指摘されます)。しかしリベラル派の方が多様な意見に寛容であるために、極端な原理主義に陥ることが少ないのだといった解説が行われています。
ただ本書は、別に「共和党支持者はデマに騙されやすいバカだ」などという主張をしているわけではありません(むしろ論理的に考えられる人の方が前述のような「理由の後付け」等々をしやすく、それ故に考えが凝り固まる傾向にあることが指摘されます)。脳の優劣ではなく、思考パターンが異なることが原因だという観点から考察が行われており、さらに面白いことには、恐怖に晒されるとリベラル派でも保守派的な思考パターンに陥るようになるという指摘も行われています。このように「共和党脳」を劣っているもの、あるいは手の施しようがないものと捉えるのではなく、そのメカニズムについて冷静に捉えようとしている一冊であると感じました(デマや誤った政策そのものについては、容赦のない攻撃が浴びせられているのですが)。
本書は純粋に米国内の状況を扱っているのですが、読んでいる間、3.11以降の日本の現状に照らし合して考えずにはいられませんでした。客観的な科学的データが提示されても主張をまげなかったり、主張する意見から逆引きで発言者を否定したり、根拠のない陰謀論を振りかざしたり――本書の描く「共和党脳」は、驚くほど私たちが直面している状況を彷彿とさせます。その意味で、本書は日本のいまを考えるためにも、非常に役立ってくれるのではないかと感じました。
ではこうした状況に直面した場合、私たちは何をすべきなのか。本書の結論で、こんな言葉が語られます:
既に指摘した通り、保守派の誤りに正面から反論しても効果は限られている。保守派の論客は十分に数が揃っており、反論に対してはさらなる反論が行われ、建設的でない議論がえんえんと続くことになるだろう。専門的な点に関して罵声が飛び交うという状況は、一般の人々や確信が持てずにいる人々、あるいは心を決めかねている人々に対して不快感を与え、さらには本当に正しいのは何か誰も分かっていないという印象を与えてしまう。
そうするよりも、リベラル派と科学者はカギとなる事実を見つけ、人々の心を動かすストーリーとしてまとめるように努力すべきだ。大量のデータを議論に持ち込むというのは、要領の得ない議論を行うよりも悪い結果をもたらしかねない。まったくもって非生産的だ。しかし物語を語るようにすれば、人々の心をとらえ、変えてゆくことができるだろう。
そしてここでも重要なのは、保守派を心から認めるという行為だ。米国がいかにして「キリスト教国」として成立したのかを語り、彼らをティーパーティー運動へと駆り立てている物語は非常に強力で、保守派の価値観に完璧にマッチするものだ。問題は単に……それが誤っているというだけなのである。しかしリベラル派は、それを事実によって否定しようとしてはならない。それよりも優れた物語を語るようにすべきなのだ。
このことは、同じように保守派の誤った情報が幅を利かせている他の分野でも同様だ。リベラル派は何度も「何が真実なのか」を叫び返したくなることだろう。しかし本当にすべきなのは、「何が肝心なのか」を叫び返すことなのである。
相手のことをバカにして否定するのではなく、彼らが信奉している「物語」を認めること。そして事実で反論するのではなく、本当に重要なのは何かをお互いに考えるようにすること。それこそが私たちがいますべきことであるという本書の主張に、強く同意したいと思います。
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