ソーシャルメディアが疑似科学との戦場に?
先週の記事で『エイズを弄ぶ人々』をご紹介しましたが、同書は疑似科学が今日力を得ている原因の1つとして、インターネットの存在を挙げています。一部の関係者が情報の取捨選択を行うマスメディアに対し、ネット上ではありとあらゆる情報を公開することが可能であり、しかも検索エンジンによってそれらを瞬時に呼び出すことができます。それだけに、従来であれば人の目に触れることなどなかったであろう過激な意見を容易く手に入れることができ、しかもその意見を強化するような情報(実は全く科学的ではない方法で得られたものであったり、改ざんされたりしている情報なわけですが)まで掘り出すことができるわけですね。実際に一度トンデモ情報に心を奪われてしまった人々は、誰かに反論されても「あなたの信じている意見は正しいですよ」と囁いてくれる情報を検索して、心を落ち着かせるというパターンにはまってしまうようです。
では検索エンジンではなく、ソーシャルメディア上から情報を入手することも多くなったいま、この状況に何か変化はあるのでしょうか。それに関連して非常に興味深い論文が、カナダ人医師らによって発表されたそうです:
■ Why You Should Consult Your Doctor, Not Facebook, On Medical Issues (Fast Company)
多発性硬化症という病気があります。これは自己免疫の異常によって起きるものなのだそうですが、2008年にPaolo Zamboniというイタリア人医師が「血管の異常が真の原因である」とする説を発表。この説は世界中で否定されたものの、カナダでだけはマスメディアで大きく取り上げられ、その後にソーシャルメディアが後追いする形になったとのこと:
YouTube, Twitter, and Facebook have become a social echo chamber among patient-advocacy groups demanding access to the unproven treatment. There are over 500 Facebook pages (including groups and events) dedicated to promoting the Zamboni procedure. Half of all Canadians know of the theory, according to one poll; articles appear weekly; tens of thousands have joined the ranks of the procedure's supporters on the web.
ユーチューブ、ツイッター、そしてフェイスブックが社会的エコーチェンバー(反響室)となった。患者の権利支援団体が、承認されていない治療法(※Zamboniの説に基づいた治療法)へのアクセスを訴えたのである。フェイスブック上には、Zamboniの治療法に関する500以上のページ(グループやイベントを含む)が設置された。ある世論調査によれば、カナダ人の半数がこの説を知っているとのことである。関連記事が毎週のように登場し、ネット上ではZamboniの治療法を支持するグループに、無数の人々が加わっていった。
論文ではこうしたソーシャルメディア上の活動が、医学上は誤りであることが明らかな説が人々に支持されるという結果をもたらした一因であるとしています:
"New tools such as Facebook and Youtube make it considerably more likely that patients learn about such therapies, without necessarily learning about their potential limitations," write the Nature study authors, researchers at Memorial University in St. Johns, Newfoundland, and St. Michael's Hospital in Toronto. The findings join others showing the outsize influence of sites like Twitter on weighty issues like national politics.
Nature誌に掲載された論文の著者ら(ニューファンドランド州セントジョーンズにあるメモリアル大学、およびトロントにある聖ミカエル病院の研究員)は、次のように述べている。「フェイスブックやユーチューブのような新しいツールが、患者たちが新たな治療法について学ぶ一方で、その限界については学ぼうとしないという状況を非常に起こりやすいものとしている。」この調査結果は、政治問題に対してツイッターが大きな影響力を有していることを示す他の調査結果とも一致している。
ということで、半ば予想されたことではありますが……残念ながらソーシャルメディアは誤りを正すのではなく、より強化する方向に作用してしまうことがあるようです。そもそも自分に近い人々とつながるのがソーシャルメディアの原点ですから、このような状況になるのもある意味で当然でしょう。
ではどうすれば良いのか。同論文では、患者や市民団体らがソーシャルメディアで主張を伝播させようとしている状況では、医師や研究者らもソーシャルメディア上でのPR活動を強化しなければならないと述べています。確かに前述の『エイズを弄ぶ人々』でも、近年はHIV/エイズ否認論を無視するのではなく、彼らと同じようにネットを通じた情報発信に力を入れていこうという取り組みが行われていることが紹介されていました。
将来的にはソーシャルメディアが、疑似科学と反疑似科学がぶつかり合う最前線になって行くのかもしれません。とはいえ両勢力の働き如何で世の中に受け入れられる理論が決まるのではなく、私たち一人ひとりが正しい判断を行っていけるよう、ロジカル・シンキング的なスキルを磨いてゆくというのが正しい方向なのでしょうが……。
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