【書評】『人生の科学』
早川書房さまより、2月23日に出版された本『人生の科学: 「無意識」があなたの一生を決める』をいただきました。ありがとうございます。というわけで、いつものようにご紹介と書評を少し。
いきなり「人生の科学!」と言われると、自己啓発系の本か何かのように勘違いしてしまうかもしれません。実際、本書は2人の男女の人生を通じて「人間とはどんな生き物か」を考えるという形式であり(実に570ページ!)、宗教とは言わないまでも若干哲学めいたものを感じられる方も多いでしょう。しかしご心配なく、テーマがテーマだけに人生訓めいたものも含まれているのですが、本書の議論はあくまでも学問的な研究成果に基づいています。例えば最近流行の行動経済学の理論や、脳科学における発見、社会学の調査結果などが縦横無尽に束ねられ、それに基づいてストーリーが進むという内容。従って「これってこないだニュースになってたな」という箇所も多いのですが、それが架空の男女の人生という大きな枠組みの中に位置付けられることで、新たな理解ができるようになっています。
こうした形式を取っているだけに、本書は型にはまった結論を投げかけて終わりというのではなく、様々な捉え方を可能にしている一冊と言えるでしょう。その中で個人的に強く感じたメッセージのひとつが、「人間の行動を理解するためには個人だけでなく、つながりにも目を向ける必要がある」というもの。実は原著のタイトルは"The Social Animal"といって、文字通り人間は「ソーシャルな生き物」であると捉え、人と人との交流が思考回路や行動に影響することが様々な場面で描かれています。また個々の要素の集合体が新たな性質を生むという「創発(emergence)」の概念についても触れられており、単に「脳のこの部分を刺激するとモノが買いたくなる」的なアドバイスを行う本ではありません。前述の通り、本書には様々な学問領域からの研究成果が集められており、その意味で本書自身が「創発」を体現しようとしていると言えるのではないでしょうか。
例えば先日ご紹介した本『クール革命』が扱っていたピア・プレッシャーも、人間単体ではなく「人間と人間とのつながり」が人々の行動に強く影響するケースです(ちなみ『人生の科学』でも類似の研究成果が解説されています)。肥満は伝染する、という調査結果が最近話題になりましたが、これはまさしく一人の人間だけに注目していても状況を正しく理解することができない例と言えるでしょう。もちろん体質的に肥満になりやすいとか、欲求を抑えられないといった個人のレベルで体形を左右する要素は無数にあるわけですが、それと一緒に人と人とのつながりにも目を向ける必要があるわけですね。「つながり」や「絆」が大事と書いてしまうと精神論的な感覚を受けるかもしれませんが、それが科学的にも真実であることを本書は示していると思います。
他にも無意識の重要性や、男女の違いや教育問題といった様々なテーマが網羅されており、非常に長いにもかかわらず米国でベストセラー(45万部突破)になっているというのも納得です。時間をかけて熟読しても損のない一冊だと思いますよ。
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