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【書評】『クール革命―貧困・教育・独裁を解決する「ソーシャル・キュア」』

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早川書房さんから、今月出たばかりの本『クール革命―貧困・教育・独裁を解決する「ソーシャル・キュア」』をいただいてしまいました。ありがとうございます。ということで、いつものように簡単な紹介と書評を。

「郷に入っては郷に従え」という諺もあるように、人間は自分が所属するグループの規範に合わせて行動する生き物です。一見すると社会的ルールに反旗を翻しているように見える不良少年(古い表現でスミマセン)も、所属する不良グループのルールに盲従している……などという皮肉な状況もあったりするわけで、グループの影響力というのはなかなかあなどれません。しかもそれは無意識のレベルにまで達しており、例えば以前ネットでも話題になりましたが、「肥満は伝染する」といった研究結果も出ています。人は知らず知らずのうちに、周囲にいる人々の基準に行動を合わせてしまうわけですね。

本書はこうしたピア・プレッシャー、すなわち「仲間からの圧力」がいかに強力な要素であり、それが善にも悪にも使われることを解説。その上で、ピア・プレッシャーを活用して社会をより良い方向へと導く「ソーシャル・キュア」という概念を提唱しています(ちなみに本書の原題は"Join the Club: How Peer Pressure Can Transform the World")。

例えば米フロリダ州で行われた、トゥルース(文字通り「真実」の意)という広告キャンペーンと、SWAT(たばこに反対する学生たち)という学生活動。文字通り若者の間で禁煙を広めようというものですが、従来の禁煙活動というと、「たばこを吸うと健康が阻害されます」的な悪影響をアピールするものでしょう。しかしトゥルースとSWATの場合、こうした上から目線の健康アピールは一切行わず、「消費者を操るたばこ業界に反抗することこそクール」というイメージを打ち出し、それを若者グループの規範として定着させるという戦略を取りました。この活動はフロリダから米国各地へと広がり、ちょうどその期間に全米でのティーンエージャーの喫煙率は45パーセント低下したとのこと。

実は……などと大げさに言わずとも明白なことですが、「喫煙者はたばこの害について十分理解しており、特に若者の場合には一種のスタイルとして喫煙を続けている」という状況があるわけですね。従っていくらたばこの害を若者に訴えても効果はなく、逆に「そんな訴えも無視して反抗するオレってカッコイイ」という反応まで引き出してしまうと。この逆効果は面白いポイントで、本書では他にも「補習をすることが逆に学力低下を招く」、つまり補習というグループを形成してしまうことで「他にも勉強ができない人がたくさんいるんだ、そして自分はその一員なんだ」という意識を植え付けてしまい、それが一種のピア・プレッシャーになって学習行動を阻害するなどといった可能性が指摘されています。

一方でトゥルースとSWATではそのようなミスを犯すことなく、逆に「たばこ業界に反抗する」ことをピア・プレッシャーに置き換えることに成功。若者の行動を劇的に変化させたことが語られます。他にも米国でマイノリティの学力を向上させることに成功した「エマージング・スカラーズ」、セルビアで独裁者ミロシェヴィッチの打倒に貢献した「オトポール」など、幅広い分野から事例が集められています。一方でソーシャル・キュアの限界も考察されており、実際にこのテクニックを活用してみる上でも参考になる一冊と言えるでしょう。

実際、ソーシャルメディアの時代になって、こうしたピア・プレッシャーを行使し得る場面が増えていると考えられます。自分に近い人々の行動が可視化され、そこから影響を受けて自分自身も行動するという観点で言えば、TwitterやFacebook上で日々繰り広げられている状況がほとんど当てはまるとも言えるでしょう。それを否定するにせよ、肯定するにせよ、あるいは「ステマ」のように悪用しようとするにせよ(念のために言いますがダメですよ)、本書が解説するソーシャル・キュアの世界を見ておくことは重要なのではないでしょうか。

ともあれ、本書で描かれる「革命」の可能性は非常に魅力的です。必要なコストが比較的少ないというのもメリットですし、様々な問題で閉塞感が蔓延しているいま、少しソーシャル・キュアを試してみるというのも良いかもしれません。

クール革命―貧困・教育・独裁を解決する「ソーシャル・キュア」 クール革命―貧困・教育・独裁を解決する「ソーシャル・キュア」
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余談ですが、本書の邦題は『ソーシャル・キュア』にしてしまっても良かったような……『クール革命』だと、似たタイトルの本もありますし、ついエンターテイメント産業系の話かなと感じてしまうんですよね。しかし「ソーシャル」も手垢のついた言葉になっていますし、苦肉の策だったのかなぁと余計なことを考えてしまった次第。ともあれタイトルはいったん脇に置いて、ぜひ手に取ってみて下さい。

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