ワエル・ゴニム氏があなたの会社の社員だったら?
Google幹部でありながら、エジプトの「革命」において象徴的な役割を果たしたワエル・ゴニム氏。ネット上での抗議活動を立ち上げた責任を問われ、当局から12日間にわたり拘束されながらも、解放後に再びデモを支援する演説を行うなど積極的に活動していました。まだエジプトでの混乱が収まったわけではありませんが、ムバラク大統領が辞任したいま、彼は「社が許可すればGoogleに戻りたい」と語っています:
【抄訳】 Googleは個人の決定を尊重する会社です。そして僕が行ったことは、Googleとは何の関係もありません。実際、僕は休暇を取ってカイロに向かったんです。会社は僕が抗議活動に参加するとは知りませんでした。しかし全てが明るみになった時、僕は会社と話し合いを行ったのですが、その際Googleからは休職してはどうかと提案され、僕からも休職を提案しました。(休職は)良い決断だったと思っています。Googleはこの件について何の関係もありません。(それでは社に戻るつもりがあるのですか?)そうしたいと考えています。僕はGoogleが大好きなんです。Googleは世界で最良の会社だと思います。クビにされなければ戻りたいですね。
休暇を取って民主化活動へ――Googleらしいスケールの話と言えるかもしれませんね。そしてこのような状況になったいま、Googleが彼を解雇するという事態には恐らくならないでしょう。それにいやらしい言い方になりますが、彼が社員であることで、中東地域におけるGoogleのブランドイメージは大きく向上するのではないでしょうか。
しかし「ワエル・ゴニム」を社員に抱えることは、現代の企業にとって難しい問題を突きつけるものであることを幾つかの記事が指摘しています:
■ Wael Ghonim: A "One-Off" for Silicon Valley? (CBS News)
Wael Ghonim, the Google product manager who helped pull together the popular demonstrations that forced Hosni Mubarak to step down as Egypt's president, is the hero of the hour. But not everywhere. For many in Silicon Valley, he's their worst nightmare.
ホスニー・ムバラクをエジプト大統領の座から追放したデモ活動。そのデモ活動を組織することに一役買った、Googleのプロダクトマネージャーであるワエル・ゴニムは、一躍時の人となった。しかし世界中どこでも、というわけではない。シリコンバレーの多くの人々にとって、彼は最悪の悪夢なのだ。
(中略)
Maybe that was meant as a tongue-in-cheek comment. But there's a larger truth behind his quip. The key role played by one of Google's key executives in the Middle East revived a decades-old dilemma that many other technology companies face when it comes to the question of political activism: Where should they draw the line?
"It's one of those things that companies don't want to touch with a ten foot pole," a tech public relations exec told me on background.
The obvious truth du jour is that tech companies don't want to take political positions - even when regimes use their products to oppress their own people.
(ゴニム氏が「クビにされていなければね」と語ったことは)恐らく冗談のつもりなのだろう。しかし彼の軽口の背後には、もっと大きな話が存在している。中東地域におけるGoogle幹部の一人が取った行動は、何十年にもわたるジレンマを呼び起こし、ハイテク企業の前に突きつけたのである。つまり「政治的活動について、どこで線引きをすべきなのか?」という問題だ。
ある広報関係の幹部は、こんな説明をしてくれた。「それは企業にとって、絶対に触れたくない問題の1つなんだ。」
ハイテク企業は政治的な立場を明らかにしたがらないというのは、明白な真実だ。どこかの政府が自分たちの製品を使って、国民を抑圧していたとしても、である。
■ How to Handle Employee Activism: Google Tiptoes Around Cairo's Hero (Wall Street Journal)
As the world marveled this week at the remarkable story of Wael Ghonim, the Google manager who helped organize a popular rebellion in Egypt, a great sigh of relief could be heard rising from much of the rest of American business:
"I'm glad," came the exhale, "the guy doesn't work for us."
エジプトで反乱を組織することに手を貸した、Google幹部のワエル・ゴニム。今週、世界中が彼の物語に驚嘆の声を上げる一方で、米国企業の多くが安堵のため息をついたことだろう。
「ああ良かった、あの男がうちの社員じゃなくて。」
(中略)
A lot of U.S. companies, which now manage millions of employees abroad, watched with trepidation. Many of them now earn more abroad than they do in America. And much of that income comes from the sale of big-ticket items—power systems, infrastructure equipment, aircraft, telecommunications—that only governments can afford to buy.
Companies may not want to be lapdogs to dictators. But they also don't want to tick off their chief customer. It's a balancing act, one that inevitably leads to a policy of corporate discretion: Best to stay off the radar screen.
いまや海外に無数の社員を抱える米国企業の多くは、恐れを抱きながらゴニム氏のことを見ていた。彼らの多くが米国内よりも多くの利益を海外で得ている。そして利益のほとんどは、電力設備やインフラ関係機器、航空機、通信機器などといった高額な製品からもたらされている――その買い手になれるのは政府だけだ。
企業は独裁者の飼い犬になりたいなどとは思っていないだろう。しかし彼らの主要顧客をいらだたせるような真似もしたくないはずだ。要はバランスの問題で、企業が慎重に行動することは避けられない。レーダーに捕捉されないようにするのが一番だ。
経済がグローバル化したいま、企業が海外進出することは避けられません。そして日本の政府/企業も社会インフラ輸出に力を入れたりしていますが、ある程度大がかりな商談は先方の政府が絡むこととなります。そこにゴニム氏のような社員が登場して、民主化運動に参加したら――仮に商談相手の国内で活動していなくても、似たような強権国家であれば、良い印象は与えないでしょう(別に良い印象を与えろというわけではありませんが)。しかもその社員は正式な休暇を取っているので、一方的に解雇するわけにもいかない。解雇してしまえば、先ほどとは逆に、商談相手の政府以外のすべての人々から信頼を失う結果となります。
Wall Street Journalの記事では、「会社のブランドイメージに影響を与えるような行動は許されない」という企業幹部のコメントが紹介されていますが、それを「心ない言葉」として一蹴してしまうことはできないでしょう。結果がどう転んでも、企業にとっては難しい判断を迫られてしまうのですから。できれば静かにしていて欲しい、というのは多くの企業にとって本音ではないかと思います。
しかしネットを経由すれば、遠く離れた国での抗議活動もリアルタイムで分かり、それに間接的に協力することも可能な時代です。実際にチュニジアやエジプトのケースでは、様々な理由で国外にいるチュニジア人・エジプト人たちがまとめサイトやコミュニティを立ち上げるなどして、活動家たちを支援していたのだとか。またFacebookの運営者たちが意図に反して「革命」に関与せざるを得なくなってしまったように、ウェブサービスを運営する企業は、いつでも政治的な動きに巻き込まれる可能性があります。従って「静かにしておいて欲しい」というのは、今後ますます叶わぬ願いとなるでしょう。
強権的な政治体制を敷く政府とは付き合わない――本当はそんな明確なポリシーを打ち出すというのが正しい答えかもしれませんが、それが簡単に行えると思うほど楽観的ではありません。しかし政治的に中立な立場を取るというのが難しい選択肢になりつつある以上、企業内で何らかの政治的方針を検討しておくことが、これからさらに重要になってくるのではないでしょうか。「あなたの会社のワエル・ゴニム」は、既に社内で重要なポジションについているかもしれないのですから。
< 追記 >
当のGoogleからは、ゴニム氏の「クビになっていなかったらね」発言に対して、こんなツイートが発表されていました:
@Ghonim、私たちはあなたのことをとても誇りに思っています。あなたの準備が整ったら、戻ってくるのを歓迎しますよ。
オリジナルのツイートはこちら。とりあえず、Googleはゴニム氏の帰還を歓迎してくれるようですね。
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