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「tsudaる」の功罪

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先日から告知させていただいておりますが、12月25日に毎日コミュニケーションズさんから『リアルタイムウェブ-「なう」の時代』という本を出させていただきました。その関連で、少しリアルタイムウェブ系の話を。

MSN産経ニュースで、Twitterによる実況中継、いわゆる「tsudaる」行為に関する議論が提示されています(※「tsudaる」という言葉の用法については追記部分もご確認下さい):

【次世代マーケティング考】今こそ“ツイッター”の功罪が議論されるべきでは (MSN産経ニュース)

セミナーやパネルディスカッションなど、様々なイベントの様子がTwitterを通じてレポートされるというのは、ごく普通の光景になりました。参加したいのにできなかったイベントの様子をリアルタイムに把握できるという状況に、便利な時代になったな~と実感したことがあるという方も多いでしょう。しかし会場から発信されるツイートの内容が全て正確とは限らず、中には意図的に改ざんするものもあり、登壇者の発言が正しく伝わるとは限らないと筆者の藤田康人さんは指摘します。そして、

もし、このソーシャルメディアの無秩序な実態がリアルなセミナーや講演会で、講演者を萎縮(いしゅく)させ、何らかのプレッシャーを与えることで、そのダイナミズムがそがれているとするば、この“tsudaる”という行為の是非を改めて議論する必要性があると思えるのです。

という疑問を投げかけて記事は終わっています。

意図的な改ざんは論外として(それはTwitterに限った話ではなく、あらゆるメディアに共通する問題点でしょう)、確かに個人的に実況中継をしている際にも、「自分のツイートは発言者の意図を正しく伝えているだろうか」と不安に感じることがあります。僕だけでなく、Twitterによる実況中継にチャレンジされたことがある方ならば、リアルタイムで発言要旨をまとめてツイートすることの難しさを実感されていることでしょう。結果として不正確な情報が発信されてしまうリスクは、決してゼロではないと思います。

しかしTwitterの情報はいついかなる場合でも、100%信頼できるものとして受け取られ、伝播して行くものなのでしょうか?この記事では、

半面、リアルタイムウェブであるツイッターやソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)では、あたかもその内容もリアルで正確であるとの錯覚に陥りがちです。

という前提で話を進めていますが、僕はこの点には疑問を感じます。「リアルタイムウェブだから情報が正確だ」と全ての人々が感じているとは思えません(マスコミに対する不信感の裏返しとして、「ソーシャルメディアであるTwitter」上の情報を信じるというケースはあるかもしれませんが)。むしろ先ほど述べたように、自らもTwitterユーザーとして情報発信していればいるほど、会場からの実況中継がどのようなものか理解している――つまり複数のツイートを参照して会場の様子を把握するなど、情報を鵜呑みにすることが少なくなるのではないでしょうか。また津田さんのように、実況中継の上手な人・普段から信頼できる情報を発信している人のツイートの方を重視する、という場合も多いはずです。

またごく個人的な感想を許していただければ、自分自身が登壇者となった場合でも、発言意図が歪められて伝わる恐れを感じたことはありません。何かしら間違ったまとめ方がされても、複数の実況中継者全員が揃って間違うということは少なく(仮に全員が間違っていたとしたら、それは自分自身に伝える力が無かったとも言えるでしょう)、また最終的には自分自身のツイート/ブログ等で誤りを訂正することは十分に可能です。間違った情報がツイートされるのは、全国紙の1面で誤った引用が行われるというのとは全く状況が異なるのです。

逆に鵜呑みの危険が大きいのは、従来型のメディアの方であると言えるかもしれません。

報道機関としての一定の公平性や中立性、信頼性を保とうとするモラルをマスメディアが持ち、それらのスクリーニングをかけた情報発信をするのに対して、匿名制のソーシャルメディア上の情報はその信憑(しんぴょう)性を誰も担保できません。

と記事は指摘しますが、残念ながら「報道機関としての一定の公平性や中立性、信頼性を保とうとするモラルをマスメディアが持ち」という信頼に反するような事件が最近多発していますよね(後述するように、マスメディアというスクリーニングをかけたはずの情報であっても誤りが含まれることを、この記事自身が図らずも証明してしまっています)。1つの情報源だけに頼るという態度にはリスクがある、ということは新旧メディア双方に当てはまる話です。であれば、誰もが実況中継に参加することを可能にし、情報源が増える可能性を高めてくれる上に、情報というもののリスクに気付かせてくれるTwitterが存在している状況の方がはるかに望ましいと言えるのではないでしょうか。

結局は「活字になっている情報は何でも鵜呑みにする」という人々が減らない限り、従来型メディアでもリアルタイムウェブでも間違った情報が伝播するリスクは減らないわけですが、「情報とは何か」「情報発信するとは何か」に気付かせてくれるテキスト実況中継に、誰もが参加できることができる状況の方を僕は支持したいと思います。それ以前に、リアルタイムウェブが社会に浸透するのを防ぐことは不可能であり、それをどう有効利用して行くかを考える方に意識を向けるべきなのではないか……というのが本音ではあるのですが。

[ 追記 ]

津田さんからの反論が(http://twitter.com/#!/tsuda/statuses/19642739717050368)。議論の本筋からは逸れるので触れませんでしたが、「tsudaる」の語源や意味については津田さんご自身が事あるごとに説明しているにもかかわらず、記事のような間違いがまだ横行しているんですよね。

こちらの箇所もご参考まで:

津田大介氏が語る、Twitter報道論「tsudaる技術」 (ASCII.jp)

津田 まず「tsudaる」という言葉が広く使われていることについてですが、はっきり言ってやめてほしいですね(会場笑)。テレビの感想を言うことまで「tsudaる」と言われてしまっている状況にも関わらず、想起されるのは固有人名です。早く新しい単語が出来てくれるとありがたいなと思っています。

自分でtsudaるという言葉を作ったわけでもないのに「tsudaるって迷惑行為だよね」とか「新規性もないよね」とDIS(批難)されるなど、納得のいかないところは多々あります。ですが、ぼくの手を離れてしまったところもあるので「あきらめました」ということにしています。

では「tsudaる」の定義は何か。trickenさんが投稿した「社会問題上重要度の高いカンファレンスにオンライン状態で出席し、現場で発表された発言の140字要約postをTwitterのTimeline上に送り続ける行為」を公式な定義にしてもらえると無難かなと思っています。

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Comment(1)

コメント

Pucchy

津田氏もITジャーナリストを標榜するなら、「tsudaる」の解釈が勝手に広がっていくのを受け止めるべきですよね。

「tsudaる」の解釈を勝手に変えるんじゃねー、と言うのでは、勝手に解釈されるから「tsudaる」んじゃねー、と言っている人と同レベルになってしまう。

まあフリーランスにクオリティを求めるのもへんな話ですが…。

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