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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第8回】UXの切り札はM2M・ビッグデータ

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前回はIoT(Internet of Things / モノのインターネット)をテーマにし、思いがけず大きな反響をいただいた。そこで今回は、ミクロには要素としてのM2Mを、またマクロにはビッグデータ全体の概念などを捉え、それらがどのような形でUXマーケティングにインパクトを与えるか...という視点で考えてみた。

■マーケティングにデータは不可欠

ずいぶん前になるが、80年代後半、私は日立製作所での米国の駐在時代にマーケティング部門に所属し、現地向けのテレビデザインを担当していた。当時はメキシコのティワナに現地生産の工場があり、26インチクラスの大型ブラウン管テレビや、背面から投射するリヤプロジェクションテレビなどを生産していた。当時の米国のインテリア事情では、テレビは家具の一部として扱われており、テレビデザイナーにインテリアへの深い理解があれば、そのまま売れ行きに直結するといっても過言ではなかった。そこで、私たちはお客さまの住宅を訪問し、写真を撮り、間取りを計測し、インテリアの色彩や柄などの嗜好(しこう)を確認し、それら物理データと年収や家族構成などのデモグラフィックデータとを掛け合わせ、マーケティング基礎データとして、次年度の商品計画に生かしていた。

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■過去データだけではUXは向上しない

テレビが薄型になり、その家具志向も今は消えて、すべてがモダンデザインになってしまったが、当時はモダンとは別にウルトラモダンがあり、突出した現代彫刻的なテレビがある一方で、フレンチプロビンシャルやスパニッシュコロニアルなどの家具様式をそのままテレビに取り込み、扉まで付けて販売し、消費者の期待に応えていた。マスプロダクションとは呼べない数量だったが、それでも様式デザインを導入した効果は大きく、今でいえば「顧客経験価値を高めるUXマーケティング」が販売に寄与していたと記憶している。その意味で、マーケティングはそもそもデータドリブンだが、最近は単に過去のデータを蓄積・分析するだけでは、その役目を果たさなくなった。

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■M2Mが社会の仕組みを変える

まずM2Mだが、フルスペルは「Machine to Machine」、すなわち人を介さずネットワーク上で機器同士が受発信する形態全般を指す。発音すると「マシンツーマシン」なので、M2M(エムツーエム)と短縮することが多い。昨今はHumanの「H」が入り、M2M2HやM2H、H2Mといったさまざまな介在や方向性が論じられているが、基本は「多様なワイヤレスセンサーとその収集データ結果により作動するアクチュエーターの組み合わせ」で、ほぼ全業種に対して今後はインパクトを与えていく技術だ。つい最近発売されたA社のスマートフォンには96個のセンサーが入っているそうだが、今はまさにセンサー社会といっても過言ではない。ハードに組み込まれたセンサーだけでなく、私たちが住む生活空間、例えばデパートに出かけてもセンサーであふれている。監視カメラは言うに及ばず、温度センサーや湿度センサー、照度センサーや人感センサー、CO2センサーなどが、売り場やデジタルサイネージから、トイレやレジ、倉庫まで多くの場所に設置されている。これらは逐次膨大なビッグデータとして処理され、防犯から保守、マーケティングから生産管理や販売管理などさまざまな用途で利用されて、事業に貢献している。以下の図がざっくりとした当社で提供しているサービスイメージだ。

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■UXの視点では、さらに進んでM2M2H

昨今は、計測データから割り出す過去の知識や数値集約型から、膨大なビッグデータで将来を見とおす予見型に大きくシフトし、マーケティングだけでなく、重大事故や自然災害から身を守ることから従来の常識をくつがえすような事象まで、M2Mを駆使したビッグデータの利用範囲は広がっている。経営者や作業者、利用者やさらにそのサービスを受けるエンドユーザーまで、おのおのの立場でユーザーとしての経験価値を高めており、いずれのソリューションも新規顧客開拓や新規市場開拓などの取り組み全般で重要になってくるのが、UXマーケティングだ。M2Mを用いた新たな市場は日々広がり続けているが、そこにはサービスの経営者から企画者、さらに設計者、開発者、運用担当者、そしてサービスを受けるエンドユーザーまで常に人が関与しており、M2MにH(ヒューマン)を加えたM2M2Hこそが、人々の経験価値を高める基本概念だといえる。今後は、見やすく、分かりやすく、使いやすく、そして伝わりやすいサービス実現の裏にM2Mが存在し、そこに介在する人々に驚きと感動を与える。まさにUXマーケティングが、これからのM2M2H市場の切り札になる。

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■意味解析でビッグデータ2.0の時代へ

さて、そのM2Mから生まれるビッグデータについて俯瞰(ふかん)してみたい。専門家の中には、今はビッグデータ1.5の時代で、今後はビッグデータ2.0の時代になるとの話もあり、その有効活用範囲はまさに拡大の一途である。このビッグデータ2.0のテーマであり、その中心課題であるのが「意味解析」だ。前回のコラムでも述べたが、静止画や動画などの画像をただ見るのではなく、そのビジュアルの中にある意味を解くことが、ビッグデータ利活用の進化形となる。ビッグデータ1.5の時代は、従来の数学的処理を行うコンピューターで扱えるデータは2割程度だそうで、残りの8割は手つかずのままの意味データだ。2.0の時代が訪れて意味データの解析が可能になり、ビッグデータそのものの価値が大きく変わる可能性がある。特にカメラで撮る画像では大きく進歩しつつある。娯楽として楽しむ動画から、分析を経て真実を知る解析動画へ移り、その膨大なビッグデータから瞬時に判断し結果を得ることも容易になってきた。この背景にはディープラーニング、すなわち脳の多層構造を模し、人の手を借りず機械が自主的に学習するもので、AI(人工知能)の技術進歩に寄与し、ビッグデータからの意味の抽出を可能にしている。ほかにもSNS投稿のデータやウェアラブルPC、身近にはスマートフォンデータなど、とにかく世界は未開拓な意味データで満ち溢れている。

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■ビッグデータ2.0は先回りのデータ活用

このビッグデータ2.0の時代にUXマーケティングはどのように変化するのか。おそらく深層心理の部分まで踏み込んだ、人の心をがっちりつかむマーケティングへと一歩進むことになるだろう。人が必要性を感じるときにはその前に予兆、すなわち何かが引き金になる。その微妙な心の動きをいち早く察知し、提案することも可能で、いざ探し始めたら、的確な選択肢を提示できる。購入時の決め手も明快で、サービス開始もスムーズ。利用中も常に改善が繰り返され、かすかな心の動きを見逃さず、驚きと感動の提案がくる。もちろんサービスの継続や一時停止、終了も自由で、保守面での必要性があれば先手を打つ。だからこそ安心して人に薦められるし、そのサービスはさらに広がる。

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今後もITを語るうえで、IoT(モノのインターネット)やM2M、ビッグデータやAIといったキーワードはますます重要になってきており、UXの観点からもこれらのキーワードから目が離せなくなっていく。

Netforward M2Mサービス

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