【第5回】オムニチャネルマーケティングをUXで勝ち抜く
最近は、とにかくさまざまなルートを経由してリード、すなわち見込み客となるケースが増えてきた。前回はコンタクトセンターのUXについて考えてみたが、今回はオムニチャネルマーケティングのUXについてまとめてみる。まず、オムニチャネルマーケティングを分かりやすく紹介した動画(2分51秒)があるので、ぜひご覧いただきたい。
■なぜ、ルートが多角化したのか
その答えはインターネットである。人には「賢く買い物をしたい」という気持ちがある。しかし以前、新聞チラシやテレビのコマーシャルなど限られた情報の中では、店舗で手に取り、見て、あとは即購入というのが一般的だった。また、車のような大型商品やカメラのような趣味商品であれば、関連雑誌を見て購入というパターンもあっただろう。いずれにしても、購入ルートは直線的で、購入シナリオもシンプルだった。ところがインターネットの進化は人々の購入スタイルに大きなイノベーションを起こした。以下に多角化した要素を挙げてみる。
- アクセスハードが多角化 (PC、Note、タブレット、スマホ)
- メディアが多角化(TV、Radio、新聞、雑誌、メールそしてインターネット(SNS、Web、EC)
- アクセスする方法が多角化 (店舗、セミナー、イベント、ショーウインドー)
- 店舗スタイルが多角化(個人商店、コンビニ、スーパー、デパート、アンテナショップ、専門店、セレクトショップ、アウトレット、ショッピングモール、ネットショップなどなど)
■心理変化に伴い、行動も複雑化
さまざまな物理的要素が影響し、お客さまのたどるルートが多角化してきたが、やはり最も変わったのは心の中、つまり心理ではないかと思う。多くの情報の中で「買う」か「借りる」かといった所有や利用の選択肢まで含め、購入時の迷いは尽きない。2011年の震災や昨今の自然災害、異常気象などの影響を受けたエコシステムを背景として、人々が直感的に賢い利用や購買のスタイルを肌で感じて、行動も慎重かつ複雑化したのではないかと、私は思う。
■B2Bのお客さまも悩んでいる
私が所属するデジタルマーケティング部門で、リード、すなわち見込み客につながった数百のお客さまの行動履歴を確認してみた。当社のようなB2Bのサイトでも、B2Cのサイト以上にお客さまが迷われている姿が見えたのは、印象的だった。Webサイトに絞ってざっくり見ると、平均的には10ページ前後の閲覧でリードにつながっているが、中には以下のようなケースもあった。
- 「60ページ以上を閲覧しフォームに入力」
- 「興味外のソリューションを含めてサイト内を横断的に見た後、会社情報を確認して資料請求フォームに入力」
- 「10以上のソリューション事例を見尽くして資料請求フォームに入力、その後ソリューションの詳細ページをチェック」
- 「(おそらく再訪問で)いきなり資料請求フォームに入力後、ソリューション事例-ソリューション詳細-FAQを閲覧」
- 「ソリューション事例-FAQ-ソリューション詳細のルートを4回繰り返し閲覧、資料請求フォームに入力」
- 「専門家コラム5本を閲覧し、(確信した後)ソリューション詳細-FAQから資料請求フォームに入力」など
リードになるまでの経路はさまざまだ。従来、デジタルマーケティングでは購入シナリオ重視の議論をよくやっていたが、リードの結果を見るとあまり意味がないように感じた。シナリオより、渡り歩いていて飽きさせない豊富で優良なコンテンツであふれるサイトを制作することが、最近はより重要だ。一つのアトラクションしかない遊園地には誰も行かない。ジェットコースターで奇声を上げ、ゴンドラでくつろぎ、キャラクターのショーを観て、噂のレストランで食事をし、誰もが喜ぶお土産を購入するといったエクスペリエンスが散りばめられていて、はじめてそのテーマパークとのエンゲージメントが生まれる。リード獲得のため、メーラーを立ち上げてお客さまにお問い合わせや資料請求のご依頼をいただいていた時代とは、隔世の感だ。
■先進的なITによるUXで進化する~ビーコン~
さて、オムニチャネルの話に戻すが、B2C市場では驚きや感動を生む先進的なITを駆使したUXによって、購入を加速させるスタイルが登場している。一つとして、会員登録やアプリのダウンロードを要求されるが、ビーコン(Beacon)が挙げられるだろう。本来は交通渋滞などの情報をドライバーに提供するようなツールだが、最近はレストランやショップの通りがかりのお客さまに声を掛け、店舗に誘導することに利用されている。その際、単に誘導だけでなくインセンティブが付加されていることで、さらに購入へと促す。ほかにもWi-FiやRFIDなどの技術を使って購入そのものを矯正しながら顧客を獲得する流れで、オムニチャネルに一石を投じている。まさに「その時間にその場にいるあなた!」と直接訴えかけるマーケティングはエクスペリエンスそのもので、無作為な客引きやビラ配りとは一線を画した、高度でスマートなUXを感じる顧客誘導方法だ。
■「専門性」で納得させる~リコメンド~
オムニチャネルでお客さまを不安にさせるポイントは、思いもかけない場所や時間でのリコメンドだ。「なぜ私に?」と問いかけたくなる気持ちは理解できる。突然、知らない企業から売り込みがあったとき、個人情報の漏えいを疑い不安を感じるのは、誰しも同じだ。従って、疑われないということ以上に、お客さまにとって真に役立つ情報の提供という観点が、今後はより重要になる。その意味で、提供情報やリコメンド情報などでは徹底的なお客さま視点に加えて、より専門性を持たせ納得していただくこと。なぜ、この情報が自分に来るのか? その必要性が理解できれば、その後の購入へのプロセスはシンプルだ。事例や専門家の意見をそのルートの中に仕込むと、さらに話は早い。オムニチャネルは、一見リードになるまで複雑なルートが存在するように見えるが、そこに必然性が仕込まれていれば、実はシンプルな道筋になる。その分野に精通した人々の意見を聞け、知見が発見できれば、誰でも経験価値は増す。キーワードは「専門性」だ。
■チャネルをつなげる~リンケージ、動画、メールなど~
「専門性」を持たせることに加えて、とにかくチャネルが途中で切れないことも重要だ。前回のコラムでも話したが、お客さまの行く先々で各種コンテンツを提供することは、そのままチャネルからの離脱を回避する。以下にそのコンテンツや施策の例を挙げたが、B2Cの場合はインターネットだけでなく、テレビCMや実店舗での接客、コンタクトセンターでの応対やペーパーメディアの一つを取り上げても完璧なUXの提供が必須だ。お客さまに、チャネルを渡り歩いて縦横無尽に楽しんでいただくことが、重要な課題となる。
■お客さまとの会話を欠かさない~インタラクティブコミュニケーション~
特に米国では、デジタルマーケティングからインタラクティブマーケティングに移行していると聞くが、インタラクティブ、すなわち常にお客さまと対話しているイメージのコミュニケーションスタイルが、マーケティングの中心課題となってきている。これは単にチャットでお客さまと話すだけではなく、「1対1でお客さまのお相手を常にしていますよ」と感じさせることが重要だ。質問に対しすぐ答えられる、問題があればすぐ対処する、課題が生まれればすぐ共有し、協力して解決に向かう。また、前述のとおりツールも多様化しているので、従来のようにPCだけで限定的につながるのではなく、タブレットやスマートフォンといったモバイル端末を含め連続性を持たせることが求められる。そのようなエクスペリエンスが価値として蓄積され、相互の信頼を築く。これがUXの基本であり、そこからブランドエンゲージメントにつながっていく。
■Enjoyを散りばめ、UXを向上させる~ゲーミフィケーション~
今の時代は仮にビジネスであっても、Enjoy、すなわち楽しむといった要素が必要だ。特にB2Bだと、信頼性を前面に出し過ぎて堅苦しいコミュニケーションになりかねないが、だからこそ机上で微笑むような仕掛けがあった方が、UXは高まる。「ゲーミフィケーション」というキーワードがあるが、ゲームのように面白く楽しく、しかも見やすく分かりやすく使いやすいといった流れをチャネル上に散りばめれば、エクスペリエンスの価値に差が出る。チャネル上の遊びはお客さまの想像力を掻き立てる、それはそのまま企業の余裕にも通じる。「また訪問したい」「また購入したい」といった意向を導き出すことが、マーケティングの狙いでもある。
■On-Offが重なるところを狙う
特にB2Bマーケティングで重要視したいのが、On-Offの境界だ。仕事時間をOn、それ以外の自由時間をOffとして、多くの場合にはっきりとした線引きが難しい空間や時間が存在する。このあいまいな領域をきちんとマーケティングすることも、ビジネスの芽を生み出すヒントになる。会社帰りの上司や同僚との居酒屋での歓談、家族旅行の旅先で見た、自社や競合他社サービスに関わる、さまざまなエクスペリエンス。仕事のようで仕事でなく、遊びのようで遊びでない、この微妙な部分に価値あるエクスペリエンスを仕込むことで、お客さまの興味はさらに増す。たとえば居酒屋でチェックする際、指でサインする形式が増えているが、驚きがあった。旅先でも自分の時間をアレンジしてくれるサービスや適切なリコメンドに出あうと、感動は増す。特に個人の趣向を含む膨大なビッグデータは精度が向上していて、人々の行動を連続的に把握することは、さらなる快適さや感動を引き起こす仕掛けを生み出すだろう。
ただ、個々人の毎日で良いことばかりが起こるわけでなく、感覚や印象もさまざまな要素に左右されるので、常に特定のお客さまに対しての親和性やフィット感をチェック、検証し、補正することも忘れてはいけない。それがすなわち信頼性を育み、ブランドに対するUXを高めることにも通じる。
今回は、所有や利用における多角化した状況を「オムニチャネルマーケティング」というキーワードで考え、敢えてB2BとB2Cを混在させて書いてみた。次回は、そのルートの一つでもあるEコマースについて考えてみたい。
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