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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第3回】未来の事業を紡ぎだすAI、ビッグデータ、そしてUX

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前回はマーケティング視点から、より直近の課題としてセミナーやイベントの話に触れたが、今回はIT企業として避けて通れないテーマにチャレンジしてみようと思う。昨今のIT企業が直面している技術テーマについて、下図に示した。

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いずれもインターネットを介した利用社会への急速な移行がもたらした技術テーマであり、私たちの暮らしに深く入り込み、大きなインパクトを与えて変革を促している。表面的にITを議論するのではなく、それらの技術がもたらす生活全体を捉えた深層について議論する必要があると問題意識を持った。

■シンギュラリティとは

人間の社会生活を司るのは上記の各種技術、中でもAIなのかもしれないと、最近はAIを技術の芯として定め、考え始めた。その背景にはシンギュラリティ(特異点/人工知能が人間の脳を上回るポイント)がある。シンギュラリティはいつなのか、10年以上前から論じられていて興味を持っていたが、具体的にそのときが近づくと、期待は大いに膨らむ。

大方のシンギュラリティの予測はこれから30年後の2045年となっており、それに備える必要性が各所でささやかれ始めている。総務省は今年2月に庁舎内で「インテリジェント化が加速するICTの未来像に関する研究会」の第1回会合を開き、その開催要項には「2045年にはコンピューターの能力が人間を超え、技術開発と進化の主役が人間からコンピューターに移る特異点(シンギュラリティ)に達することも議論される」と記されている。「2045年」とは「ムーアの法則」に則っていて、確かにこれまで1.5年で2倍のIC集積化という進化プロセスが維持されてきたように思える。しかし、どうもここ数年の動きは、単に数値レベルの話でなくAIが2045年より前倒しで進展しているように思えてならない。

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■ディープラーニングが世の中を変える

その印象を特に強く持ったのは、ディープラーニング(さまざまな要素を加味し、学習、判断し、その回答を引き出すAI技術)が、この領域に大きなインパクトを与えているからだ。その一例として、Google社の翻訳アプリをダウンロードし使ってみたが、ほぼリアルタイムで90カ国以上の言語に翻訳してくれることには、度肝を抜かれた。さらにそれを上回る翻訳アプリをMicrosoft社も準備中とのことで、これはきっと私の期待を超えることだろう。このアプリは、日本語から英語への翻訳を例にとると、以下のプロセスを経て結果がもたらされている。

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従来であれば、かなりの時間と費用を要したサービスが、瞬時にしかも無料でを利用できる。隔世の感だ。おそらく、将来はマスクのような翻訳機が登場し、精度が高く時間も速く提供されることは、想像に難くない。

■生態ピラミッドは崩れるのか

AIを深く考えたときに、人類はどういった立場で地球上に存在しているのだろうと疑問が生まれた。この地上で最も速く走れるのはチーター、速く飛べるのはハヤブサ、速く泳げるのはバショウカジキ、そして地上で最も賢いのは人間...この最後の項目の神話が崩れようとしている。生態ピラミッドの頂点が、人類からAI、もしくはそれを具備したアンドロイドに替わる。一部の識者がAIの進化に警鐘を鳴らすのもうなずける。

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60年周期でパラダイムがシフト。次は2070年!

それでは、人類の過去はどうだったのか。過去の60年周期を振り返ってみた。独学と少しの想像力を加味し、自分なりにシンプルに整理してみたのが下図だ。

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数千年前から農薬らしきものが登場し、農業生産は行われていたらしいが、それが確立されて著しく生産性が向上したのは19世紀前半1830年ごろ、その後、産業革命が起きて工業生産性が向上したのが19世紀終わりの1890年ごろ。それから1950年にIBM社のコンピューターが登場して情報生産性が向上し、さらに60年後の2010年は、まさにクラウド元年。クラウドの生産性や利用社会としての生産性が向上した時期といえる。では、次の2070年には何が起こるか? 私はAI生産性が向上すると予見する。言葉を替えると、幸福生産性、もしくは平和生産性の向上となっていれば、さらにうれしい。今のクラウド時代からビッグデータ技術が向上、浸透し、60年後の2070年には真のアンドロイドが誕生するだろう。

■「ヒトペア技術」時代を経て、アンドロイドの完成へ

勝手に「ヒトペア技術」と名づけてみたが、AIは現在の、いわゆる人間のアシスタント機能的な時代から、人間の分身(黒子)となり寄り添って歩く「ヒトペア技術」時代を迎える。そして、完成の域ではアンドロイドになる。このアンドロイドは、記憶が経験として蓄積され、しかも消えないので、本人よりもいろいろな意味で優れていることが予測できる。おそらく、最もUXを具備したモノが誕生するだろう。

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未来の仕事現場が変わる

私がデザインの道を志したとき、モノづくりの現場では盛んに、塗装工が塗装ブースで工業製品に塗装していた。その後、自動車から家電に至るまで、塗装だけでなくアッセンブリーも含めて、単純生産の現場は、人間からロボットに置き換わった。
そこでは熟練工の経験を数値化して、ロボットのプログラムに落とし込んでいたといえる。一方、今行われているディープラーニングでは、ビジュアルや動作含めて人間が五感で感じるすべてのデータをそのまま可視化し、経験としてコンピューターへ教え込んでいる。入力という感じではない。むしろ、幼児が生活の中でさまざまな経験を覚えて成長し、大人になっていく過程に似ている。誤った情報は随時補正されるために、判断ミスは起きない。経験のすべてが記憶となって蓄積され、すぐ忘れてしまう人間とは明らかに違った道をたどるモノができるだろう。
これまでの蓄積がベースとなる単純生産現場では、今後のことはほぼ想定できる。むしろ深刻なのは、ロボットとは縁のない職場や職種だろう。クリエイティブとしての創造力やコンセプト構想力、そして決断力などは、一般にはAIが実現できないという見方もある。一方で、見聞きしたもののすべてが経験として蓄積されれば、上記のような人間特有の動作や作業も可能といえる。核融合のように、一つのアイデアがブリッジとなってさらなるアイデアを生み、とどまるところを知らない。ビッグデータにより英知には、さらに磨きがかかる。

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ロボットはどうなる

UXの研究者として、またエヴァンジェリストとして、ロボット初期からAIの成熟期までを図示してみた。この流れは一気にではなく、散発的かつ徐々に進むと思われるが、方向性は概ねこのようなものだろう。image_03-08_ppt.jpg

人は自分を助けてくれる人に微笑み、敵対する人に牙をむく。時として、愛が深まると憎しみに変わる。自分より目下でおろか、無知なものには好意をいだき、目上で賢く有能なものにはひれ伏すか、敵意を抱く。仮にそれが人工物であれば、ひれ伏す選択肢はなく人類のプライドを通す。そこに軋轢が生まれて人間とアンドロイドの戦いに発展......とは、よくある近未来映画のストーリーだ。UXの見地からは、賢さや正義、平和のプログラムをエクスペリエンスとして設計し、どこかで組み込んでいく必要がある。

「電源」が勝負

私が考えるパラダイムシフトとしての60年周期、その線上で次の2070年までは、あとほんの55年。戦後からこれまでの70年間よりも短い時間だ。どのような未来が待っているのか、興味深い。最後に、アンドロイドだって食べなければ生きてゆけない。唯一、暴走したときの歯止めとして制御が効くのは電源だろう。太陽光かもしれないが、電源を自分でエネルギーに変えて動作の継続が自律的に可能なら、人間を超えるだろう。世界の先進企業にとって、AIは今最もホットな話題の一つ。興味が尽きないので、とりあえず今回はここまでで筆を置くことにする。

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動画マガジンBIZATTENDANT(ビズアテンダント) / シリーズ「2045年、前夜」はこちら

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