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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第7回】ペーパーメディアの未来を、UXをとおして考える

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今回は、ペーパーメディアをとおしたUXが、どのような形でお客さまに伝わり、どのような価値を創造するか。昨今インターネットを経由した各種のメディアが登場し、その行き場を失いつつあるペーパーメディア。その未来はどこへ向かうのか。その存在が本来備えた特質は、今後も維持されるのか、形を変えて残存するのか、はたまた消えるのか。さまざまな視点から考えて見た。

・文字の黎明

エジプトのヒエログリフ(聖刻文字)が生まれたのが、紀元前3000年以上前、その後ペーパーの語源ともなっているパピルスに、人は文字を書き記すようになり、これがヒエラティック(神官文字)と呼ばれ、圧倒的にコミュニケーションの幅や技術の継承が楽になった。その後、グーテンベルクの活版印刷技術が生まれ、ルネッサンス期以降、コピーは世界中を駆け巡ることになる。急速に言葉の伝わる速さや精度も向上し、読み物としての価値は高まった。また宗教や思想などの浸透も極めて容易になった。話し言葉は、眼前の群衆を魅了するが、書物はその伝播が浅いながらも、広がりは無限と言える。

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・ペーパーメディアの起源

印刷物がペーパーメディアとして花開いたのは18世紀ヨーロッパの地方新聞だと言われている。19世紀には大衆化し、日刊新聞はメディアとしての地位を築き、週刊誌や月刊誌などペーパーメディアの幅も物量も莫大となりながら成長を続けた。しかし、2008年12月には、新聞100紙以上、テレビ局20局以上持つトリビューン社が、米国の若者の新聞離れを受けて経営破たんした。これはペーパーメディアの終わりの始まりだったのかもしれない。

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・トリプルメディアと企業のコミュニケーションツール

さて、企業の持つ各種メディアに話を戻すが、企業はどのようなメディアを、企業とお客さまをつなぐツールとして活用しているのだろうか。昨今は「トリプルメディア、トリプルスクリーン」として広告や企業ブランディング観点から議論されている。(社団法人日本アドバタイザーズ協会より)トリプルスクリーンとは、「スマホを含む携帯」「端末を含むパソコン」「家庭の大型テレビ」の3ジャンルを指す。

では、トリプルメディアとは:

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一方でそのメディアの媒体としては、以下がある。 テレビ、ラジオ、新聞、雑誌(4大マスメディア)、そしてプラットフォームとしてのインターネットなど。では、それらの分類をベースとして、企業内にはどのようなお客さまとのコミュニケーションツールが存在するのか。

(1)ペーパー:カタログ、チラシ、パンフレット、情報誌、事例集、会社案内など

(2)新聞/雑誌:取材記事、記事広告など

(3)TV/ラジオ:スポンサー番組、宣伝CMなど

(4)インターネット:企業情報、商品情報、事例、コラム、レポート、各種案内など

(5) YouTubeなど動画:コンセプト、商品紹介、事例、広告など

インターネットが登場する以前は、上記(1)~(3)のおのおのが独立個別に、商品やサービスのプロモーションを展開していた。これらは人々の購買欲を掻き立てるルートであり、多くの商品は上記の(1)~(3)のいずれかを経由して、お客さまにリーチし、商品やサービスの購入を促していた。 インターネットが登場した1995年以降も最近までは、上記(4)までは概ねお客さまを購入に導くルートとして各種メディアは存在していた。若干状況変化があるとするなら、彼らが広告代理店経由で稼ぎまくり、金のなる木として謳歌していた広告メディアが、インターネットの登場以降、誰もが宣伝や広告を行えるようになり、コスト的にも1ケタも2ケタも下がったことぐらいだろう。

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・メディアミックスからクロスメディアへ、そしてオムニチャネルが台頭

2000年初頭、私は欧州で、主として欧州域内向けのAV商品のデザインや広告を担当していたが、そこでは盛んに「メディアミックスからクロスメディアへ」という流れが強調されていた。これは多分日本国内でも同様だっただろう。金太郎アメのように、各種メディアをどこで切っても同じような商品訴求から、ダイナミックに企業や商品を連想させるアプローチへの切り替えを意味していた。その後、帰国してインターネットの世界に飛び込み、とある大手の医療系大学組織で実際にクロスメディアに取り組み、最寄り駅のベンチと大学案内とインターネットサイトが相互にハーモニーを持つプログラムを、関係者と共に実現した。クロスメディアが花盛りの頃でもあった。

昨今はオムニチャネルに代表される顧客購買行動の多様化と多極化で、従来の枠にはまった誘導では限界があることが見えてきた。それより何より、ビッグデータの分析能力向上が、個客一人ひとりの行動をつぶさに追えるようになり、ワントゥワンスポットマーケティングが可能になったことも一因だ。オムニチャネルでは、街で見かけたデジタルサイネージ広告→その前で配っていたチラシ→実店舗での商品チェック→同時にネットでの口コミ→FaceBookでの友達意見の確認→自宅に戻ってPCでの比較サイトチェック→ネットで購入、のようにお客さまは各種タッチポイントを主体的に渡り歩く。加えて、その時間や時期、季節や商品個別の在庫状況、日々変化する競合店舗との情報など、さまざまな要素が売り手買い手の相互に作用するために、益々複雑化している。

BtoBマーケットも同様に、お客さまは各種メディアを渡り歩くと同時に、これもまたメディアと呼べるかもしれないセミナーやイベントにも参加し、その購入を決定する。前回、サービスドミナントロジック(モノとサービスは一体化し、サービス中心で売り手と買い手の境界があいまいになる:前回のコラムをお読みください)について述べたが、どうも各種メディア自身の境界もあいまいになっているのではないかと最近は思えてきた。たまたまお客さまがそのメディアを目にしただけで、実はその目にしたメディアが何であってもよかったのではないかと。

オムニチャネルのご説明(動画 2分50秒)

オムニチャネルのご説明(動画 2分50秒)

・メディアの持つ特質

ただ、おのおのの持つメディアの特質は、それぞれ固有にあるのでそこだけは記しておきたい。最もフロー型なのはテレビで、刹那的であり、見逃すとほぼそれで終わり。YouTubeのような動画サイトもフロー型だが、まだ意思を持ち見に来ているということや、思いのままに再生が可能という面で、心に残りやすいし、ユーザー本位だ。インターネットの商品サイトは、その商品価値やベネフィットを詳細まで探れるという面で、ストック型とも取れる。 記憶に残るという面では、やはりビジュアルに強い動画に軍配が上がるだろう。さて今回テーマとしたペーパーメディアだが、こちらはストック型の典型だ。確実にモノとして手元に残る。バインディングできるし、もちろん読み返すことも楽だ。目の前に実体としてあるため、一字一句の間違いも許し難く、尾を引く。しかし、このペーパーメディアも、最近人々はフロー型で見てはいないだろうか。QRコードが登場し、紙から読み取ったURLで簡単にWebサイトを見られて、さらに詳細が調べられるのならそれを保存し、紙が手元になくてもいいのではないかと。 ずいぶんと古い話ではあるが、東京晴海のイベント会場でデータショーやビジネスショーがあると、人々はこぞってチラシやカタログをかき集め、両手にあふれんばかりの紙バッグを抱えて会社に戻っていた。まだその文化が消えたわけではないが、確実に減った。手ぶらの人もよく見かける。企業名や商品名などのメモを取る人も多い。紙にある情報はいつ更新されたか不明だが、インターネットサイトは更新が楽なので常に情報が最新だ。

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ペーパーメディアの未来

私は今、ペーパーメディアの存在に疑問を持っている。人々が情報を手に入れる手段がオムニチャネル化して、その中で無駄で余計な情報はできる限りそぎ落としたい。ペーパーメディア以上の情報がインターネットにあるのなら、その価値は低い。先般買いたくても買えない高級乗用車のカタログをディーラーからもらったが、ここには持つことの嬉しさがある。あくまで情緒的な側面だ。一方BtoBでは、その情緒的側面は希薄で、昨今のオフィス内では、フリーアドレス化の進行でカタログやチラシをストックするロッカーすら消えつつある。そうなるとペーパーメディアですら一度見たら終わり、インターネット同様にフロー型で見始めているので、バインドした物理的なファイルはその後誰にも見られず、時を経ると廃棄される。何のためにペーパーメディアが存在するのか、その意義を考える時期だ。依然としてお客さまのところへおじゃまするのに手ぶらでは行けないという営業員は多いが、今はタブレット端末やマイクロプロジェクターで、いくらでもお客さまと会話できる情報がクラウド上にある。確かにお客さまによっては、なかなかその仕組みをご理解いただけないかもしれないが、インターネットや電子メールを使っていないお客さまはほぼゼロに近いと思う。要はWebサイトや動画を顧客コミュニケーションツールとして使えていないだけだと思う。唯一例外はお客さま事例だ。これもPDF化してメールで送れるが、情緒的側面もBtoBでありながら事例には残っている。いずれにしても、世の中の各種トレンドは、メディアの枠を超えてさまざまな経験が蓄積され、そのすべてがサービスドミナントロジックとして進む中で、お客さまとの共創に軸足が移ってきている。お客さまと企業の相互が、意味あるもの、価値あるものをシェアし、そうでないものについてはバッサリそぎ落とす覚悟ができて、新たな未来に向けた関係性が構築できる。早期に関係者の意見を聞きながらペーパーメディアの整理に、私自身も取り組みたい。

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最後に、今年度から当社では、社員全員に配布していた数十ページに及ぶCSR報告書をWeb化すると聞いた。地球の温暖化や砂漠化が進む中、人類の選択肢はさほど残されていない。 次回は、昨年春から取り組んできた動画についてUX観点から再度考えてみたい。

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