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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第5回】提案力向上UXはデザイン思考が要

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・広がるデザイン思考

デザイン思考が、にわかに世の中で議論され始めている。 テクニカルコミュニケーション・シンポジウム、いわば取扱説明書やマニュアルなどをビジネスとする方々の集まりが、国際シンポジウムとして、今年も東京と京都で開催される。そのテーマが、今年は「デザイン思考」に決定した。昨年から、経済産業省のデザイン思考委員会の委員も務めた関係で、このシンポジウムに、私もパネラーとして声がかかっている。 それ以外にも、サービス分野でのデザイン思考や、昨今は経営マネジメント分野でもデザイン思考の導入が重要だとの見方が、特に欧米を中心として議論され、一般化してきた。

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・仮説構築力/可視化/プロトタイピング

このデザイン思考は、持論ではあるが「仮説構築力」と「ビジュアライゼーション(可視化)」によって成り立つと私は考えている。加えて、「UXアジャイル」という言葉をAdobe社も用いているなど、プログラミングの分野でアジャイル開発が盛んなように、UXの分野でもアジャイルの導入が進んでいる。具体的には、上記二点に加えて、早期の上流工程でのプロトタイピングの繰り返しによるお客さまとの合意形成が、昨今議論されているデザイン思考ではキーポイントとなる。

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・デザイン思考を提案書に生かす

アジャイルのような話が入ると、どうしてもユーザビリティ改善やUI(ユーザーインターフェース)開発と思われがちだが、今回のコラムのテーマである提案力の向上、具体的には提案書の作成でもデザイン思考は効果が十分期待できると思う。このデザイン思考は、すでにデザイン事務所の特技でもなければ、企業内デザイン部門の特別メニューでもない。幅広い分野でデザイン思考は、その利用価値や効果が期待され始めている。

中でも提案書のUX改善は喫緊の課題で、そこにデザイン思考を反映することは、そのまま受注に直結する最短ルートと言っても過言ではない。最近、ハウスメーカー各社の提案書を比較する機会があったが、明らかにそのアプローチは違ってきている。 アパートやマンション建築なので、マーケティングフィールドはBtoB、加えて受注予算額も数千万から億の単位となり、IT企業がビジネスで取り組む事業規模とそう大きくは変わらない。ところが出てくる資料は、けっしてそのメーカーの一方的な説明資料ではなく、現場把握としての勉強資料から当初は始まる。 いわゆる三現主義の徹底だ。 現場、現物、現実。確かに、提案の基礎はそこから始まるべきだと、今更ながらだが痛感した。

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・三現主義が提案書のスタート

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翻って、IT分野はどうだろうか。現場とはシステムを使っているユーザー一人ひとり。現物とはシステムそのもの。ここまではいいとして、最も重要なことは現実だろう。具体的にはどの程度の価値をその企業にもたらしているか。また、当該市場との整合性や社会の大きな流れについて行けているか。加えて、エコシステムの観点や、法規制対応なども現実と捉えるべき範囲だろう。このことをピラミッドで例えれば、砂に潜っている基壇の部分。ここで提案の勝負が決まる。三現主義をはじめとした、お客さまが真に求めるその後の経営を見据えたマーケティングデータが示し切れていない。結果として提案の説得力に欠け、迫力がない。

次にその見せ方だ。単に世の中の漠然とした状況を伝えても心に響かない。そこにデザイン思考としての仮説が展開されていれば、現場の理解は進み、方向性も見えてくる。しかも、直感的に分かる図説で可視化して、お客さまを惹きつける魅力の味付けがあれば、なお理想に近づく。また、文頭に挙げたUXアジャイルを取り入れ、繰り返し情報を提供しながらコンセンサスの精度を高め、結果としてお客さまに共感していただくルートを引くことで、提案プロセスの初期段階は達成される。

初期段階でのポイントをまとめると以下のようになる

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・提案活動でもジャーニーマップを生かす

次に提案段階での具体的な取り組みを考えてみよう。UXの手法の中にカスタマージャーニーマップというものがある。これをベースに考えれば、お客さまとの出会いの瞬間、もっと言うなら出会う前からのプロセスを俯瞰し、次にRFP説明、そして一次提案、二次提案と進むが、そのプロセスをフローとして描くことをお勧めしたい。民間系と公共系では、後者に入札制度があるため若干フローは異なるが、概ね相互の状況や実力を理解し、課題を共有し、何がその課題解決の決め手となるかを判断するといったプロセスは似ている。その上で、プロジェクト体制や、そのメンバー構成、日程や落とし所など、作業自体の情報を共有し、最後に予算を提示するという流れは、私たちのようなBtoBビジネスではほぼ共通だろう。 では、このプロセスを一連のシナリオとしてジャーニーマップ化しているかというと、ほとんどの提案活動ではなされていない。ざっくりまとめると以下のようになるだろう。ここで重要なことはそのプロセスのすべてで、いかに資料が見やすく出来ているか、全体構想が分かりやすいか、と言ったことがデザイン思考として表現できているかが最も重要だ。具体的には、各提案一つひとつで、想定される仮説が明示され、デザイン的に見やすく、説明が行き届き、またフィードバックループとしてのFAQ準備など、いつ、どのような質問や疑問にも応えられ、プロトタイプとして応答できる準備が出来ているかが採用のキーファクターとなる。

ジャーニーマップ自身は、プログラミングのフローチャートと同様に、お客さまが提案書から、各検討の段階を経て発注に至るプロセスであり、これがほぼ定型化してくれば、チェックリストとして使うことも可能だ。ただ、重要なことは、このマップで全てをこなすのではなく、お客さまの一人ひとりの違いを当然のこととして、それを前提にまとめた方が、よりお客さまの心をつかめると思う。

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・脚光を浴び始めたサービスドミナントロジック

最後に重要なことは、提案書そのものがサービスドミナントロジックに則っているかということだ。サービスドミナントロジックとは、単にサービス化が進むということだけでなく、従来のビジネススタイルで扱われていた商品とサービスを一体化して新たなサービス概念を創ることを表し、永く深くお客さまとの関係をつなぎ、エンゲージメントを構築することを意味する。この考えは2004年にVargo and Luschにより提起されたもので、最近になり多くの企業が見直している考え方だ。仮に売り切り買い切りのグッズドミナントロジックで提案書が組み立てられていると、その後のお客さまとのエンゲージメントは望めない。これからの提案書は、お客さまとの関係において、永く深くお付き合いいただくことが基本で、全てがサービスドミナントロジックで動くと考えた方が良い。提案書の中で、単にシステム保守の経常費を獲得するといった考え方を表とするならば、裏ではお客さまの事業にイノベーションをもたらすにはどういった仕掛けや仕組みが必要かということが脈絡として組み込まれ、お客さまと共に考え続けられる。そのような提案書でなければ意味がない。

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真のサービス時代が到来するにはもう少し時間がかかりそうだが、その時代が来てから考えたのでは手遅れになる。先ずは提案書で、デザイン思考を組み込みながら、サービスドミナントロジック型の提案書作成にチャレンジして見てはいかがだろうか。

次回は、商品力向上についてデザイン思考UXで切り込んでみたい。

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