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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

【第3回】ESの要素をUXで解く

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経済産業省で議論されているデザイン思考

昨年末より3月末まで、経済産業省(以下、経産省)主催の「国際競争力強化のためのデザイン思考を活用した経営実態調査委員会」に委員として出席した。この委員会は、欧米で急成長している企業が取り組んでいるUX向上を目的としたビジネススタイルの中で、デザイン思考の導入がキーになっていることに着目している。経産省も、その関係識者を集め、知見を収集したうえで日本企業に展開し、結果として日本企業全体を成長軌道に乗せることを目的にしていると私は理解した。 本分野で権威の大学教授を座長に、4企業から招請された有識者5名で、本委員会は構成された。これまでに社内外でUXに関わる数々の活動を行ってきたが、これらを認められての委員選出であり、真に日本企業が欧米企業と肩を並べ、成長する姿を見たかったという点を理由に、委員を引き受け、意気にも感じた。

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デザイナーの特長はビジュアライズ(見える化)と仮説構築の力

委員会では、デザイナーが特長的に持つビジュアライズや仮説構築力をベースとしたクリエイティビティをどのように社会に広め、そのための障害が何なのか、また、そもそも導入の意義や日本文化との整合性は取れるのかといった点が多く議論された。さらに知的所有権の課題や、導入スタイルの違いなど、議題は多岐に渡ったが、中でも印象に残ったのは、日本人ひとり一人の仕事に対する姿勢やモチベーションが、欧米のそれとは違い、真摯な仕事に対する取り組みだ。反面、ダイナミックな発想を重視し、イノベーションを次から次に起こしていく欧米の流れとの間には大きな隔たりを感じた。 「和」の日本、「個」の欧米、といった構図にも見られるその違いは、今回のコラムシリーズで取り上げているES(従業員満足)ともつながる。

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日本文化vs欧米文化

アメリカ、イギリス、イタリアと駐在で移り住んだ経験から、一度日本と欧米のデザイン面からの比較文化論を執筆しようと思っていたが、多忙でなかなか実現できていない。その中で私が着目していたのは、「幕の内弁当」vs「フルコース」、「日本庭園」vs「洋風庭園」など、食文化や庭園文化であり、如実に日本と欧米の違いが見られる。与えられた空間や時間の中でいかにその精度を高め、密度を濃くするかに努める日本文化。一方、時の流れをも飲み込むような、そして、特に外への広がりを重視する欧米文化。 ずいぶん前に日本文化は「縮みの文化」という本を読んだことがある。内向的とも取れる、その表現が正しいかどうかは分からないが、ハードウェアの技術面だけを切り取れば、正しいように思う。よりミクロに向かう日本、よりマクロに広がる欧米、その原点がデザイン思考であり、イノベーションの兆しを見落とさないなどの特徴をそこに見る。言葉を換えればクラフトマンシップの日本とダイナミズムの欧米。精緻な造りと完成度の高さを求めるクラフトマンシップ、一方グローバル化やフラット化など、世界を駆け抜けるパラダイムシフトの波に確実に乗るダイナミズム。クラフトマンシップでは、自動車業界だけを切り取れば、ドイツはやや日本寄りの印象を受けるが、俯瞰してみると日本vs欧米の構図は変わらない。

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さて、この日本文化論の正否はさておき、今ビジネスの上ではグローバル化が一気に進み、企業は常にイノベーションを求めている。小さな変化から革新へのルートが引けなければ、企業は生き残れない。そのようなビジネス背景のもと、いったい企業内の従業員は、どのような思いで業務に取り組み、どのような姿勢で、グローバル化が一気に進む社会を生き延びようとしているのか。このことが気になり、小さなリサーチを試みた。いったいESとは、企業内の個々人がどう思っているのか。さまざまな意見が出たが、総じてグローバル化が進む企業内で、イノベーションのトレンドは見えにくかった。そこでその本質を下図にあてはめ、その要素を解いてみた。

ESっていったい個人にとってどのようなことを指すのか?

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意見の一つひとつに正誤はないが、会社としての大きな枠組みと個人としての積極的な姿勢とが、ひとつの成果を生む構図が見える。上記は私が所属するマーケティング部門でのリサーチ結果だ。マーケティング部門は比較的自由に時間を配分、コントロールできると同時に、ビジネスに少しでもイノベーションを起こそうとする力が結実するプロセスを俯瞰できる部署のため、達成感は高く、偏りは有るかもしれないが、読者の皆さんもこの図をもとに、自部署のESリサーチをされてはいかがだろうか。

従業員の一人ひとりが満足するにはデザイン思考は重要な手段

世の中の多くの企業が、ESを重視しているとは思えないが、これらの社員ひとり一人の実感と、中でもデザイン思考を取り入れた発想力やクリエイティビティの発揮が土壌となり、さらにそこからイノベーションの種が開花し、お客さまに質の高いUXを提供する。このステップこそが、新たなビジネス発展の礎になると、経産省主催委員会の委員をしていて感じた。

当社が連携している、とあるベンチャー企業では、社長のビジョンを実現するために、数十名の社員が一丸となって単に仕事をするのでなく、自律的かつ提案姿勢を貫く個々人のクリエイティビティにより会社が前進していると聞いた。まさに小さな集団でも大きな力を生むことを実感した。翻って、外資系企業も幾度となく訪問し、また過去の海外での経験も重ね合わせると、企業規模のいかんに関わらず、数十名~50名程度の管理可能な集団が、上記のようなデザイン思考の力を発揮できれば、それはすなわちESレベルも向上し、結果としてビジネスにイノベーションが起き、そのビジネスはお客さまにとってもレベルの高い経験を感じさせ、感動してもらえる導線となることを実感できた。

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企業イノベーションのキーワードとなるデザイン思考

今回はESの構造に少し触れたが、UXの世界では、多くの方々が「デザイン思考」を研究し、ビジネス発展のための手法だと理解、実践されるケースが増えてきている。そこで、これまで3回述べてきたESを離れ、デザイン思考について継続し、UX観点から今後は論じていこうと思う。そもそも、私のバックグラウンドは、インダストリアルデザインであり、加えて4カ月間経産省主催のデザイン思考ベースの委員会委員を務めた経験もあり、より具体的にその議論のすそ野を広げられるのではないかと感じた。執筆当初の方針を軌道修正しながら、次回からのUX議論を深めたいと思う。

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