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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

UXの未来シナリオ

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・フラット化する世界

トーマス=フリードマンが「フラット化する世界」を書いたのが2006年、当時は失われた十年とか十五年などと言われ、景気が依然として低迷していたため、その書を、世界のフラット化に対して取り残された日本への警鐘本だと理解していた。一日24時間がアジア、欧州、米国の三極で回り、時差の壁が取り払われフラットで眠らない地球。溢れる情報がさまざまな格差を取り払い、インターネットが知識レベルをフラット化したことで、誰もがチャンスをつかめる時代が到来した。この一見平等な時代に乗り遅れまいと、世界のIT化が一気に進んだように思える。

フラット化する世界

・60年周期の変革

その時期、既にサーバーのホスティングサービス(企業情報預かり)やASP(アプリケーションサービスプロバイダー/特定企業向けIT提供サービス)などで、今日のいわゆるクラウドコンピューティングの地固めは出来ていた。それが、セールスフォースなどのクラウドサービスを売りにした企業の台頭により、一気に加速した。そもそもクラウドコンピューティング自身がフラット化のためのITプラットフォームであり、その急拡大期については、これまでも何度か述べているが、やはり2010年前後ではなかっただろうか。振り返れば1890年前後に日本では農耕社会から工業社会に移行し、戦後の1950年前後に情報化社会がスタート、1995年前後にはインターネットが確かに始まり、情報機器のオープン化は格段に進んだ。企業だけでなく、個人にも情報化が進んだため転機だった。しかし、2010年前後のクラウド化は明らかに違う社会の幕開けだったと、数十年後には振り返ることになるだろう。これは「所有」から「利用」という概念への移行であり、いろいろなものを自らが持つという価値に対しての大きなアンチテーゼでもある。この60年周期で起きる変革は、人が還暦を迎え、暦がめくられることと決して偶然の一致ではない。

60年周期の変革

・「所有から、利用へ」のライフスタイル変化

さて、今回はUXの未来について考えてみよう。そもそも、このクラウドコンピューティング時代に入って数年が経つが、ITだけでなく似たような事象がいろいろな分野で起きている。「所有から、利用へ」の概念変化は、自動車業界であればカーシェアリングの普及があるし、人々の住まいのスタイルも多極化した。根本の部分はエコシステムに端があり、人類はサステナブル(持続可能)な社会を本能的に察知しているかのようだ。

「所有から、利用へ」の概念変化

今、社会インフラのイノベーションに、日立グループ全体として取り組んでいるが、長いレンジで考えれば、主として社会インフラは利用のスタイルを貫いた方が個人所有に勝ることは明白だ。電気、ガス、水道、公共交通機関、各種公共施設しかり、課題はそのボーダーにある事業領域だろう。所有することにステータスを求める人々は、高級乗用車やクルーザー、別荘、高価な装飾品などを求めたがる。しかし、いつの間にかそのスタイル自体が陳腐に見えつつある。無駄なものは極力持たない、必要なものを必要に応じ求め使う。シンプルだけど厳選され、量より質を問い、周囲の比較優位ではなく、自己の精度に目を向ける。どうしても持たなくてはいけないものは確かに存在するので、すべてが「利用する」ものになるとは思わないが、持つことへのためらいが美学になる時代が確かに到来している。

・利用の時代のキーワード

今世の中で、このような動きにシンクロして生まれているキーワードを以下に挙げてみた。

1.モノづくりからコトづくりへ

2.結果重視からプロセス重視へ

3.ワークライフバランスで、生活を大切にしよう、家族を大切にしよう

4.性能や機能より、驚きや感動を

5.売り切りビジネスから、フィー型ビジネスへ

6.モノのプレゼントから、経験のプレゼントへ

ある意味、欲求の多くが経験にシフトして来ていると言っても過言ではない。バーンド=シュミットの「経験価値マーケティング」からヒントを得て、仮に車海老に例えるなら、養殖場から取れたての車海老が卸で50円、これがコモディティー。次にフライになってスーパーに並ぶと200円、これが商品すなわちグッズだ。同じくファーストフードでエビフライランチになると800円、ここでサービスになる。それが有名ホテルの海老フライ・タルタルソースなら3300円となり、豊かな雰囲気に加え、そこに恋人でもいれば、パーフェクトなエクスペリエンスに変貌する。

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・ITの世界をエクスペリエンスで勝つ

特に私たちが関わるIT業界では、上記の車海老以上にコスト差が生まれる。単に労働力の切り売りは技術のコモディティー化を招き、各社がコストを切り詰め、結果として互いの儲けが出ない、いわゆるレッドオーシャンになってしまう。そこに付加価値となる機能や個人の知識/知恵を付加しパッケージ化しても商品の域を出ない。さらにコンサルやコールセンター業務などを引き受けても、やはりそれはサービスの域を超えない。もちろん、このビジネスサービスという領域は今後も大いに伸びるだろうし、多くの関係者が、興味を抱いている。では、エクスペリエンスという経験の域にまでサービスを昇華させるにはどうすればいいか? サービスからエクスペリエンスに変えるには、端々で徹底的なプロフェッショナリティーが要求される。では、その方向性を以下に述べてみる。 1.マーケティングアプローチ:お客さまは、サービスを探す時にいろいろなタッチポイントを渡り歩く。ならば、そのタッチポイントすべてに先回りし、最適解となる経験を準備しておく。多くの行動観察や分析が必要になるが、経験価値は高い。

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2.ベクトル(方向性)アプローチ:いろいろな業界が収斂して行くように見える「持たない企業への動き」。その起点を探り、表面的な課題を見逃さず、お客さまの企業ビジョンやミッションから逆引きすることも、これまでのコラムで論じてきた。企業理念まで掘り下げれば、その親密度は上がり、経験が価値を生む。

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3.エレメントアプローチ:お客さまの課題が、エコシステムなのか、合理化なのか、効率化なのか、グローバル化なのか、多角化なのかなど、多くは複合的にプロジェクトスキームに詰まっていて、まとまりにくい。だからこそ分解して、再度箱に詰め直せば、新たな経験が生まれる。

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今年一年間、UXについて多角的に探り、主として「提案力」「商品力」「品質向上」などをテーマに議論し、述べてきた。一方で、社会の大きな流れを見ていると、すべてとは言わないが、多くの業界が、ひとつの方向性を持ち、世の中が進んでいるように見えてきた。時を同じくして、東京オリンピックの誘致活動で、滝川クリステルさんの「OMOTENASHI」が話題になったが、これすらも社会が向かっている方向性に合致したからこそ、私たちの心に深く刻まれたのではないかと思う。それは、過去に見たことのない驚きや感動へ、そしてそれに連なる経験をひとり一人が共有し共感できる明日への期待なのではないだろうか。UXは、それら珠玉の経験を紡ぐプラットフォームであり、世の中が静かに、しかも着実に進んでいく方向性でもある。

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※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

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