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UX(ユーザーエクスペリエンス)を黎明期から追いかけ続けてきた筆者は、昨年度の成長期を経て、いよいよ今年度は成熟期に入ろうとするUXの姿を再び追いかけることにした。第2章の最後に「UXは概念や理念」であり「デザイン思考などの方法論でUXを実践することの必要性」を論じてきた。ただし、その孤高な理念を下敷きにしても、なかなか実際の業務に反映できない、もしくはその効果や価値が見えにくいとの話を、特に現場ではよく耳にする。そこで第3章では、UXの成熟期を見据え「より現場に即したUX」とは何か、もしくは「UXを通じて何が日頃の業務や事業全体に貢献するのか」といったことに焦点を絞り、言及してみたい。

プラットフォームとしてのUX

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・きっかけはバーンド.H.シュミットの「経験価値マーケティング」

 2012年はUXについての議論が緒についた年であったが、2013年はその議論がさらに深まると思い、UXについて、さまざまな視点から掘り下げるコラムを開始することにした。

 私個人としては、バーンド.H.シュミットの「経験価値マーケティング」(*1)が発刊された1999年(日本国内では2000年)に、欧米では経験価値について議論され始めたと、友人のユーザビリティ関係者から聞いたのがUXとの出会いだ。その後2003年には、期せずしてプロダクトデザインからインターネットの世界へ飛び込むことになり、経験価値について実践的に興味を持った。そして2004年頃にはWebサイトデザインの世界で、お客さまのWebサイト内誘導や回遊の仕掛けに、「経験価値マーケティング」を参考にした手法を取り入れ始めた。

 しかしながら、当時の取り組みの多くは単なるユーザビリティ改善の域を出ず、また時を同じくしてWebアクセシビリティのJIS化について議論が始まっていたので、経験価値自体もある意味ユニバーサルデザインの延長線上に捉えられていた。

 また、当社内のシステム開発プロジェクトに参画すると、システムデザインにも大きな課題があることが分かり、2005~6年頃には(時には絶望感を味わいながらも)個別のシステム開発プロジェクトで、ユーザビリティ改善への努力を惜しまなかった。その頃に手がけたシステムGUI開発やWebサイト構築プロジェクトは30以上にもおよび、今もその多くが使用されている。


・UXは人とモノやコトをつなぐプラットフォーム

 先般、社内でUXデザインについて講演した際、システム開発担当者に画面デザイン上の問題点を挙げてもらったが、多くの画面デザインが未だにエクセルを貼り付けたようなものばかりで、改めてGUI改善の必要性を痛感した。

 一見、GUIの見直しによるユーザビリティ改善を行えば解決されるように見えるが、手がけたプロジェクトには個々にさまざまな課題を持つことが分かり、そこから一つの発想が生まれた。それは、「UXはGUIやユーザビリティ改善の延長線上にも無ければ、ましてやCSに取り代わるものでもない」ということだ。

 つまり「UXは人とモノやコトをつなぐプラットフォーム」である。

 この考えに至るには、「UIとUXが混同されていてイヤだ」「UXこそが未来のCSだ」、なかには「ユーザビリティを向上させればUXは改善する」といった勘違いも含め、各個人の立場や考え方によってUXの解釈は大きく変わり、またおのおのが自分のバックグラウンドから解釈したUX論を発信するため、ますますUXの定義が混乱するという背景がある。


・UXをプラットフォームとして解釈すると顧客経験全体が見える

image_01.jpg この話はマスメディアとインターネットの話に似ている。電通の発表(*2)によると、4マスメディア(テレビ・新聞・雑誌・ラジオ)は広告費が下がる傾向にあり、インターネットだけが伸びている。しかしインターネットをマスメディアと見る人は少なく、他の多くのメディアと連動しているためプラットフォームという解釈をされ、私自身もそれが妥当だと思っている。

 翻って、UXもプラットフォームという解釈をすれば、ユーザビリティエンジニアやマーケター、CSRやCS担当者、もっと幅を広げるなら品質管理者や経営者が同じフィールドに立つことが可能になり、そこで初めて顧客経験全体が見えてくるのではないだろうか。

 UXについては、ユーザビリティエンジニアやデザイナーが自分たちの牙城として専門的に取り組み、高度な視点からの意見を述べている。個人的には、それがUX発想の広がりを阻害する要因になっているのではないかと考えている。つまり、ユーザビリティやデザイン視点からの専門的な見解や見識だけでは、顧客経験全体をカバーすることはできない。

 より立体的な表現を加えると、UX基盤に各種専門領域のコンポーネントが上から刺さっているイメージだ。結果として、そのフィルターからこぼれ落ちた答えが、お客さまの心に深く刺さるということではないだろうか。それこそが、きちんとUXに配慮されたコトやモノだと言える。


 

・専門的で狭い議論ではなく、UXの新たなトビラを開く

 初回のため、非常に根本的な理解やUXの構造から入ったが、私のこれまでのデザイナーとして、またデジタルマーケターとして、ユーザビリティエンジニアとして、そして何よりUXリサーチャーとして、本コラムはさまざまな視点から、UXの本質を抉り出し、浮き彫りにしていきたいと思っている。

 UXは万能の器でもなければ、魔法の杖でもない。経営者や事業企画者、マーケターなどにも十分その価値を理解し、発想を生かせる領域であり、これまでの専門的で狭い議論ではなく、新たなトビラを開く期が熟したと思っている。

 UXを車に例えるなら、点火プラグ役がユーザビリティエンジニアやデザイナーであり、それを本当に動かすエンジンや車体そのものは、企業全体になるだろう。何かを考え、企画し、商品化する際に、UXを通して考えているか、そうでないかで、その事業発展が大いに変わると予見する。

 ある意味で、UX成長期元年として、今後の議論にご期待いただきたい。 


*1 『経験価値マーケティング―消費者が「何か」を感じるプラスαの魅力』バーンド・H・シュミット著 ダイヤモンド社
*2 株式会社電通による「2011年(平成23年)日本の広告費」
※文章中に記載された社名および製品名は各社の商標または登録商標です。

 

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