AWS re:Inventで見えた、コスト管理の"思想"、― AWSが自社で実践している5つの現実
こちらのビデオをベースに書いておきました。
https://www.youtube.com/watch?v=R0mr0rVzUEg
はじめに:
クラウドコストは、もはや「経理の問題」ではない
マルチクラウドが前提となった今、クラウドコスト管理は単なる請求額の把握では済まなくなりました。
「どこに」「なぜ」「そのコストをかけているのか」を説明できなければ、IT投資は経営判断の土俵にすら上がりません。
AWS re:Invent 2025で、AWSのエンジニアリングリーダーである Jerry Rapasarda 氏が語った内容は、この現実を極めて率直に突きつけるものでした。
本稿では、そこで明かされた AWS自身の"中の人"としてのコスト管理の考え方を、5つのポイントに整理して読み解きます。
1. AWSは「マルチクラウド前提」でコスト管理を考えている
AWSはFinOps Foundationが策定する FOCUS(FinOps Open Cost and Usage Specification) への正式対応を発表しました。
これは、AWS単体ではなく 他クラウドを含めたコスト可視化を前提にする という意思表示でもあります。
ここで重要なのは、「AWSが他社クラウドのコスト管理まで支援する」という事実そのものよりも、
顧客の関心は"どのクラウドか"ではなく"全体最適か"にある とAWSが認めている点です。
これまで多くの現場では、
-
クラウドごとに請求形式が違う
-
正規化は人手とExcel頼み
という非生産的な作業が常態化していました。
FOCUS対応は、その前提を崩しに来ています。
2. AWSのサービス開発は「PR FAQ」とコスト分析から始まる
AWSでは、新機能の企画段階で PR FAQ が書かれます。
これは「リリース後にどう説明するか」を先に定義するドキュメントです。
注目すべきは、この段階で
「AWS自身がそのサービスを運用するコスト」 が明示的に分析される点です。
-
無料で提供すべきか
-
有料サービスにすべきか
は、感覚ではなく 財務分析の結果で決まる。
Billing Conductor が有料である一方、多くのコスト管理機能が無料なのは、この判断プロセスの結果です。
これは単なる開発手法ではなく、
エンジニアに財務的説明責任を持たせる仕組み と言えます。
3. AWSは自社のコスト管理ツールを「自分たちが一番使っている」
AWSには、
AWS社内の他チームのクラウドコストを管理する専任チーム が存在します。
彼らが使っているのは、私たちと同じ請求・コスト管理ツールです。
そこで得られた知見が、そのまま製品改善に反映されます。
EBSの自動アップグレードや未使用ボリュームの削除機能は、
もともと 社内向け自動化のベストプラクティス でした。
つまり私たちが使っている機能は、
AWS自身の厳しいコスト基準を通過した"実戦投入済み"のもの だということです。
4. 「推奨」から「自動化」へ ---- コスト最適化の次の段階
これまでAWSのコスト最適化は
「Cost Optimization Hub」に代表される "気づきを与える"仕組み が中心でした。
しかし、Rapasarda氏が最も注目しているのは
EBS向けの自動最適化機能 です。
ここには明確な方向転換があります。
「お客様が眠っている間に、自動化でコストを削減する」
推奨ではなく 実行までAWSが肩代わりする。
これは、社内運用で培ったノウハウを顧客全体にスケールさせる必然的な流れです。
NAT Gateway の自動削除など、対象領域が広がり始めている点も見逃せません。
5. AWSが重視するのは「コスト削減」ではなくユニットエコノミクス
AWSの議論は、常に
その機能がどんなビジネス価値を生むのか に向いています。
-
新機能は他サービスの利用を促進するか
-
投資に見合う下流価値(downstream value)があるか
そのため、費用便益分析は前提条件です。
これは成熟したFinOpsの考え方そのものであり、
AWSは顧客にも同じ視点を求めています。
私たちは、自社のIT施策について
「いくら安くなるか」だけで語っていないでしょうか?
おわりに:
AWSのコスト管理から、何を持ち帰るべきか
今回のre:Inventで見えたのは、
AWSが「インフラ提供者」から
顧客の財務健全性に踏み込むパートナー へ進もうとしている姿でした。
-
マルチクラウド前提の可視化
-
開発初期からのコスト責任
-
推奨から自動化への進化
これらはすべて、
コストを"削る対象"ではなく"設計する対象"として扱う思想 に基づいています。
AWSのやり方をそのまま真似る必要はありません。
しかし、
コストに誰がオーナーシップを持ち、どの段階で議論しているか
この問いを自社の開発プロセスに投げかける価値は、十分にあるはずです。