第12回静岡アジア・太平洋フォーラム終了
静岡大学の上利教授及び彼の学生さんたちと交流できたのが楽しかったです。来年のための参考にも大いになりました。ありがとうございます。
例によってレジュメです。前半が話のための簡略版。後半が詳しいものです。
第12回静岡アジア・太平洋フォーラム 07.12.8~9
12月8日(土)分科会 ③アジアにおける大衆文化の還流
発表 マンガと東アジア レジュメ 夏目房之介
1) マンガ世界化現象と東アジア
A)アニメ進出との相関関係
●世界共通性 80年代のTV多チャンネル化→アニメ→マンガ
B)欧州、東アジアの歴史的背景の違い
● 海賊版と日本マンガの影響
●それ以前の歴史=中国の連環画、韓国やインドネシアの貸本マンガ、香港マンガ、タイの5バーツ妖怪マンガなど
図1 連環画の例
図2 タイの5バーツ・マンガ
・ 香港、台湾、韓国マンガの産業化
図3 香港マンガ
図4 タイのニュー・ウェーブ・マンガ ボイド・キャラクターズ
図5 同上 日本進出の例
● 90年代正規契約時代
C)東アジアの受容特性
● 多様な日本大衆文化の浸透
TV、ポップス、アイドル、「かわいい」商品など=メディアの多層性
図6~7 インドネシアとタイのおたく情報誌
D)マスとマニアの両極化現象
『ポケモン』『ドラゴンボール』『セ-ラームーン』=少品種多売作品
「一人で何点でも買う」おたく消費層=多品種少売作品
●『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』の東アジア人気
E)マンガ・アニメのもつ対世界的メディア特性
●十代に向けたメディア
●女性向けのメディア
●おたく特性
同人誌文化、やおい現象、コスプレ現象
2)マンガ・アニメの世界化とは何か?
ポップミュージックの比喩→地域化(ローカライズ)
● 韓国製のマンファ(Manhwa)、米国ワールド・マンガ(非日本人によるマンガ・スタイル)の出現→日本への還流
図8 米国版MANGA
図9 韓国製マンファ
●ポイント
・ 大衆文化の浸透・還流の相互的な関係、
・ 世界化(グローリゼーション)と地域化(ローカリゼーション)の往還
・ 創造誘発性、文化創造と地域・国家間コミュニケーション
→「大衆文化」評価枠組仮説の必要
図版資料
図1
中国の連環画の一例。
原著・○佳訊、改編・○其柔、絵画・○○玉『○蛾奔月』上海人民美術出版社 90年。表紙及び48~49頁。基本的には上に絵、下に文字だが、上や横に文字のある例もある。表紙は4色、内容は1色。
図2
黄少儀 楊維邦 編著『香港漫画図鑑』楽文書店 99年
図3
2001年、タイの街頭露天で購入した5バーツ・マンガ 詳細不明
図4
日本マンガの影響を受けたタイのニューウェーブ・マンガ
新中間層に支持される青春物 『Si-Gum』B.Boyd Characters
図5
ウィスット・ポンニミット『タムくんとイープン(日本)』新潮社 06年 帯推薦文=よしもとばなな
図6
「Animonster」2007 Aug. Vol.101
アニメ・マンガ最新情報、コスプレ・イベント、手塚『ブッダ』の紹介、日本の風物情報(「夏休み」、ミスチル、ガクト紹介、ZARD追悼情報、フィギュア情報、TVドラマ、他(かつてインドネシア貸本コミックの歴史特集や新人発掘、単行本刊行もしていた振興ゲーム会社系情報誌) 本拠・バンドン
図7
「HOBBY MODEL」 2001年、タイ・バンコックで購入したフィギュア情報誌 ゲッター・ロボ、ジャンボーグ・エース、デビルマン(シレーヌ)、ガンプラ作り方教室、仮面ライダー空我
図8
FELIPE SMITH 『MBQ』1,2 TOKYO POP ?
日本に憧れるマンガ・アーティストのマンガ・スタイル単行本 講談社でデビュー予定
図9
KOCCA(韓国文化コンテンツ振興院)『the World of Korea Comics MANHWA』2006 Japanese
参考資料
夏目房之介『マンガ 世界 戦略 カモネギ化するかマンガ産業』小学館 01年
草薙聡志『アメリカで日本のアニメは。どう見られてきたか?』徳間書店 03年
関口シュン・秋田孝宏編著『アジアMANGAサミット』子どもの未来社 05年
小田切博『戦争はいかに「マンガ」を変えるか アメリカンコミックスの変貌』NTT出版 07年
石井健一「第8章 文化と情報の国際流通」石井健一編著『東アジアの日本大衆文化』蒼蒼社 01年
『アジアINコミック展図録 私たちはどこへ行くのか?』国際交流基金アジアセンター 01年
河原和枝「子ども観の近代 『赤井鳥』と「童心」の理想」中公新書 98年刊
山中知恵「韓国マンガにおける日本の位置付け -日本マンガの受容史-」大坂大学大学院人間科学研究所『年報人間科学』第22号 01年3月
夏目房之介「アジアコミックそぞろ歩き」ダ・ヴィンチ 01年11月号
小田切博「国際化の最前線 -海外向けマンガ/アニメビジネスの実態-」 コミック・ファン 16号 02年6月発行「巻頭特集 世界MANGA事情」
取材調査
93年香港マンガ出版社取材、00年台湾、韓国マンガ状況取材(拙著『マンガ 世界 戦略』小学館 01年刊のため)、01年タイ、インドネシア調査(日本財団後援・API[Asian Public Intelectuals]フェローシップによる)など。とりわけ01年6月26~7月6日、ジャカルタの日本マンガ翻訳出版社エレックス・メディア、グラメディア編集部、バンドンのアニメ系情報誌「アニモンスター」のスタッフ、ジョナサン・L氏、バリ島の知人で貸本コレクター、アグース・デジャミコ氏らの聞き取り調査
備忘メモ
1)マンガ世界化現象と東アジア
A)アニメ進出との相関関係
●世界共通性
80年代の欧州、東アジアでのTV多チャンネル化(衛星、ケーブル化)
→ソフト不足→日本アニメの流出→子どもたちへ浸透
→10年後、十代中心にマンガへのニーズが顕在化
B)欧州、東アジアの歴史的背景の違い
● 東アジアでは海賊版と日本マンガの影響による現地マンガの歴史などの背景があり、欧州でも仏などにはBDという独自のコミック市場があった
●欧米のコミックは、日本に影響を与えたか、日本と同時に発展したメディア
東アジアでは、第二次大戦後、日本と米国コミックの影響下に発展した側面が強い(帝国主義侵略、植民地化の歴史
〈現在の東アジア先進地域では、かつて「海賊版」として同じ周縁的制作流通システムに同居しただろう現地及び翻訳日本マンガ、あるいは日本マンガの模倣版は、産業化と正式契約化で発展変化していった。香港では発展した現地ものと日本マンガは異なる形態(薄い多色刷一冊一作品のアメコミ型香港ものと日本型複数連載雑誌→新書版単行本)で競合しつつ併存し、韓国では日本型マンガ及び発展した韓国ものを擁する大手と貸本「毎日漫画」に分かれる。
タイ、インドネシアでは、日本系マンガ・コミック文化と現地のそれは講読層の違いとして、はっきり市場が分かれている。先進地域では、この二重構造が癒着して見えにくくなっているが、おもに流通、媒体特性の違いとして残っているように見える。
こうした二重構造が、社会的中間層と下層の流通や購買力の違いに対応しているとすれば、基本的に経済力と経済関係に対応する現象といえよう。同じ二重構造が、かつて日本にもあったし、違う意味合いで現在もある。〉夏目房之介「東アジアに拡がるマンガ文化」 吉見俊也、四方田犬彦他編『アジア新世紀6 メディア 言論と表象の地政学』岩波書店 2003年 189p
●それ以前からあるイラストレーションの歴史=中国の連環画など
各地域ごとに、既成のマンガ的大衆メディアが存在し、それらが流通ごと日本や米国のメディアと文化衝突・融合・淘汰を起こした歴史が見られる
韓国やインドネシアの貸本マンガ、香港のカンフー・マンガ、タイの5バーツ妖怪マンガなど
図1 連環画の例
図2 タイの5バーツ・マンガ
・ 先に日本マンガの影響からオリジナルなマンガ・スタイルを築いた香港、台湾、韓国は、経済成長とともに産業化を成し遂げる
図3 香港マンガ
・ 産業化の遅れた地域、タイ、インドネシア、中国では、日本マンガなどの進出(いわゆる海賊版)による市場淘汰がおき、新たな形で日本マンガ・スタイルの発展が見られる
図4 タイのニュー・ウェーブ・マンガ ボイド・キャラクターズ(音楽産業がバック
図5 同上 日本進出の例 ボイドの雑誌「Katch」でデビュー後来日
● これら既存のマンガ的文化との関係の中で、東アジアでは90年代に入り正規契約時代に(アジア経済の離陸=経済成長による社会的中間層の勃興も背景に)
C)東アジアの受容特性
● 東アジアでのマンガ・アニメブームは、肌の色や基層文化を同じくする地域だけに実写TVドラマやポップミュージック、アイドルなどTVを介したほかの多くの日本大衆文化の浸透(「かわいい」文化の浸透速度の速さ)の文脈の中で理解すべき
→マンガ・アニメなど大衆文化の世界化現象の中で、東アジアでの大衆文化還流現象を見ると、やはり周辺文化(TV、ポップス、アイドル、「かわいい」商品など)の総合的な文脈の中で「かっこよさ」が受容されており、メディアの多層性が強い
図6~7 インドネシアとタイのおたく情報誌
●が、全般的には、為替レートの問題で、収支的には欧米によって黒字化が進んでいる。経済的側面だけ考えれば、むしろ副次的だが、文化交流(安全保障)の側面で、大きな枠組みから大衆文化の浸透→還流現象をかんがえるべき
D)マス・セールスとマニア市場の両極化現象
『ポケモン』『ドラゴンボール』『セ-ラームーン』など、地域にもよるが大きな市場を獲得している少品種多売作品と、「一人で何点でも買う」おたく消費層の好む多品種少売作品に極端に分離していると考えられる
●『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』は東アジアで圧倒的
市場の性向の違い(日常生活ギャグ系の浸透率が高い?
E)マンガ・アニメのもつ対世界的メディア特性
●十代に向けたメディア
●女性向けのメディア
●おたく特性
世界的に、同人誌文化、やおい現象、コスプレ現象など、消費者=表現者(おたく)層の浸透率が高い →各国のおたく情報誌
2)マンガ・アニメの世界化とは何か?
むしろ、ポップミュージックの「世界」化を基準に考えるべきでは?
米国のブルーズ、ジャズ、ロック(黒人→白人中間層)エルヴィス
→英・ビートルズ→世界中でのマス・セールス→マニア層とローカライズ
→世界各地でのポップミュージックの展開
● 現在では、MANGAは日本人だけの描くものではなく、韓国製のマンファ(Manhwa)、さらに米国Tokyo Popなどのワールド・マンガ(非日本人によるマンガ・スタイル)などが台頭し、おそらくそれらが日本にも浸透してくると思われる(どの程度時間がかかるかの問題は微妙だが
図8 米国版MANGA
図9 韓国製マンファ
● いずれにせよ、
・ 大衆文化の浸透・還流の相互的な関係、
・ 世界化(グローリゼーション)と地域化(ローカリゼーション)の往還
・ それによる新たな創造誘発性、文化創造と地域・国家間コミュニケーション
などを、既存の文化ヒエラルキーを脱して、大衆消費社会総体として評価する知的な枠組が必要
〈「周縁」的な「低俗」文化であるほど、子どもと大人の境界意識は希薄で曖昧だったと思われる。貸本文化もまた、そうした「周縁」文化の流れをくんでおり、貸本屋には事実大人も子どもも出入りした。[略]
中央的なマンガ雑誌が、少なくとも理念において「児童の教育」という枠組(近代化過程にあっては「革新的」な思想であった)で、大人が子どもを教え導くものとして漫画を考えたとすれば、青年的な自己表現としてマンガを変容させたのは、あきらかに教育的枠組を逸脱する「周縁」的媒体の場であった。
そして、マンガを青年化させる契機となった境界意識の曖昧さは、みてきたように日本の赤本、貸本だけの専売特許ではなかった。
つまり、貸本劇画が思春期から青年層を対象にしはじめたのは、東アジア的な規模で見れば、さほど珍しい現象ではなかったのではないか。〉夏目房之介「東アジアのコミック事情と可能性 貸本マンガのルーツを求めて」 『マンガの深読み、大人読み』イースト・プレス 2004年 →光文社文庫 06年 所収 325~326p