【Book】『ノーベル賞はこうして決まる 選考者が語る自然科学三賞の真実』
ノーベル賞はこうして決まる: 選考者が語る自然科学三賞の真実
- 作者: アーリング・ノルビ、千葉 喜久枝
- 出版社: 創元社
- 発売日: 2011/10/24
毎年10月になると、ノーベル賞発表の時期を迎える。今年は残念ながら、日本人受賞者誕生という瞬間を迎えることは出来なかった。個人的に注目していたのは、iPS細胞の研究をされている京都大学の山中教授である。しかし、2年連続で地元紙では受賞確実などと報道されながらも、惜しくも受賞を逃した。
その決定に「なぜ?」と思われた方も、多いのではないだろうか。もっと言えば、そもそもノーベル賞の受賞者は一体どのように決まっているのだろうか?本書はそんなノーベル賞決定のプロセスが、選考に直接関わった人物によって明かされた選考秘録である。
著者のアーリング・ノルビ氏は、ウイルス学を専門とするスウェーデンの研究者。ノーベル賞生理学医学賞を選考することで知られるカロリンスカ研究所で長年教授を務めた人物でもある。それゆえに、本書の内容は自然科学三賞に対してのものに限定されており、その中でも特に生命科学にフォーカスをあてているため、生理学医学賞、化学賞がテーマの中心となっている。
ノーベル賞の場合、自然科学分野の研究の質をはかる重要な定義が”発見”であるということが、ノーベルの遺言によって規定されているそうだ。しかし発見とはやっかいなもので、予想もしていなかった時に不意に訪れる。その際に、なにより重要なのがセレンデピティというものだ。
独断的でも権威主義的でもない環境で、ふさわしい知性の持主が存在するなら、予想もしなかったことが起こりうる。その思いがけない機会をとらえられるよう準備しておかなければならない。それがノーベル賞への唯一の近道である。偶然の出来事は、科学の行方をしばしば変えてきた。つまるところ、セレンデピティの啓発とは、発見につながる可能性のある、思いがけない反応がないか、たえず見張っているかどうかの問題である。これは、「計画された偶然性」と言い換えても良いのかもしれない。
しかし、それらの発見も、発見そのものだけでは大きな意味を持たない。発見が正当に価値を評価され、広く知らしめられることで初めて大きな意味を持つのだ。ノーベル賞の権威を確固たるものにしてきた要因も、その評価の確かさということが挙げられる。
実際に本書では、ノーベル生理学医学賞の選考過程を記録した文書を分析することで、ウイルスという概念が歴史的にどのように発展してきたかを概観してみせている。ノーベル賞という点を繋ぎ合わせることで、生理学医学の歴史の一部を形成しうるということこそが、ノーベル賞の評価の正当性を裏づける何よりの証なのだ。
そして本書の後半、いよいよ実際の事例とともにその検証プロセスが明かされる。しかしその瞬間、舞台は急に50年以上前へとタイムスリップする。ノーベル文書館に収められている史料は、選考後50年間は非公開とされているため、本書が執筆されていた2010年初めの時点では、1959年以前の文書のみしか閲覧することができないのだ。
ここでの主役は、カロリンスカ研究所のスヴェン・ガード。ウイルス研究科の教授であった彼は、どちらかというと発見のプロではなく、評価のプロである。いつ、誰によって、最初の決定的な観察が行われたのか、さらには科学界がその発見の価値を受け入れるようになったのは、どの段階でなのか、といったことを慎重に評価していた様子が、ことこまかに記されている。その評価に過不足があれば、有望な研究者のその後の人生を大きく変える可能性もあるのだから責務は重い。それにしても、50年以上前に為された評価を、さらに著者が評価するなど、ノーベル賞の選考機関はどこまでもストイックだ。
一方で、本書は最後の最後まで油断ができない。最終章のテーマは「ノーベル賞、プリオン、受賞たち」。登場人物は、ノーベル賞研究者のガイジュシェクとプリズナー。その名前を聞いてピンとくる方は、かなりのサイエンス本マニアであるだろう。「成毛眞のオールタイムベスト10」にランクインしている『眠れない一族』にも登場する科学者たちだ。
『眠れない一族』の中では、ガイジェシェクは小児性愛者、プリズナーは狡猾な人物としての側面が強調されており、やや色モノ的な扱いをされている両者だが、本書では研究者としての側面からの正当な評価が記述されている。しかし、それでもガイジェシェクについては、「講演の際に規定の時間を守ったためしがないことで有名」「恒常的な躁状態」、はたまた小児性愛による有罪宣告の話にまで触れられているから、よっぽど逸脱した人物だったのだろうということが推測される。
本書を読んでも、決してノーベル賞が取れるようにはならないだろう。しかし、ノーベル賞に「見る楽しみ」があるということを教えてくれる一冊でもあった。秋のノーベル賞の季節が十倍楽しくなることは、請け合いだ。
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今、日本人で最もノーベル賞に近い男と呼ばれているのが、iPS細胞の研究をしている京都大学の山中教授である。本書は、その山中教授とiPS細胞の概要を解説した一冊だ。ちなみにiPS細胞とは、人工多能性幹細胞の略。皮膚などの細胞に四つの遺伝子を入れることで生み出され、あらゆる細胞に変わる性質を持つ「万能性」を持っているそうだ。その最大の特徴は、細胞の初期化にあるという。
言わずと知れた名著『眠れない一族』。ある程度の年齢に達すると到死性家族性不眠症という難病に冒され、眠れないまま死に至るイタリアの一族がいるという。その原因が、狂牛病などでおなじみの「プリオン」というタンパク質である。プリオン病は、遺伝性、偶発性、感染性という三つの形態を取る、唯一の病気なのである。これが、プリンだったらどんなに良かっただろうと思わせる恐ろしさだ。
細胞関連で、今年一番面白かったノンフィクションが『不死細胞ヒーラ』。ヘンリエッタ・ラックスという黒人女性の細胞であるヒーラ細胞は、世界で初めて研究室内で培養された不死のヒト細胞である。本書では、ヘンリエッタ・ラックスの人生、ヒーラ細胞を取り巻く科学者たちの話、著者と遺族を巡る話という三つのストーリが交錯する。
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