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【書評】『なぜ意志の力はあてにならないのか』:自己コントロールと欲求

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エヌティティ出版 / 単行本 / 398ページ / 2011-08-09
ISBN/EAN: 9784757142640

テレビでスタイル抜群の美女がインタビューを受けているとする。満を持して、司会者がお約束の質問を繰り出す。「その抜群のプロポーションを保つ秘訣は、何ですか?」「え~、本当に何もしてないです。好きなものを好きなだけ食べているだけなんで。」

よく見る光景である。しかし、これほど罪つくりな言葉もない。当人は、本当に好きなものを好きな時に食べているだけかもしれないが、デフォルトで設定されているであろう上限の説明が、一切省かれてしまっている。「好きなだけ」の目盛りは、人それぞれ違う。それなのに、世の多くの人はこの発言を、自己コントロールによるストレスこそ悪なのだと、勘違いして受け取ってしまうのだ。

人間には、誰にだって欲求がある。もちろんその中には良い欲求、悪い欲求の双方が含まれる。しかし、抑えなければならない欲求があるからこそ、自己コントロールという概念が存在する。本書は、そんな「自己コントロール」をテーマにした一冊。副題は「自己コントロールの文化史」となっている。

自己コントロールに関する本に興味をもたれる方の多くは、自己コントロールに自信がない人なのかもしれない。本書は、そんな人にとって役に立つ情報が満載である。著者は序盤で、これまでのアメリカの歴史を振り返りながら、現代生活がいかに自己コントロールが難しい時代になっているかを力説している。それらを追体験しながら「こりゃ、無理だわ」とでも呟いてみれば気分がスッキリする。そのうえで、さらに一歩踏み込んで対処したいと思うのなら、「プリコミットメント」という概念を、憶えておいて損はない。

プリコミットメントとは、将来強い欲求に襲われることを事前に見通して自らを拘束することを指す。勝てそうもない誘惑がまだ遠くにある安全なうちに、選択肢を狭めておくのだ。割らないとお金の取り出すことのできないブタの貯金箱など、その典型であるだろう。また、その他にも本書では、プリコミットメントを補助するためのツールがいくつか紹介されている。

しかし、実は本書を一番読んで欲しいのは、「自己コントロールに自信がある」と思われている人たちの方なのである。「一番危険なのは、誰でも自分は利口だから環境になんか影響されてないと考えていることだ。」という、印象的な一文が残されているほどだ。

本書において、興味深い実験がいくつか紹介されている。一緒にテーブルにつく人の数やその人たちが食べる量、部屋の照明、音楽を変えるだけで、食べる量を変化させられることができるという。照明が暗いとつい気が楽になってたくさん食べるし、大食漢のアメリカンフットボールの選手たちが大勢同じテーブルにいても同様なのだ。さらにボールに入れたマーブルチョコレートを七色ではなく一〇色にしただけで、被験者が食べる量が大幅に増えたそうだ。

また食べる量だけでなく、思考もコントロールできない。トルストイは子供のころ、兄にシロクマのことを考えなくなるまで部屋の隅にたっていられるかと言われ、その挑戦に受けてたったのだが、どうしてもシロクマを頭から追い出すことができなかったというエピソードが紹介されている。これらはプライミングと呼ばれるものなのだが、その他にも遺伝や病気といった要因によって、自己コントロールが制御不能なものなってしまう可能性もある。

誰にだって「規制重視の自分」と「衝動的な自分」が存在する。そして規制重視の自分が、衝動による新規性や意外性の価値を理解する必要がある、それが本書の大きなテーマである。衝動は抑え込むのではなく、方向付けるという視点が肝要なのだ。突き詰めれば、自己コントロールとは、どのタイミングでどちらの自分を立たせるかという時間軸の損得勘定なのである。

著者はジャーナリスト。本書においても自身の原稿の進捗などの話を交えながら、茶目っ気たっぷりに論考を積み重ねている。そして、欲求と自己コントロールという内面に隠された両者の葛藤を、幅広い視点から見ることで、うまく核心に迫っていく。その核心が人間の本質を突いているからこそ、誰にでもおススメできる一冊なのである。

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