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【書評】『世界史を変えた異常気象』:神の子

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著者: 田家 康
日本経済新聞出版社 / 単行本 / 2011-08-24
ISBN/EAN: 9784532168049

ゲリラ豪雨が相次いだ今年の夏などは、明らかに異常気象と言えるであろう。しかし、よくよく考えてもみて欲しい。去年のこの時期も「今年は異常気象」などと言われていたし、その前の年も「今年は異常気象」と言われていた気がする。もはや異常気象ではない年のことを異常気象と呼んだ方が、早いくらいではないだろうか。

それも、そのはずである。本書によると、1880年から1990年までの110年間のうち、48回は異常気象の原因とされるエルニーニョ現象やラニーニャ現象が発生しているのだ。二年に一回くらいのペースであれば、もはやどちらが異常か分かったものではない。

しかし、我々が最も注目しなければならないのは、異常気象の時に一体何が起こってきたかということだ。気象が異常な時には、やはり特異なことが起こっている。本書はそんな異常気象が、どのように世界の歴史を動かしてきたのか、その一点に着目した一冊である。

数々の歴史を動かす要因となったエルニーニョ現象も、その発端は実に些細なことだ。広大な太平洋の東部熱帯域において、通常年よりも2度から3度高くなればエルニーニョ現象、1度から2度低くなればラニーニャ現象となるのである。このわずかな海面水温の変動が、南米大陸西側の天気を変え、太平洋熱帯の風や海流の流れに影響を及ぼし、ひいては東アジアやインド洋のモンスーンの強弱に影響し、世界中に異常気象をもたらす。

そして本書では、それらの自然現象によって翻弄された歴史のエピソードが5つ紹介されている。これが、いずれも甲乙つけがたいくらいに面白い。

例えば16世紀初めのぺル―での出来事。当時のインカ帝国がスペインに征服される舞台裏にも、エルニーニョが大きく関与している。スペイン人ピサロは、パナマ王国からインカ帝国ヘ向けて、実に三度も遠征を行っている。その最大の敵は、ペルー海流と呼ばれるペルー沖に北上している強い海流だ。一回目の遠征では、70日たったところで物資が尽きてしまい退却。二回目も、2年もの月日をかけたにもかかわらず、またもや途中で退却。しかし、三回目はわずか13日間でペルーに辿りつくことが出来た。この三回目の遠征こそがエルニーニョ現象の年にあたり、それまで悩まされていたペルー海流が穏やかだったことが功を奏したのだ。いざ上陸してみると、インカ帝国は内紛の真っ最中。それより前でも、後でも不可能であった絶好のタイミングで、ピサロはインカ帝国に上陸することが出来たのだ。

一方で、このような異常気象による影響は、太平洋の沿岸部に限った話ではない。太平洋とインド洋の間には気圧のシーソーのような動きがみられ、太平洋側でエルニーニョ現象が起きると、インド洋では気圧が上がり、降水量が一気に減少してしまう。この影響により19世紀末のインドで干ばつが発生し、飢饉による餓死者が後を絶たなくなってしまったという歴史を持つ。その数は1896年から1902年までの6年間だけでも、多いもので1900万人と見積もられている。エルニーニョが人口に大きな影響を与えたということだ。そして、それが英国の植民地支配を強化することにつながっていく。

また、中国でも、同時期に同様の飢饉に見舞われている。こちらのケースで興味深いのは、中国では大きな自然災害が起きると、民衆の不満の矛先は人に向けられるということである。19世紀末に起きた干ばつでは、その矛先がキリスト教へと向かった。その中心となって攻撃していたのが、あの有名な義和団であるそうだ。

このように過去のさまざまな人類の歴史に多大な影響を及ぼしてきたエルニーニョだが、やはり気になるのは、これから先も同じような影響をもたらすのかということだ。現在では力学モデルによる予測が実現し、かなりの確率でエルニーニョやラニーニャを予測できるようになっているという。しかし、エルニーニョの一番厄介なところは、その被害によって一番脆弱な立場にあるものが困窮に追い込まれきたという歴史的事実である。

エルニーニョの予測が可能になることと、その被害に対処するということは、決して同じではない。実際にインドにおいても、英国の統治者は干ばつの発生に早いうちから気づいていたのである。しかし、財政支出の拡大を憂慮したことが、被害を拡大させたという。ここでエルニーニョが突きつけている命題は、極めて人間的なことであり、哲学的なことでもあるのだ。

科学で対抗すると、今度は哲学で切り返してくる。さすがは神の子、人類をどこまでも翻弄する。その憎々しい姿を、とくとご覧あれ。

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