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【書評】『マーケターの知らない「95%」』:脳は語る

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阪急コミュニケーションズ / 単行本 / 424ページ / 2011-07-28
ISBN/EAN: 9784484111100

広告会社に勤務しているにもかかわらず、広告やマーケティングの本を読むこともほとんどなくなった。新入社員のころならいざ知らず、わざわざオープンになっている情報を購入せずとも、社内を見渡せば手に入る情報は多いということに気付いたからだ。そんな訳で、ご多分にもれず、本書を本屋で見かけたときも一度はスル―した。それでも、結局購入に至ったのは、中身をパラパラとめくったら、思いのほか脳科学に関する記述が充実していたからである。

少し前から「ニューロ・マーケティング」という名前を、ちらほらと聞くようになった。脳科学をマーケティングに活用しようという比較的新しい手法のことである。人間の脳は、様々な感覚器官から入力された情報の最大95%を潜在意識のレベルで処理しているという。その95%に対して、これまではいわゆるKKD(勘・経験・度胸)で臨んでいた。これを、科学的にアプローチしようというのがその趣旨である。本書は、それらを専門に扱うニューロフォーカス社のCEOによる入門書だ。

本書のように複合的なテーマを扱っている場合、これをどのように読むのかも一つの鍵となる。すなわちマーケティングの本として読むか、脳科学の本として読むかである。本書の場合、断然後者がおススメだ。

このような新しい概念の言葉が登場すると、さも魔法の杖が登場したかのように語られることがよくある。「あのヒットも、あのヒットも、実はその裏にはニューロ・マーケティングという秘密があった!」「ニューロ・マーケティングを使えば、脳が勝手に欲しくなる!」などというものだ。もちろん、そんな万能薬は存在しない。

本書では、冒頭のあたりで、マーケティング全体の中で脳科学が寄与する範疇をきちんと明示してるところが誠実だ。著者自身が「ニューロ・マーケティングとマーケティングの関係は、ある意味でハッブル宇宙望遠鏡と天文学の関係」と明記しているように、ニューロ・マーケティングはあくまでも調査手法の一つだ。例えばアンケートを実施する際に、口頭で答えてもらうか、ボールペンで記入してもらうか、脳波を測定するかという回答方法の新しい選択肢なのだ。調査とマーケティングは違う。だから、マーケティングの本として読むのはおススメしない。

一方で脳科学の本として読むと、扱っている範囲は部分的かもしれないが、こんなに分かりやすい一冊にあたることもそうそうない。本書の本質は、ビジネスマンを対象とした脳科学入門というところにある。つまり、マーケティングの皮をかぶった応用科学の本なのだ。

前半は「買いたくなる脳 導入編」と位置付けて、ニューロンをはじめとする脳のメカニズムが説明されている。男と女の脳がどう違うか、年齢によって脳の働きがどのように変わるか、女性のうが母親脳になると何が変わるか、このような説明を、「買い物」というケースに限定して違いをみていくから、読みやすい。

また、調査手法としての優位性も明示されている。通常の調査では、実施している際に被験者が調査を行っている事実を意識することによってバイアスがかかってしまう。これとは対照的に、ニューロ・マーケティングでは神経学的調査によって潜在意識そのものにアプローチするため、結果として精度の高いものがあがってくるのだ。

後半は「買いたくなる脳 実践編」として、どのようにニューロ・マーケティングを実践するかという手法について解説されている。これは、脳科学による調査結果が、どのようなアプローチで導かれているか可視化されているというところに価値がある。例えば人とブランドとの関係を調査する時には、具体的/物理的な認識から一般的/メタファー的に移行していく方法が賢いやり方であるという。最初は、物体の基本的な形状から初めて、徐々により大きくて抽象的なテーマへと移行していくと、脳が道筋を立てやすくなるのである。

本書はこのように脳科学の最前線を取り扱っているにもかかわず、『マーケターの知らない「95%」』という邦題を付けているのが、したたかなところだ。脳科学の本として分類されるか、マーケティングの本として分類されるかで、本屋における置かれ方も大きく変わってくるからである。もっともこの戦略は、脳科学によって導かれたマーケティングではないと思うが。

とにもかくにも脳科学をビジネスの下僕と位置付けることで、そのハードルをぐっと下げることに成功した一冊だ。これまで脳科学に興味はあったけど、敷居が高くて手が出なかった人などにも、ぜひ読んでもらいたい。

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