【書評】『イカの心を探る』:海のソーシャルグラフ
日本人であれば、誰しもイカを身近なものと感じるであろう。寿司や刺身のネタとして出されることは非常に多いし、お祭りでのイカ焼きもおなじみのものである。函館市では、市の魚としてイカを制定し、いか踊りが夏の風物詩となっているほか、佐賀ではイカ検定という試験まで開催されているそうだ。
本書は、そんな身近にいるイカという生物が、いかに知性的であり、広い動物界においてどのようにユニークなのかを論じた一冊である。
◆本書の目次
はじめに
序章 イカの素性をさぐる
第一章 イカの脳をさぐる
第二章 イカの社会性をさぐる
第三章 イカの賢さをさぐる
第四章 イカのアイデンティティーをさぐる
第五章 イカの赤ちゃん学をさぐる
終章 イカの素顔をさぐる
生物学的に見れば、イカは軟体動物門という門閥に所属する、頭足網という一群である。いわゆる下等動物とされる無脊椎動物の一員であり、海の霊長類などと呼ばれるのは、本来おこがましい話である。
しかし、イカは情報を伝達する細胞である神経が発達し、それを統合したところの脳が非常に大きいという。これは、無脊椎動物の中では最大のサイズであり、相対的なサイズで見れば、脊椎動物の魚類や爬虫類よりも大きい。ほかにも、眼の機能が発達しているため、視覚情報処理能力に優れており、コウイカという種では0.6程度の視力を持つということがわかっている。
これらの脳を発達させた要因は、イカのもつ社会性ということにほかならない。それは、群れの形成であったり、繁殖期におけるオスとメスにより繰り広げられる交渉などに見ることができる。種によって異なるものの、個体同士の振る舞いをソーシャルグラフ化してみると、個体順位というものを明確に持っており、ハブや周辺個体など、群れの中でどういった位置づけに身を置くかは明確に定められている模様である。
さらに著者は、イカが自分自身が社会の中でどのように位置付けられているかを自己認識しているかという調査に乗り出す。つまり、イカのアイデンティティを巡る問題である。この調査方法が、非常に興味深い。イカ自身に鏡を見せるという、実にシンプルなな手法で導くことができるのだ。
このような鏡像自己認識と呼ばれる能力は、霊長類の中でもヒトとチンパンジ―とオランウータンの三種のみとされてきた。近年ではイルカにもその能力が見られることが分かっているが、同じ類人猿のゴリラでもその種の能力は保持していない。
イカたちは、鏡を前にすると、10本の腕をすぼめ、とても優しい感じで代わる代わる鏡面をさわりにきたそうだ。それは、緊迫した威嚇行動とも、同じく腕を用いる捕食行動とも明らかに違うものであったという。さらに、一ヶ月間集団から隔離した状態で、同じ実験を行うと、鏡面と身体を平行にしてフリーズしてしまう現象が見られることなった。これは明らかに、イカが社会的な動物であることを裏付けている可能性が大きい。
ちなみに、この鏡像自己認識能力は孵化直後のイカには見ることができず、孵化後二カ月程度かけて後天的に獲得していく能力であることもわかっている。これらの特性を鑑みると、他の霊長類のように、地域ごとのさまざまな文化を保持している可能性も非常に高いという。
イカの世界でもソーシャル化やグローバル化は、進んでいるのかもしれない。もちろん震災の影響も、あったことであろう。そう考えると、日本人のみならず、日本のイカたちにも頑張ってほしいものである。
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